第21話 教科書を作ろう
唐突だが、外輪船をすっ飛ばしてスクリュー船が完成した。しかも船団を構成できるぐらいの数が一度に出来上がった。今までは帆船しか無かったので、アーカル大陸までの補給船団は全部帆船であり、風任せで輸送効率が悪かった。動力船が多数完成したことで、今後は輸送が比較的容易となるだろう。
ちなみに動力には大型ゴーレムを複数使っている。本音を言えば、完成したばかりのディーゼル機関を使いたかったのだが、未だ船舶に利用できるような大型機関は作れていない。
小型で構造が簡単な物ならば、ガソリンエンジン共々試作品が完成している。バルゾラ大陸にいる土妖精や人間のうちでその手の作業に向いている者が、わたしの公開した設計図を元に造り上げたのだ。
彼らは解放奴隷だったり、人間種族の本拠地であるコンザウ大陸で迫害を受けてバルゾラ大陸へ逃げ込んで来たり、色々苦労の多い経歴の持ち主だった。今では彼らの保護区が建設され、彼らはそこで暮らしている。
だが実用品を造れるほど、彼ら技術者たちの技量は高くなっていない。あくまで今の段階は、試作品なのだ。その上に、燃料となる軽油やガソリンが大量には確保できていない。石油はバルゾラ大陸でも採掘できるのだが、それからガソリンや軽油を精製できる技術者がわたししかいないのだ。
また石油採掘量も今のところ微々たる量だ。調査では埋蔵量自体は莫大なのだが、単に技術力が無いために採掘できないのである。困ったもんだ。
自分の工房で、技術者たちが造った試作品のガソリン、ディーゼル両機関を前に、わたしは愚痴を吐く。いや、ちゃんと動くけれど。わたしが錬金術系の術法で創った、地球に存在するエンジンのコピー品には、まだ到底届くレベルじゃない。まあ、そこまでのレベルを期待してるわけじゃないけどさ。
「やっぱりわたし一人が秘密結社『JOKER』の高度科学知識でインチキしても、無理があるなあ。教科書を印刷して教育制度を作って、教養の水準を上げないと。
そうしておいて、基礎工業力の底上げを図ってからじゃないと、まともな工業製品は作れないよね、やっぱり。まだ、家内制手工業のレベルだもんなあ」
「問題は教員。魔道軍団から出してもらってる教員は、魔法以外の分野では基礎教育がせいぜいよ。まあ、錬金術系の魔法の関連で、化学関係は多少マシって前回の会議で報告があったよね」
わたしに付いてきていたアオイが、問題点を指摘する。わたしは肩を落とした。
「うん、そうなんだよね。わたしが教えるしか無いかなあ、最初の1期生だけでも。高等教育と技術者教育の授業を。そうしたらその1期生に教員を務めてもらって、第2期生以降を育成する……。
でもなあ……。政務と軍務で時間が取れないよ。工房に籠る時間を削るのは避けたいけど、そうも言ってられないか……。待てよ?魔法や魔術を使って知識を直接頭脳に記憶させれば……。
でもその手段を取っても、応用力を鍛えるにはやっぱりきちんと教えないと駄目だもんな。でも、時間短縮にはなるか……。ああ、身体が2つ3つ欲しい」
「魔王様、ちゃんと寝てる?」
「あんまり寝てない。『睡眠圧縮』の術法を使って、1時間の睡眠で8時間の睡眠と同じ効果を出してるから体調的には平気だけど。でも気分的に、たまにはゆっくり眠りたいよね。
……思い立ったが吉日とも言うし、早速教科書を作り始めようかね」
わたしは謄写版――いわゆるガリ版――を持ち出す。これを使って、高等教育用の教科書を印刷するつもりなのだ。活版印刷の装置もゴーレム動力で実用化しているが、あれは初期型なので教科書の様に図表を多く使用するには向いていない。
と、わたしはアオイが真剣な目でこちらを見つめているのに気付く。
「……何かな?」
「魔王様、高等教育の授業には、わたしも参加させて欲しい。生徒として」
「いいよ」
わたしは即答した。
「……いいの?」
「アオイは12歳になったばかりの頃に召喚されたって言ってたからね。となると、良くて小学校が終わったか終わってないか、その辺だろ?」
「うん。小学校の冬休み。だから学業中途半端。義務教育も終わってないもの。
……学校で勉強するのは、あんまり好きじゃ無かったけど。でも、こっちの世界に来て戦って戦って戦ってばかりで……。今思うと、勉強さぼったりしたの、すっごく勿体ないことしたと思う」
「あー、大抵そう言う感慨は実社会に出てから思うんだよね。学校での勉強は役に立たないことも多いけど、逆に習ったことの何が社会で必要になるか判らないから……。
後から思えば、とにかく詰め込めるだけ詰め込んでおいた方が良かった……ってね。わたしも務めてた会社辞める前は、何度もそう思ったっけ」
わたしもアオイも、各々遠い昔に思いをはせる。だがわたしたちは、すぐに我に返った。時間は有限だ。わたしは鉄筆の代わりに、鋭く強固で硬い自身の指の爪を使い、ロウ紙――謄写版印刷に使う原紙――に、文字や図表をガリガリと書き込んで行く。
アオイはできあがった原紙を木枠にセットして洋紙の上に置き、インクの乗ったローラーを動かして印刷してくれた。
やがて大量の印刷物が出来上がる。ちなみにまだインクが乾いていないので、触ってはいけない。乾いたら、これを折って冊子に仕上げる作業があるが、それは後だ。わたしは蒸しタオルを『取り寄せ』の魔術で召喚し、アオイに手渡す。
「ご苦労様。だけど鼻の頭にインクがついてる。これで拭きなさい」
「え!あ、ありがとう」
「どういたしまして。……そう言えば、最初は船のことを考えていたんだよな」
「ああ、この間就航したんだっけ? 新型の船」
「うん。それの動力に、大型ゴーレムじゃなしにエンジンを使いたかったなあ、ってところから技術者教育のことに考えが向いたんだ」
わたしは謄写版をしまいながら、アオイの言葉に応える。アオイは更に続けた。
「その船、と言うか船団、アーカル大陸の占領地に向かったんだよね?」
「ああ。バルゾラ大陸にいる魔物たちには、徹底的な訓練を施してるだろ?でも向こうにいる占領軍は旧魔王軍の状態のままだ。
だから訓練を積んだ精鋭を向こうに送り込み、入れ替わりに今までの占領軍をバルゾラ大陸に一時帰還させるんだ。戻した軍勢には、これまた徹底した訓練を積ませる。今の段階で可能な限りの近代的な軍に仕立て上げるために、ね」
「主力はライフル銃や大砲を持たせた犬妖に、魔像軍団ね。豚鬼や大犬妖、人食い鬼はどうするの?」
溜息を吐きつつ、わたしは答える。
「豚鬼と人食い鬼は、以前の話に出たままだね。巨鬼族を指揮官にして、白兵戦用の部隊として使うしかない。将来的には軍隊から外して、単純労働力にでもするしかないかなあ……。あの種族たちの中で、何か意識改革でも起きなければ。
ぶっちゃけた話、白兵戦闘用だったら死を恐れない死霊軍団や魔像軍団の方が使いやすいぐらいだからね」
「話に出なかった大犬妖は?」
「大犬妖か……。最近の話だけど、念入りに教えたら、銃の扱いを覚えだしてるんだよ。狙いをつけて、敵を撃つ。味方は撃たない。弾が切れたら、弾倉を交換する。
これだけのことを覚えさせるのに、えらく時間がかかったとのことだけどね。射撃戦じゃなく銃剣を着剣しての銃剣突撃なら簡単に覚えたそうだけど。
……それでも、覚えようともしない豚鬼や人食い鬼よりかはずっとマシだね。一応向上心はあるみたいだ。上手くすれば、近代戦に対応できるかもしれない」
頭を振りながら、わたしは続けた。
「……いや、諦めちゃ駄目か。頭が良い個体と頭が良い個体を交配して、その子供の中から更に頭が良い個体を選別……。それを繰り返してできた頭が良い個体を優遇していって、同種族の中のエリート階層として……。
あー、でも世代交代が早い豚鬼はともかく、人食い鬼はなあ……。いっそ遺伝子改造技術を使って……。だけど設備が……。結局は基礎技術の底上げを……」
「魔王様、なんか疲れてない?」
「ん、ちょっとハイになってるかも知れないね」
「……少し休むべきだと思う」
「む……。うん」
心配されてしまった。やれやれ、とりあえず『睡眠圧縮』の術法を使って一眠りするとしようか。
魔王様、自分で自分をブラックな環境に置いてますねー。まあ、後々から楽をするために、今の段階で苦労してるって側面はあるんですが。




