第13話 先代魔獣将
数日後、わたしは親衛隊長の勇者アオイと共に、バルゾラ大陸南方にある、氷に閉ざされた地域へやって来ていた。ちなみにバルゾラ大陸の最南端には、この世界の南極点が存在する。今わたしたちがいる場所も、元の世界……地球の南極大陸の端ぐらいの気候である。
「あまり夜間外出したことは無かったけれど、この世界には月が3つもあるんだな」
「特になんの捻りもなく、大の月、中の月、小の月って呼ばれてる」
「世界自体にも特に名前があるわけじゃなしに、単に世界って言われてるからなあ。だから、そんなもんだろう」
他愛のない話をしながら、わたしたちは夜の氷原を進む。わたしの格好はいつも通りの黒い長衣だが、アオイはモコモコになるほどに着ぶくれており、徹底した防寒装備だ。
ちなみにわたしの眼は赤外線も見えるし、そうでなくともスターライトスコープ以上に夜目が利くので本来灯りは必要ない。だがアオイはさすがにそういうわけには行かない。だから彼女のため、額の生体レーザー発生器官のレーザー波長と出力を調整して、そこから通常光を発して周囲を照らしている。
やがて前方に、氷原がひび割れて隆起した断層が現れる。左右数kmにもわたる巨大な氷の壁が、わたしたちの前に立ちはだかっていた。その氷の壁面に、深い洞穴がぽっかりと口を開けている。そこが今回のわたしたちの目標地点であった。
わたしたちは、おもむろにその氷の洞穴に歩み入る。すると洞穴の奥からは、濃密な殺気が滲み出してきた。野太い声が響く。
「……何者だ」
「元魔獣将ガウルグルク。久しぶり」
「な!! ゆ、勇者!! そうか、わしにとどめを刺しに来たのか?」
わたしの額から発せられる光の中に、獅子の頭部を持った獣人の姿が浮かび上がった。彼は筋骨隆々として均整の取れた肉体を持っており、その鋭い眼光からも、いかにも強者に見える。……ただし、見るからにズタボロになっていなければ、だったが。
本来は威風堂々としていたであろうその姿は、くたびれて疲れ切った様子を醸し出している。見ると、その胸板には剣で斬りつけられたと思しき深い傷痕が走り、右腕も一度骨折したのが変にくっついたのか、ねじ曲がっていた。右脚にも幾条もの裂傷の痕があり、痛々しく引きずっている。顔面も、右目が潰れていた。
アオイは溜息をついた。
「……ふう。ガウルグルク、今の貴方を殺しても意味無いわ」
「……そう、だな。たしかにこの敗残の身を……。魔獣将の座を追われて群れからも追い出されたこの身を殺したところで、貴様に得があるとは思えん。ならば勇者よ、いまさらここに何をしに来た?」
「その前に……。今、わたしが仕えている方を紹介させてもらう。この方が当代の新たな魔王様、ブレイド・JOKER陛下」
「!?」
元魔獣将ガウルグルクは驚愕の表情を浮かべる。ここでわたしは話に割って入った。
「ただいま紹介に預かった、新たな魔王ブレイド・JOKERだ。単刀直入に言おう。ガウルグルク、わたしに仕えて欲しい」
「え、あ、何だ、って!? ま、魔王様が討たれたとは、話に聞いていたが!? 新たな魔王様!? しかも勇者が仕えている、と!?」
「ええ、そう。わたしはわたしを召喚した国と元仲間に裏切られて、死にかけたところを魔王様に助けてもらった。その恩義と、国や元仲間に対する復讐のために、魔王様に仕えている」
アオイの言葉に、ガウルグルクはただ1つ残った目を白黒させる。わたしはしばし、彼の答えを待った。ガウルグルクは大きく深呼吸すると、ようやく落ち着いてこちらをしっかりと見つめる。彼はゆっくりと言葉を発した。
「仕えよとの仰せ、たいへんありがたく思います。ですがわたしめは見ての通りのありさまにございます。そこにいる勇者アオイ・カンナに敗北いたした時の傷がもとで力を失い……。
群れ……魔獣軍団内での権威失墜および指導者争いに敗北し、魔獣軍団を追われた身でございますれば……。
今はこのような辺境にて、細々と小動物を狩って生きているざまです。とうてい魔王様のお役に立てるような者ではございませぬ……」
「……わたしは魔獣軍団を新生魔王軍の麾下に収めようと考えたとき、今の魔獣軍団の長、現魔獣将のバウガウドについても調査させてみた。
……駄目だった。使い物にならん。力だけの馬鹿など、豚鬼や人食い鬼だけで充分だよ」
わたしは吐き捨てるように言った。正直、本音だった。魔物には、話ができるくせに話が通じない者が多すぎる。魔竜将オルトラムゥは、随分とマシだった。一度力で勝っておけば、素直になったし。けれど現在魔獣将をやっているバウガウドは、アレは駄目な奴だ。伝聞情報のみでわかった。
特に考え無しに麾下の戦力を使い、力押しで攻めさせる。その辺りは魔竜将オルトラムゥも近い物があったが、あいつは責任を部下に押し付けたりしない。その辺で、バウガウドは駄目だ。周辺勢力への侵攻に失敗したとき、その責任を部下に負わせて斬首とかしてる。
部下に攻めさせたときにソレならば、まだ分からなくも無いのだ。しかしバウガウドは自分で指揮を執り侵攻して失敗した時も、なにかしらの罪状を押し付けて部下を断罪し、処断している。それだけじゃなく、侵攻に成功したときは全部自分の手柄として発表してたり。
駄目駄目じゃん。そんなの、ウチの部下にいらないよ。新生魔王軍には必要ない人物だ。
わたしは話を続けた。
「その点君は力だけでなく、戦術や戦略を理解する頭もある。理性もあり、輩や部下にも気配りが篤かった。……わたしたち新生魔王軍が全面的に後援しよう。どうかわたしに仕え、魔獣将に復帰してくれないかね?」
「ですが今のわたしでは、どう足掻こうとバウガウドには勝てませぬ。後援をいただけると仰いましたが、魔獣軍団は……。
魔獣と言う物は、知恵はありますが獣である側面もまた多大に持っておるのです。助太刀を得てバウガウドを倒せたところで、1対1の勝負でなければ……。1対1で勝てるほどの強者でなくば、群れを率いる指導者として認められはしないのです」
苦悩するように言うガウルグルクだったが、わたしはほくそ笑みつつ言う。いや、生体装甲板に覆われた顔で、笑みは浮かべられないから無表情に言ってるのと同じなのだが。
「何、後援と言ったところで、助太刀みたいな直接的な物だけではないよ?大船に乗ったつもりで、わたしたちに任せてくれないかな?」
「は? い、いったい何を?」
「大丈夫。魔王様なら悪いようにしないから」
アオイの保証に訝しげな顔をするガウルグルクだったが、その後の話を聞いて最終的にはわたしたちの申し出に頷くことになった。
ガウルグルクは、ゼロと並んで旧版から大きく種族的にも変更されたキャラです。もとはケンタウロス型の、下半身が獅子の胴体型をしている種族でした。けれど改訂版では、スタンダードなライオン型獣人になっております。




