羞恥
「あ、あの……もう少し離れてはもらえませんか?」
「ああ、すみません」
此方からは聖の様子は見えない。
せめてもの気遣いというかマナーで、背中合わせで互いに反対方向を向いていた。
「……本にかけるんですか?」
「カートリッジ使います?」
「あ、そっちのほうがマシ……」
「その場合、私が尿に直接触れる事になりますが」
「……何故ですか?」
「液体を余分に確保出来るので必要な分を調節する為です」
「……本の場合は?」
「湿った本に触れる事になりますが、それ以上という事はないですね」
「…………本にします」
「そうですか」
少し残念(どういう意味でかは置いておく)に感じつつ聖の方を見ないように周囲を警戒した。
その状態のまま時間が経ったが一向に終わる気配がない。
「……聖お嬢様?」
「……出ません」
「……尿意は?」
「……あります。でも、どんなに頑張っても身体がブレーキをかけます」
確かに、学校の屋上のど真ん中で本に向けて放尿する等、普段あり得ない事だ。
子供の頃、してしまっていたおねしょを大人になるとしなくなるのは無意識にブレーキを掛ける術を手に入れるからだ。
それは起きていてもトイレ以外で尿意を感じても放尿しないように機能しており、頭で理解していてもブレーキはかかってしまう。
「あー……聖お嬢様」
「な、なんですか?」
「一つ方法あるんですが……其方を向いても宜しいですか?」
「え!?ちょ、ちょっと待って下さい!」
「はい、待ちますよ、それくらいは」
背後でごそごそ物音が聞こえたが何も考えないようにした。
「……もういいですよ」
「はい」
振り向くと聖のすぐ傍まで歩み寄って行く。
「に、兄様?」
「暗示をかけます。一時的にそういった羞恥心を取り除きます」
「え…………えっ?」
「嫌ですか?でも、余り時間をかけるのも得策ではありませんよ」
「うう……わかりました。でも兄様、暗示なんてどうやって」
「必須とまではいきませんが、『悪』としては持っておいたほうがいいスキルなので。ただ、効き目は個人差ありますし、その手の道具がないのでどこまで効くかわかりませんが……」
右手で聖の頭を軽く掴むように目元を覆った。
「返事はしなくていいので此方の言葉をよく聞いて下さい」
「……」
「なるべく、リラックスして下さい。」
「……」
「リラックスリラックス……では、そのままゆっくり座りましょう」
聖は此方の誘導に従い、床に腰を下ろす。
此方は膝を立てて、聖の目元から手を離さないようにする。
「力を出来る限り抜いて……此方に身を委ねて下さい」
「……!!兄様、駄目です!」
聖はその場を離れると本の方に向かった。
「に、兄様!」
「あ、ああ……すみません」
すぐに聖に背を向けた。
「に、兄様、耳を塞いで!」
「あ、はい」
言われた通りに耳を塞ぐと暫くして、アンモニア臭を感じた。
「……リラックスしただけでほぐれたか」
余程我慢していたという事なのだろう。
暗示をかける前に済んでしまった。
一つ気になったのは性格上、聖は暗示をかけやすいタイプだと思っていた。
だが、あくまで此方が言うから従ったに過ぎず、暗示の方は本式にかけていないとは言え、余り効いていないイメージを受けた。かかりやすいが効きづらい、特殊なタイプらしい。
そんな事を考えていると服の裾を引っ張られ、振り向いた。
「……終わりました」
聖は顔を伏せていたが耳が真っ赤になっていたのが見て取れた。




