お願い
下準備のほとんどを終え、屋上に出た。
「大丈夫ですか?聖お嬢様」
「は、はい……なんとか」
途中休憩を挟んだとは言え、聖の消耗は激しかった。
「情けないですね……半日歩いただけでこんなに疲れてしまうなんて」
「……半日?」
此方の体感では三、四時間程だ。
聖が消えてすぐに跳んだ事を考えると精々二十分程しか差はなかったはずだ。
「聖お嬢様は、此処に飛ばされた時の時間って覚えてますか?」
「え……確か、十時か十一時くらいだったと」
「では、此処に来てから、私が駆け付けるまでどれくらい時間がありましたか?」
「えっと、多分ですけど八時間くらいではないですか?」
「……成る程」
まじないの本をパラパラとめくる。
目的のページと見つけ確認すると土壇場での変更を決めた。
「時間の流れが違うなら、それに合わせて書かなきゃな」
「あの……兄様?」
「ああ、すみません。此処で終わりなので離れすぎずに座っていて下さい」
「あ……はい」
聖に元気がない。恐らくは疲労のせいだと思っていた。
――――その時は。
教室にあったチョークを用いて魔法陣を屋上に描く。
それは『ライン接続』と呼ばれる魔法陣。
異なる特性を持つ何かと何かを繋ぐ為の媒介。
ただ、単に魔法陣を描くだけではそこまでの力はない。
チョークを湿らせ、魔法陣に『悪』と注ぐ事でその機能は強化される。
魔法陣は回路であり、『悪』はエネルギーだ。
別の例えをするならば、魔法陣は血管と内臓であり『悪』はそれを動かす血液と言ったところだろう。
魔法陣を描き終え、中心にまじないの本を置く。
これは製作者の悪意が付属している。
その悪意は魔法陣の媒介として魔法陣を強化に使える為、本を聖から譲って貰った。
これを湿らせて同じように『悪』を注ぎ、チョークのラインで繋ぐ事で魔法陣に組み込まれる。
と、そこで見誤った。
「……水が少ないな」
予備のカートリッジはとうに空。
銃のカートリッジもほとんどなかった。
最低でも一発分は残しておかなければいけないと考えていた為、これ以上は水を使いたくはない。
「に、兄様……」
聖の弱々しい声に気付き、顔を上げた。
「どうしました?」
「その……お手洗いに……」
「――」
普段の聖ならば“お花をつみに行く”くらいの事を言ってのけるのだが、そんな余裕もないという事がそれだけでわかった。
「聖お嬢様、それは……」
折角ここまで一緒に行動してきたのだ。
詰めの段階で別行動となれば、そこに付け込まれるのは定番パターンでしかない。
「……あ」
と、そこで悪魔的な閃きがこの身を貫いた。
「兄、様……?」
「…………失礼を承知でお聞きしますが…………お小水ですか?」
「!?!!…………は、はい」
顔から火が出るとはこの事だろう、聖は消え入りそうな声で答えた。
「そうですか……なら、都合がいい」
「え?」
正直軽蔑されるだろうな、と思いつつも、この後の聖の反応を想像すると不思議と笑みが口の端から零れてしまっていた。
「聖お嬢様、緊急事態です…………此処でして下さい」
「へ?」
聖は此方の言葉を理解していないの如く、口をあんぐり開けて放心していた。
「順序立てて説明しましょう。まず、第一に今別行動する事は認められません。例え、漏らしてしまって聖お嬢様の尊厳を傷つける事になっても、聖お嬢様の身の安全を保障しなければなりません」
「……」
「次に、これは私のミスですが……水が足りません。何処から調達する必要がありますが、今此処を離れるのは得策とは言えません」
「…………」
「そして、最後に私の『悪』は真水でなくとも機能します。液体であれば大して問題はありません……例え、尿であっても」
「………………」
「魔法陣の中心に聖お嬢様から譲り受けた本があります。重ね重ね失礼だとは思いますが、その本を湿らせて下さい。お願いします」
最敬礼で頭を下げる。聖の表情は見えない。
「…………………………拒否は、出来ないの……ですか?」
「命には代えられません。お願いします」
そのまま、土下座に移行した。
土下座で少女に放尿を懇願するなど、とんだ変態だと自嘲した。
「………………………………わかり、ました。他に方法がないのですね?」
聖の声には絶望が混じっていた。
それでも、心の中でガッツポーズをした。
自分の事ながら、最低だなと思った。




