第20話 怨霊の武将
わたしが不死怪物の頭目がいる場所へ到着したとき、その地点では激しい戦いが繰り広げられていた。防戦に切り替えるよう命令は下したんだが、相手がいることだしなあ。これは仕方がないだろう。
押し寄せる不死怪物たちを戦闘ドロイド他のロボットたち、ゴーレム、生きた鎧、彫像怪物が押しとどめている。そんな中、わたしの親衛隊長である勇者アオイが、半透明の霊体と見ゆる鎧武者と壮絶な一騎打ちを繰り広げていた。
アオイが自らの剣に光魔法を纏わせて、鎧武者に斬りかかる。鎧武者はそれを左手の小太刀で受け流し、右手の太刀でアオイを斬りつける。アオイはそれを軽く後ろに跳んで躱した。
更にアオイは『シャイニング・ジャベリン』の魔法を使う。4本の光の槍がアオイの背後の空間に浮かび上がり、次々に発射された。鎧武者は体を躱すのでは避けきれないと見たか、自らの身体を構成している霊気を一部切り離して射出する。切り離された霊気は、まるでデコイの様な役割を果たし、4本の光の槍はそれにぶつかって爆発した。
見たところ、アオイはかなり消耗している様で、肩で息をしている。だが半透明の鎧武者も、生前の記憶に引っ張られたか、肩で息をしていた。どうやらこちらも相当に消耗した様だ。このままでは相討ちになりかねない。わたしは叫ぶ。
「その勝負、預かった!」
そしてわたしは、両者の間にその身を割り込ませた。アオイは慌てて剣を引き、半透明の鎧武者はそのまま太刀を振り下ろす。わたしは右肘から生えている刃で、その太刀を受け止める。
ギャリィッ!!
鈍い音がして、鎧武者の太刀は完全に止められた。鎧武者は慌てて後退する。わたしはその半透明の鎧武者に、可能な限り重々しく語り掛けた。
「……元勇者、テツノジョウ・イズミ。いや、伊豆見鉄之丞。刀を引け。貴殿の遺恨、わたしが晴らさせてやろう」
『!?』
「テツノジョウさま! 魔王様は、『リューム・ナアド神聖国』を倒す御助力を下さることを御約束してくださいましたわ! 兵を退かせてくださいませ! もはや戦って、兵を損なう必要はございませんわ!」
『な、んだ、と?』
ユージェニーの言葉に戸惑う鎧武者、いや鉄之丞に向かい、わたしは説得の言葉を紡ぐ。
「魔竜の骸は渡すわけには行かないが、代わりに我が新生魔王軍の精兵が、『リューム・ナアド神聖国』の結界の基点に対する破壊工作を請け負おう。そうすれば結界が消え、貴殿がいかようにも恨みを晴らすことが叶うだろう」
『む……。むむむ……』
「我々とて、『リューム・ナアド神聖国』の所業については腹に据えかねているのだよ。今貴殿が戦っていた当代の勇者アオイだが、彼女も『リューム・ナアド神聖国』に裏切られた身だ。わたしは彼女と力を合わせ、戦っている。
我々は、同志だ。その我々が相争い、相打っては得をするのは怨敵『リューム・ナアド神聖国』ではないか!」
今なお戸惑う鉄之丞に、ユージェニーが更に言い募る。
「魔王様の仰る通りです、テツノジョウさま! どうか、この場は軍をお退きくださいませ!」
『ゆうじぇにい……。だが、しかし……。もしやそなたが騙されているのやも知れぬぞ……?』
鉄之丞はなかなか信じようとはしない。まあそれは仕方ないだろう。既に戦端は開かれてしまっているのだ。それに鉄之丞は怨霊と化している。頭が固いのはどうしようも無い。
わたしは再度説得の言葉を重ねようとした。だがそこへユージェニーが割り込む。彼女は鉄之丞の右手の太刀を手に取り、その切っ先を自分の胸へと導いた。
「テツノジョウさま、もしわたくしが騙されているとお思いでしたら、この刃でわたくしの心の臓を一突きにしてくださいませ。テツノジョウさまが魔王様をお疑いになるという事は、魔王様を見定めたわたくしの眼をお疑いになられると言うもの。テツノジョウさまに信じていただけないのならば、生きている甲斐がありませぬ。
わたくしは不死身のロード種吸血鬼ですが、テツノジョウさまのこの刃に込められた魔力の強さであれば、死ぬことも能うでしょう」
『な! そ、それはいかん! ゆうじぇにい、我をこの残酷な世界に遺して逝くことなど、断じていかん!』
「それにテツノジョウさま。もしわたくしが騙されていたりしたときは、敵わぬまでも一矢報い、その意地を知らしめてみせますわ。魔王様は強大無比、とても勝てる相手ではありませぬが……。たとえ不死であるはずのこの身が完全に崩壊、消滅しようとも……」
『ゆうじぇにい……。そこまでの覚悟があったのか……』
その様子を見遣りつつ、アオイがぽつりと呟く。
「なんかわたし、砂糖吐きそう……」
「ああ……。そうだね……。雰囲気、甘い……。背中が痒くなってきたよ……」
わたしも背中の重力制御翼をぎくしゃくと動かす。と、アオイが別の事……ただし、とても重要なことを聞いてきた。
「ところであの鉄之丞? 元勇者だって言ってたよね? いったい『リューム・ナアド神聖国』に何されたの?」
「ああ、簡単に言えばだね……」
わたしがユージェニーから聞いた話では、伊豆見鉄之丞は3代前の魔王ガラウクスの時代に、勇者としてこの世界に呼び出された、江戸時代の侍……剣客であったそうだ。彼は『リューム・ナアド神聖国』に召喚されたとき、魔王の手によって苦しむ民人たちのため、自ら進んで剣を取ったそうである。
だがその時代の『リューム・ナアド神聖国』王族及び神官などの国家指導者たちも、当代のそれら同様に非道に手を染めていた。何をやったかと言うと、魔王を倒すために、勇者の大量召喚を行ったのである。数がいれば確実に魔王を倒せると思ったのであろう。事実、当時の魔王は打倒された。
しかし勇者召喚の魔法陣は、その魔法陣内の記憶領域に、召喚した勇者の帰還先の世界座標を記憶している。その状態で次の勇者を呼べば、どうなるか。答えは簡単である。先に召喚した勇者の帰還先情報は失われ、新たに召喚された勇者の帰還先情報が上書きされるのだ。
つまり、元の世界に帰還できるのは、最後に召喚された勇者ただ1人なのである。その最後の勇者は、ちゃんと元の世界に帰されたらしい。だが他の勇者たちは、魔王討伐を祝う宴席でひそかに毒を盛られ、殺された。
鉄之丞は、唯一偶然から毒を飲まずに助かった。彼は逃亡し、かつて魔王ガラウクスの配下であったユージェニーに何故か匿われた。しかし彼は、他の殺された勇者たちの仇討ち、及び帰還の術を奪われた自身の恨みを晴らさんがため、単身『リューム・ナアド神聖国』に舞い戻る。そして紆余曲折の末、悲惨な最期を迎えたのである。
だがその怨みと未練とが彼の魂をこの世界に留め、彼は怨霊として復活した。そして長い年月をかけて力を蓄え、魔王ゾーラムが斃れたのとほぼ時を同じくして復讐を開始したのである。
その話を聞いて、アオイは呟く。
「今も昔も、碌な事しない。あの国は」
「……」
わたしは無言でアオイの頭に手を置き、そっと撫でる。向こうでは、鉄之丞とユージェニーの話し合いがついた様である。不死怪物たちの攻撃が止まっていた。わたしも念話で、魔竜たちと全魔像兵団に停戦命令を送る。
鉄之丞はこちらに向かい歩いてくると、地面に座り込んで兜を脱ぎ、わたしに頭を下げて来た。
『伊豆見鉄之丞にござる……。魔王殿、いや魔王陛下。此度のご無礼の段、平にご容赦下さい。このそっ首、落とされても文句は言えませぬが、『りゅうむ・なあど神聖国』を落とすまで、どうかどうか、ご寛恕下さいませ。事が済みましたら、我、いや、それがしは腹を切る覚悟にございますれば……』
「いや、互いに不幸な行き違いだった。幸いこちらにはさほど大きな損害は無い。だから気にするな。腹を切るなど、求めるつもりは無いとも」
損害が少ないのは実は本当である。被害が出たのは魔像兵団だけであり、しかもゼロを始めとした戦闘ドロイドやロボット系の個体には、1体も喪われた者は無い。酷くても小破程度であり、修理も容易だ。
ゴーレムや生きた鎧、それに彫像怪物などは、時間さえ捻り出す事ができるならば、もっと話は簡単だ。わたしのありあまる魔力を用いれば、さくさくと大量に創り出すのは簡単なのだ。
鉄之丞は感涙にむせぶ。
『嗚呼、何と寛大な!』
「あー、それよりも今後の事を未来志向で話し合いたい。この娘、我が親衛隊長たる勇者アオイも、『リューム・ナアド神聖国』の被害者なのだ。共に手を携え、怨敵を討ち果たそうじゃないか」
『……!! ははっ!! 仰せの通りに!!』
伊豆見鉄之丞、死霊にしては、なんとも暑苦しい奴だった。
結局のところ、鉄之丞率いる不死怪物の群れは、新生魔王軍の軍団の1つ、死霊軍団として編入されることとなった。鉄之丞は新たに創設された怨霊将の地位に就き、その軍団を指揮統率する。
またこのついでとも言えるのだが、ゼロ率いる魔像兵団は、新たに魔像軍団として正式な軍団扱いとなった。ゼロも人工知能の成長を認められ、魔像将の地位に昇進したのである。
ちなみにゼロの魔像将への昇進に伴い、わたしの手で奴に強化改造を施した。他の軍団の長から見ればまだまだ及ぶものでは無いが、それでもゼロは以前に比すれば圧倒的な戦闘力を保有することになった。
「第1中隊ハ前進、第2中隊ハ現在ノ位置デ留マレ。砲兵ノ支援射撃ニ巻キ込マレルナ」
「骸骨弓兵部隊はその位置で全員撃破されるまで矢を放ち続けるのじゃ! 骸骨騎兵部隊は相手の前衛に向け、突撃を敢行せよ! 動死体部隊は相手からの壁になり、全滅するまで防ぎ続けるのじゃあ!」
……ゼロと、先の戦闘で目標γにいた死導師のキャメロン・オルグレンが、演習場にて部隊を率いて戦闘訓練をしている。何かあの戦いで、互いを部隊指揮戦闘における好敵手と見定めたっぽい。個人的にも交友関係を築いているらしいので、いいことではある。
ちなみに今日の模擬戦は、どうやらぎりぎりのところでゼロの判定敗北であるようだ。遠目に見ただけだが、悔しそうにしている。人工知能が随分発達したものだ。
ただ勝利者側のキャメロンも、勝ちはしたものの大損害を出して憮然としている。下級の不死怪物は使い捨てが定石だから、構わないと言えばそうなのだが、ちょっと想定より損害が多かったらしい。
わたしは演習場から目を放し、大きく溜息を吐く。
「ふう……。バルゾラ大陸は完全に平定できた、か。後は僻地にまで開発の手を広げていって、食糧の生産高をもっと上げないと。アーカル大陸の占領地に兵糧を送ってるから、食糧不足気味だ。
労働力になる犬妖、もっと早く増えないかなあ。大犬妖や豚鬼、人食い鬼は逆にこれ以上増えられてもなあ。農耕に向いた種族、犬妖以外にいないのかね。……そう言えば、この大陸では蜥蜴人や巨人族見ないな。この世界には存在してるはずなんだけどな」
本部棟の司令室へと向かいつつ、わたしは少し考え込んだ。
「……『リューム・ナアド神聖国』が新しい勇者を召喚しようとしないだろうか。今の内にわたし自ら出向いて、あの国を……」
わたしはまだまだ魔王としては……魔法や魔術の使い手としては、未熟もいいところだ。だが魔王としての魔力を使わなくとも、はるか上空まで飛んでいき、そこから生体粒子ビーム砲でも敵の首都めがけて叩き込めば……。あるいは未だ怖くて試せていない、背中の重力制御用翼を用いた最強兵器、マイクロブラックホール弾を撃ち込めば……。
と、ここまで考えてわたしは思い直す。アオイや鉄之丞に約束したんだった。彼らとともにあの国を攻め、復讐に力を貸す、と。そのためには、安易にわたしが片を付けるわけにもいかないだろう。やはりじっくり進軍して、敵国首都を包囲するのが正しいやり方だ。
「ふううぅぅ~っ」
再度わたしは溜息を吐いた。やっぱり魔王は難しい仕事だ。だがそれでもやり遂げなければならないし、同時にやり甲斐がある仕事だとも思う。
とりあえずは、魔王領の基礎固めを完了させなければならない。そうしたら、アーカル大陸で更なる攻勢に出るのだ。そして最終的にはコンザウ大陸へ再侵攻をかける。これからも、道のりは長かった。
伊豆見鉄之丞が怨霊将として自陣営に加わりました!これでより一層、魔王様陣営は強化されました。しかし怨敵リューム・ナアド神聖国は碌な事しません。はたして今後、どうなることやら。




