第15話 書類仕事
ここはいつもの新生魔王軍本部基地司令室。わたしはここで、大量の書類相手に奮闘していた。アオイ、ザウエル、そしてザウエルの配下である魔道軍団から派遣されてきた魔道士たちが、総がかりでそれを手伝ってくれている。
そんな中、ザウエル配下の一人であるアンブローズとか言った魔道士が、疲労困憊した口調で言葉を発した。
「が、ガーソム地方の収支決算報告を纏め終わりましたです、はい。
……しかし先代魔王ゾーラム様の時代には、ここまで書類仕事が多くなかったと思うのですが……。我々が駆り出されることも無かったような気も……」
「それは先代魔王がドンブリ勘定でデタラメな国家運営をしてたからですよ。今僕らがここまで忙しいのは、そのツケの清算もあるからです」
吐き捨てる様に、ザウエルが言った。現在アーカル大陸に存在している占領地だけでなく、魔王の膝元であるはずのバルゾラ大陸も、先代魔王の滅茶苦茶な統治により無残なまでに疲弊している。
いやこれを統治と言ったら、誰からも鼻で笑われるだろう。それほどまでに酷い状態だった。ううん、今年の税収は諦めるべきだな。領地の再建と復興が第一だ。必要とあれば、錬金術系の術法で貴金属や宝石を錬成するか、あるいは召喚系の術法使って鉱物召喚で金銀を大量に……。
ここでアオイが、魔道士アンブローズを慰めるように言葉を紡ぐ。
「今、専門の官僚を育成してる。教育は上手く行ってるってこっちの報告書には書いてあるから、もうじき1期生が仕事場に入ってくる。
その1期生が入ってくれば1人あたりの仕事量も減るし、2期生が入ってくる頃には仕事も全部引き継いで完全に魔道軍団の方に戻れる。だから今はがんばって」
「はあ……。わかってます。でも、その官僚を育成してるのもわたしの同僚ですけどね……」
「旧魔王軍の生き残りの中では、魔道軍団は貴重なインテリだからねえ。現状、知的作業は君らに頼るしかないんだよ。賞与も出すから、頼むよ」
「は、魔王様。了解いたしました!」
わたしの言葉に背筋を伸ばす魔道士アンブローズ。だがそれでも疲労の色は隠せていない。わたしはアオイから書類を受け取り、目を通してサインする。その書類は先ほど彼女が言った通りに、政務や経済官僚、軍官僚、その他諸々の教育、育成についての物だった。
その書類によると官僚として有望なのは、エリート種族である魔族を除けば皮肉なことに、アーカル大陸やコンザウ大陸から人種差別による迫害のために逃げ出してきた人類……人間族、森妖精族、土妖精族などの内の少数民族だったりする。
彼ら少数民族の人類は、人類領域から脱出してバルゾラ大陸……人類の言うバルキーゾ魔大陸に逃げ込んだことで、人類の裏切者扱いされているらしい。自分たちで迫害して追い出しておいて、勝手なもんである。
「……うん、この者たちのために保護区を創設するか。この大陸に逃げ込んで来たけれど、魔物ではないから大陸の隅で細々と生きるしか無かった様だし。書類を読む限りでは、中々使える人材たちじゃないか」
「土妖精族は技術技能者としても有望。人間族は突出したところは無いけど、欠点も無いから何でもやらせられる」
「森妖精族は魔法に対する適正が魔族並に高いですからね。魔族は産まれる数が少ないのが悩みですから、忠誠を誓ってくれるならば魔道軍団の新たな人員としても見込めますね。
……ただ、魔物たちからの人類への偏見や差別を乗り越えるだけの才覚は、示してもらう必要がありますが」
アオイとザウエルも、反対意見は無い様である。わたしは次の書類を手に取った。
「豚鬼と大犬妖、人食い鬼に邪鬼、邪妖精か……。問題ばかり起こしてくれるなあ。今回は互いの種族同士で諍いかね」
「今のところ居住地を分けて、間に緩衝地帯を設け、互いに衝突が起こらない様にしていますが……。後は我々新生魔王軍でも、一般の兵士として使ってはいますけれど、豚鬼や大犬妖、人食い鬼の3種は特にひどいです。知能も低くて扱いにも困りますね。
一応強い者の言う事は聞くので、魔族と同じエリート種族である巨鬼族を指揮官にあてがってます。けれど巨鬼族も数が多いとは言えないので……」
「本当は、巨鬼族はアオイの下につけて、親衛隊を組織したかったんだがなあ……。はぁ……」
わたしは溜息を吐く。今のところ親衛隊には、ゼロと同タイプである戦闘ドロイドたちが配属されている。だが戦闘力は巨鬼族の方が強いのは、やはり間違いのないところだ。
「邪鬼と邪妖精は、魔法的能力も高いし知能も比較的高いが……。組織には向かない性格なんだよね。いたずら好き、と言うには酷いレベルだし。
他の種族を引っ掛け、騙し、利益を貪るって程度ならともかく……。いたずらに殺して楽しむ、と言うのはヤバいだろう」
「でも普通の妖精の類も、見た目は可愛らしいけどけっこう洒落にならないいたずらをするみたいよ。命にかかわるレベルの。本質は同じっぽい」
「こいつらのうち従軍してる者たちはきっちり躾け、我々新生魔王軍関係者にはいたずらをしないよう『ギアス』の魔法で強制しています。そして大規模な集団行動にはまったく向かないので、単独あるいは小規模グループで諜報活動に従事させています」
わたしは頷く。次の書類は、犬妖に関する物だった。
「うーむ、犬妖は魔物たちの中でも取るに足らない被差別種族だと聞いていたんだが……。けっこう重要じゃあないか。
このバルゾラ大陸で、農業や工業生産に関わってるのは、先ほど話に出た人類種族の難民の他は、ほとんどが犬妖だし。まあ一部の強力な武具などは魔族や巨鬼族なんかも作ってるようだが。
と言うか犬妖がいないとバルゾラ大陸の経済、回らないよ」
「経済活動と言うか……。他の種族から搾取される存在ですからね。あれらが農耕をやって、他の種族がそれを搾取する。それが従来の慣例でした。まあ繁殖力は桁外れですが、個々の力は極めて貧弱ですし。
ですが、我々魔族や巨鬼族などエリート種族からは、最近見直されて来ていますよ。まあ、あれらはあれなりに、結構やるじゃないか、って程度ですがね。豚鬼や大犬妖より、ずっと評価は上がってます」
ザウエルの言葉に、わたしは閃く物があった。
「銃、かな?」
「ええ。魔王様が量産させているライフル銃です。僕ら魔族は魔法が強力ですから使おうとはあまり思いませんし、防御魔法で銃弾を防げます。巨鬼族は接近戦に誇りを持っている上に、やたら頑丈なので銃弾がほとんど通用しません。
けれど、それ以外の種族にとっては銃は脅威です」
「そう言う割には、君は拳銃を携行しているみたいだけどね?」
「いざと言うときには、便利ですから。僕は魔王様が創ったゼロを見たとき、魔法絶対主義に落とし穴があることを知ったんです。
……それに『エンチャント』の魔法で銃や弾丸に魔力付与すれば、巨鬼族も殺せますし魔族の防御魔法も貫けます。それはともかくとしまして……」
ザウエルは話を元に戻す。
「先日も抵抗をやめない人食い鬼の集落を、犬妖の銃士隊に討伐させました。犬妖と人食い鬼では、今までの常識では100対1であっても勝ち目はないです。ですが人食い鬼の半分の数の犬妖銃士隊で、あっさりと集落を殲滅しましたよ。
つまり銃の様な高度な武器を使う頭の無い豚鬼や大犬妖、人食い鬼よりも、単なる犬妖の方が今後の戦争に適合できると言うことが誰の目にも明らかになったんです」
「……なるほど。犬妖が搾取の対象にされない様に保護政策を取った方がいいかもな、重要な種族だし。犬妖の作った農産物とか工業製品は国家が買い上げて、他の種族にはそれを金銭で売却するか労働の対価として下げ渡すか。
今まで抑圧されてた分、保護したら数が増えるだろうから、増えた分は軍隊で吸収するとしよう。……だが、そうなるとますます豚鬼や大犬妖、人食い鬼の戦力価値が下がる、か。どう使ったものかな……」
「難しい課題ですね。ただ半豚鬼なら、豚鬼の体力に成長速度、人間族に近い知能や器用さを兼ね備えています。アーカル大陸の占領地では、半豚鬼が大量に生まれたとの報告があります。彼らならば、きちんとした教育を施せば使い物になるでしょうね。
おそらくはコンザウ大陸のもと占領地でも同じ現象が起きているでしょうが……」
ザウエルの言葉を聞き、アオイが苦い顔をする。まあ、人間の精神構造を持ったままであるわたしも、あまり良い気はしない。アオイが嫌そうに言う。
「……それって、アレ?侵略戦争に付き物の……」
「まあ、アレ……つまりはナニです。豚鬼は食欲と性欲だけの生き物ですからねえ……」
つまりは、いわゆる18禁な行為って事だ。しかも同意の上では無い、無理矢理な。
「ザウエル、略奪や虐殺、そう言った行為は、現地の民力を減退させるだけだからね。わたしの名前で厳禁しているはずなんだが。その辺はどうなっているかな?」
「極めて減った、との報告は来ています。ですが根絶までは至らぬようで、未だに略奪や虐殺、それにナニをした豚鬼や大犬妖、人食い鬼がときどき処刑されていますね。
ああ、ナニをするのはほとんど豚鬼か、ごく一部の異常な性癖を持つ者だけですが」
まあ、そりゃあそうだろう。豚鬼を除けば、各々の種族における精神構造からすれば、異種族は魅力的には見えないはずなのだ。わたしは左右に首を振る。規律正しい軍隊は、なかなか遠い目標の様だ。
「あー、アーカル大陸に兵士たちと同族の雌を数多く送り込む様に命じていたはずだが?」
「兵糧や軍資金と一緒に輸送船団に詰め込んで送りましたが、まだ向こうに着いていません。なお魔竜軍団の海竜が、船団の護衛に就いています」
「あー……そうか。船が着いて、そう言った問題がなるべく解決してくれると良いんだが。
それはともかくだ。生まれた半豚鬼の子供らを、なるべく保護するよう命じてくれ。そう言った事情であれば、母親に殺されかねんだろう。救出してきちんと教育すれば、なかなかの人材になりそうだ」
ザウエルは、わたしの言葉に困ったような表情を浮かべる。
「教育ですか。ですが……これ以上魔道軍団から教員を出すのは難しいです。
それに半豚鬼の子供の適性は、魔道士ではなく兵士、戦士でしょうからね。魔道軍団から出した教員ではどっちにせよ教育方針と噛み合わないでしょう」
「うーむ……。ならばアオイ、親衛隊にいる戦闘ドロイドを何体か出せないかな?そこそこ程度に人工知能が成長した奴を。空いたところには、また新しく同タイプの戦闘ドロイドを製造して充当するから。
軍人としての教育を施すのであれば、奴らを教官としてもいいと思う。ある程度は人工知能が成長している必要性があるがね。送り出す前に、教官としてのマニュアルもインストールしてやろう」
「そう言うことなら……。3分の1程度は送り出せると思う。ただそれ以上連れて行かれると、その分を頭が真っ白な新人で埋めたとしても日常の任務が上手く回らないと思う」
ここで魔道士アンブローズが泣きそうな声を上げる。
「ま、魔王様、大魔導師様、親衛隊長殿……。新しい案を出されるのは良いのですが、もう少し速度をゆっくりしていただけませんでしょうか。新たな書類や命令書を製作するのが、追い付かないのです!」
「あ、そうか」
「悪いことをしたね」
「ごめん」
わたしは徐に言った。
「まずはここにある書類を全部片付けるのが先決だったな。気になる点はメモを取っておいて、また終わった後で話そう」
「そうね」
「そうですね」
それからわたしたちは、黙々と書類を処理し続けた。とりあえずその日の分の書類仕事が終わった時には、官僚業務をやってくれていた魔道士たちは死屍累々と言った様子であった。
オチは魔道士たち。唯一のネームドであるアンブローズは、ネームドであるが故に余計に苦労を背負っています。




