第19話 復讐の亡者と吸血姫
今、わたしたちは最低でも20,000体はあろうかと言う不死怪物の群れと対峙していた。敵はゆっくりと、こちらへ向かって歩いて来る。
「漫然と、こちらへ向けて歩いているだけの様に見えるな。あの中の何処に指揮官がいるのやら……」
「魔力感知系の魔法なり魔道の術なりで調べてみたら?一番魔力が濃いところが本陣だと思うけれど」
「いや、あの『ダーク・ヴェール』の魔法による薄闇の空間は、魔力感知を妨げるんだよ。さすがは奥義級だよね。あれがあの規模で使えるという事は、下手するとザウエルよりも魔力が多いのかな?
ああ、いや違うか。基本魔法『パワー・コンバイン』か何か、魔力同調系の魔法で不死怪物どもの魔力を束ねて使ってる可能性の方が高いか。でも、死霊魔法に限るけどその技量自体は超絶クラスだね」
これは強敵だ。不死怪物に対し相性が良い軍勢を用意してきたが、油断は禁物だ。わたしは上空を旋回しているオルトラムゥに先制攻撃を命じようとした。攻撃した際の相手の動きで、指揮官の位置を把握できればと考えたのである。
だがその直前、強烈な思念がわたしたちの周囲に響いた。『コンヴェイ・シンキング』の魔法かと一瞬思ったが、違う。単に強烈な念が、向こうから叩きつけられただけだ。
『我が行く手を遮るものは誰ぞ』
上空の魔竜たちが、精神に打撃を受けて隊列を一時崩すが持ちこたえ、即座に編隊を組みなおす。『マインド・プロテクション』の魔法と『精神防壁』の魔道の術をかけておいて良かった。わたしは今の強制的かつ強圧的な念により発生した思念のリンクを通じ、こちらも強力な念を込めて返答してやる。
『わたしは新たな魔王、ブレイド・JOKERだがね。そう言う君は、何者かな?』
『魔王……。魔王たる存在なれば、そこを退くがよい。我は魔王への敵意はもはや持たぬ。我は『りゅうむ・なあど神聖国』を……その王族らや神官どもを、ただただ滅ぼさんと欲する者なれば』
『……ほう?』
ここで『リューム・ナアド神聖国』の名前が出て来るとは思わなかった。相手の思念は、言葉を続ける。
『その目的を果たさんがため、『魔竜の墓場』に眠る魔竜どもの骸が、是が非でも必要なのだ』
『何故かね?』
『……『りゅうむ・なあど神聖国』の王城や神殿には、我ら亡者を阻む光の結界がある。なれど魔竜の骸より生み出した屍竜の吐炎であらば、結界の外より結界の基点を破壊することが叶う。
わかったならば、そこを退くが良い。我の望みは、『りゅうむ・なあど神聖国』の指導者たちの首印のみなのだ』
……なるほど、この思念の相手は魔竜の骸からドラゴンゾンビを創り、それで『リューム・ナアド神聖国』を攻めるつもりなのか。魔竜将クラスの魔竜の骸から創られたドラゴンゾンビの吐炎ならば、射程距離はとんでもなく長いはずだ。
たしかに相手の目的には適うはずだ。だが、それを叶えさせてやるわけにもいかない。オルトラムゥに悪いからね。
『悪いけどね。『魔竜の墓場』はウチの部下が大事にしてる場所なんだ。渡すわけにはいかないよ』
『……是非も無し。ならば力にて雌雄を決せん』
「あ。念話切った。まだ話の途中なのに」
念話は向こうから強制的に切断された。更に不死怪物の群れが、速度を上げてこちらへと向かって来る。わたしは急ぎ、上空を旋回中の魔竜たちに指示を飛ばした。
『オルトラムゥ。上空より吐炎で先制攻撃をかけろ。今の念話の発信源を偽装していなければ、敵の指揮官の位置は敵軍のほぼ中央あたりだ。そこに集中的に攻撃を』
『承知!』
「アオイ、ゼロ、吐炎の攻撃が終わったら全速で敵陣に突っ込む。ゼロは今の内に魔像兵団の陣形を突撃用に変更しておくんだ。
それと……そう、だな。全部隊を3つに分けるんだ。1つはわたしが、1つはアオイが、1つはゼロ、貴様が指揮を執る」
「了解イタシマシタ」
魔像兵団が機械的な正確さで、その陣形を変えていく。わたしがそれを見ていると、アオイがぽつりと呟いた。
「『リューム・ナアド神聖国』に、何されたんだろう……」
「わからないね。でも、戦闘中は同情は禁物だよ。この敵に負けたら、即座に不死怪物だと思っていい」
「うん、それは当然。……あ」
「む、予想通りだね」
魔竜が吐いた40条の炎が、不死怪物の群れを焼き払って行く。だがその中に数か所、吐炎による被害を退けた場所があったのだ。わたしは頷く。
「まず間違いなく『プロテクション・フロム・ファイヤ』だな。基本魔法だが、あの強力さからすれば術者の力量はかなりな物だろうね」
「吐炎を防御した場所が3つ。強敵がそこにいると見ていいと思う」
「向かって左から目標α、β、γとしよう。ゼロ、貴様は目標γを叩け。アオイは目標αを頼むよ。わたしは真ん中の目標βを」
言っている間に、魔竜たちへ向けて地上から魔法攻撃が撃ち上がる。だが防御魔法を施された魔竜たちには被害はほぼ無い。
わたし、アオイ、ゼロは各々の隊の先頭に立ち、敵陣へ斬り込んでいった。
骨を、腐肉を、不死怪物どもを叩き潰し、粉砕し、わたしの指揮する部隊は目標β目指して突き進む。わたしの出番はほとんど無い。魔像兵団の部下たちは、優秀だ。わたしはほぼ完全に、指揮に専念できている。……いや、魔像兵団はわたしが錬金術系の術法で創造したんだから、これは自画自賛になるのか?
アオイ率いる部隊は目標αを、ゼロの部隊は目標γを目指して進軍している。こちらも素晴らしい活躍ぶりを見せていた。流石にゼロが、少し遅れ気味か?単純な能力的には、3者の中で一番劣るからな。だがそれでも、充分な指揮能力を発揮している。
最も早く、目指す目標に到達したのはわたしだった。その周辺の不死怪物を指揮していたのは、青白い肌の金髪の豊満な肉感的な美女である。その瞳は、血の様な紅い色をしていた。その周囲には、護衛と思しき同じく青白い肌で紅い眼の男女十数名が従っている。
だがわたしの目は、その者たちの口から鋭い牙が生えているのを見逃さなかった。なおかつ、わたしには効果が無いが、その視線に魅了の力が宿っているのを感じて、相手の正体に大方の予想がついた。ちなみに魅力の力には、さくっと抵抗している。
「ほう、吸血鬼かね」
「そういう貴方はいったい何の種族なのか、見た目からは判らないわね。似た種族がまったく無いもの」
「それは秘密、ということにしておこうか。だが残念ながら、わたしはハズレを引いたようだな」
「失礼しちゃうわね。こんな美女をつかまえてハズレだなんて」
「くくく」
わたしは笑った。相手も微笑を面に浮かべる。わたしは構えを取りながら彼女の言葉に応えた。
「それは失礼したね。だが、そういう意味ではないのは分かっているんだろう?先ほどの念話は、男性の物だったからね。できれば君ではなく、君たちの頭目に会いたかったんだよ。先ほどの念話は、話したいことを全部話す前に打ち切られてしまったものでね。
まあ、とりあえず自己紹介しよう。わたしが魔王ブレイド・JOKERだ」
「わたくしは貴方の言う通り、吸血鬼よ。名はユージェニー・ダンヴァース。こう見えても、ロード種なのよ? 以後よろしく」
「ゆ、ユージェニー様……。よろしくも何も、これから戦うのでは……」
配下の吸血鬼が、突っ込みをいれる。ユージェニーはその吸血鬼にデコピンを見舞った。その吸血鬼は、軽々と吹き飛ぶ。
「はぶうっ!?」
「バッカねぇ? 相手がこっちを殺る気になったら、こっちは瞬殺よ? そのぐらいの力の差があることも理解できない雑魚は、黙ってなさい?」
「「「「「!!」」」」」
愕然とする、ユージェニー配下の吸血鬼たち。しかしだからと言って、ロード種の吸血鬼であるユージェニーは、己の誇りにかけて退こうともしない。そんな雰囲気が、彼女から伝わって来た。
ユージェニーは付け足すように言葉を紡ぐ。
「ま、そうは言ってもわたくしも……。実際に相対するまでは、これほどの馬鹿みたいな力の差があるとは思ってなかったけどねー。最初はわたくしが本気だせば充分勝ち目あると思い込んでたもん」
「くくく、で? どうするのかね?」
「まずは、交渉を」
急に真面目になって、ユージェニーは言う。
「魔王たるお方が、『リューム・ナアド神聖国』に尻尾を振るとは思えません。戦って勝てない以上、上手く交渉して停戦を……。できれば貴方を味方に付けたいと、わたくしの独断ですが考えておりますの。できることなら、我々の軍団が崩壊する前に」
「君たちの頭目は、そう考えていない様だが?」
「あの方は、『怨霊』ですので……。生前の性格もありますが、怨霊と化したせいで頭が固いところがおありなのです。
ですがわたくしの事はそれなりに信じてくださっておりますので、魔王様との合意がなされるならば、わたくしの存在そのものを賭してあの方を説得いたします」
ユージェニーの真摯な態度に、わたしは頷いた。
「……いいだろう、誇り高き吸血姫ユージェニー・ダンヴァース。わたしが率いてきた部隊に停戦命令を出し、話し合いのテーブルに着こう。
だが他の2か所においては、君の指揮権も及ばないのだろう?そちらで戦っている部隊にまで停戦命令は出せない。停戦命令を出せば、その部隊が一方的に攻撃されることになるからね。
ただし停戦命令は出せないが、できるかぎり防戦だけにとどめさせよう」
「ありがとうございます。余計な犠牲を出さぬためにも、交渉を急ぎましょう。こちらの望みとしては……」
そしてわたしと彼女は、手っ取り早く互いの望むところを語り合う。数分後にはわたしはユージェニーと吸血鬼たちに連れられて、目標α……不死怪物の頭目がいる場所へと向かったのである。
吸血姫ユージェニーは、なんとか魔王様を説得する事に成功しました。ただしこれから、自分たちの親玉である不死怪物の頭目をなんとか説得しなければならないのですがね。相手は怨霊、頭が固いですから……。




