SF読み切り 『彼方へ』
……まず、『虚無』があった。星どころか一片の物質の欠片、否、光と闇さえも……そもそも空間そのものが無い虚無、『真空』が。
次いで、虚無は『孤独』を悟った。意志としては私達とかけ離れているが、それでも痛い生のままの孤独感に。ここに『点』が生じた。
虚無はここで『感情』に目覚めた。己が己であるとする、当たり前の『楽』、自分は一人ぼっちなんだという『哀』、どこにもぶつけようのない『怒』、確かに存在するという『喜』。
この刹那から、虚無もはやからっぽではなかった。相反する葛藤に二分され、一点に文字通り、無限の膨大なエナジーが集中された。
エナジーそのものは本来引力を生むのだが、こと高密度下にあっては互いに衝突しては弾ける、雷雲の嵐、暴風雨となる。
『存在』はここに、点をやめた。この瞬間、時間が生まれた。無限に連綿と続く時間の中に、エナジーを解き放し、溶かしこんだ。
正と負の反応、大爆発が起こった。ほとんどすべてが煉獄の業火……あるいは天界の聖火で燃えついさった。
故に同時に空間が生まれた。各次元は『喜』『怒』『哀』『楽』によって次元を超えて結びあったのかもしれない。
それから解き放たれたエナジーの大半は燃焼して光になり、なぜか偶然爆発から燃え残った十億分の一が、凝縮したエナジー、『質量』となった。その質量こそがもちろん物質であり、銀河も恒星も惑星も無論、物質からできている。いつかそれは『命』と呼ばれた。
人間も。それが感情、喜怒哀楽を人が有する理由……
……
女子校生は物理の授業後の休み時間に、クラスで数人の友人相手に真面目なつもりの自説を少し話すと、悪戯に笑った。「こんなことを考えるのは、非科学的な自称ロマンチストだけだけどね、私みたいな」
男子生徒が意見した。「いや、どのみち大半の学者が、誤っている珍説を提示しているんだ。悪くないと思うよ。そうだな、サイエンス・フィクションとしてより、スペース・ファンタジーとしては」
「宇宙約百億年の歴史に比べ、およそ一億分の一しかない人間の人生、か。まさにスペース・ファンタジーね。永遠の幻想よ」
「儚いものだね。だけど人間は限られた時間の中、無限の夢を抱ける」
「誰かが言っていた……自分一人の存在は、宇宙そのものと等価って」
「過激な意見だね、そいつアナーキストかい?」
「いえ、むしろヒューマニストだったわ。『だから世界を壊すことはできない』って。自称無神論者だけど、むしろ信仰深い人かもね」
「世界、か。人間には目下この地球だけがホームだからな。物理的に無理なのだろう? 太陽系ですら持て余すのに、恒星間航行なんて。通常航法では片道軽く数百年と時間がかかり過ぎ、乗組員は全員世代交代をしなくてはならない。だいたい、向かった先に都合良く居住できる惑星がある可能性は限りなく低い、ゼロに近く」
「でも宇宙すべてを相手にするなら、居住できる惑星がある可能性は、限りなく百パーセント。数にしても限りなく無限よ」
「それはSFによく聞く、ワープ航法なんて用いない限り無理だね」
「それも矛盾しているわ。空間を跳躍することは、同時に時間を跳躍すること。すると過去未来へ行ける、タイムマシンになるのに。繰り返しSFで語られているけど、タイムマシンが実現不可能なのは、未来から過去へタイムマシンの設計図を持って来た人がいない事実が証明している……これを打ち破った仮説も多々あるけれど」
「宇宙は広すぎ、時間は常ならむ、か。人類が宇宙開拓にいずれ乗り出すとして、何万年も経過してしまっては。生き物としての『種』が進化して。別種の知性体が文明を受け継いでいるかもね」
「時は連綿と続き、進化は加速している。だから生命は相対的には、広く長く引き伸ばされている。命として、今を輝きましょうよ」




