媒体
「一旦降ろします」
空き教室に入り、聖を降ろして立たせると聖の鞄から何かが落ちた。
「ん?これは……」
「あ……おまじないの本です」
聖は本を拾い上げると大切そうに抱きしめた
「……」
少し気になったが先に聖を休ませる環境が必要だと思い、教室の中心に机を集めた。
「兄様?」
「少し待っていてください」
机を並べ、適当な長さの平行な台にすると、今度は教室にある全てのカーテンを外し、重ね合わせてそれを台の上に敷いた。
即席の簡易ベッドだったが、そのまま床や木製の椅子などで休むよりはマシだろう。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
聖は少し抵抗があったようだった。
「……見た目が悪いのは勘弁して下さい。聖お嬢様の疲労は相当なものです」
「え……あ、はい……」
聖は観念したのか、此方に従い、ベッドに腰を預けた。
「少し眠ってください。見張りはしておきます」
そう言って椅子に座った。
「兄様、でもわたし……」
「どうしました?」
「……」
聖は俯いた。
どことなく、顔も赤く見える。
「風邪ですか?では、保健室の方に行きましょう」
「……いえ、そういう訳ではないのですが」
では何かと、聞くより先に聖の腹が答えた。
「あぅ……」
「と……参りましたね。食糧は持ち合わせてないです」
「うう……」
聖は恥ずかしそうに頭を抱えた。
確か、調理室があったはずだが、そこには聖を連れていきたくない。
先程確認した調理室の死体は調理室の備品、調理器具等で必要以上に遊ばれていた。
聖にそれを見せるのは精神衛生上宜しくない。
かといって、聖と別行動も前述の通り避けたほうがいい。
「水で我慢してもらえますか?何もないよりはいいですし、何かを詰めておけば一時的には胃も満足します」
そういって予備のカートリッジを差し出した。
「兄様、これは……?」
「大丈夫です。中は飲み水なので」
非常事態以外ではカートリッジに補充する水は常に飲み水を使う事にした。
今回のように飲み水さえ手に入れるのが困難な状態を想定しての事だ。
ちなみに『悪』の力を通した後、中の『悪』を吸い出せば元の水になる事は既に試した後だった。
「そうなんですか?でも、貴重な水なのでは?」
「いや、武器としてでしたら飲み水でなくても大丈夫です」
とは言え、水道が引かれているとは思えない空間だ。
水を確保出来る保障がない中では確かに貴重ではあった。
「それに、お嬢様に倒れられた時の方が大変ですから」
「わ、わかりました」
聖がカートリッジを受け取るとカートリッジのスイッチに聖の指を誘導した。
「ここを押せば、開きます。強く押し過ぎると勢いよく出るのでゆっくり押して下さい」
「は、はい」
聖は言われた通りカートリッジを開け、水を二口三口程飲むとすぐに返してきた。
「もういいんですか?お口に合いませんでしたか?」
「いえ、これで十分です。それに兄様の作戦が成功するか否かはわたしの生命線でもあるんです。ここで欲張って必要以上に飲むのは自分で自分の首を絞める事になりますから」
「それは、確かに……では、横になって下さい。眠れなくても楽な体勢で休んで下さい」
「はい……あの、兄様?」
「なんですか?」
「手……握ってもらっていいですか?」
「いいですよ」
椅子をベッドの傍に寄せて、寝転んだ聖の手を握った。
「兄様、ごめんなさい」
「……なにがですか?」
「全部と言えば、全部です。こんな事に巻き込んだ事も兄様の事を考えずに甘えてた事も……それを知ってもなお、甘える事も」
「構いませんよ、そんな事」
「え?」
「全部が全部という訳ではないですが、多少の打算があっての事です。さっきの聖お嬢様ではないですが、結果的に自分の為という側面もあります。だから、気にしないで下さい」
「こうして手を握る事もですか?」
「ええ、自然に女の子の、聖お嬢様の手を握れるじゃないですか」
「……兄様ってそういう事も言えたんですね」
「あ、嫌でしたか?」
「そんな事はないですけど……新発見です」
「そうですか……と、そうだ聖お嬢様。先程の本見せて貰っていいですか?」
「本?おまじないのですか?いいですよ」
聖は寝転んだ体勢のまま鞄から本を出した。
「ありがとうございます」
本を手に取るとパラパラと中身を確認した。
「兄様、その本は……」
「……本物ですね」
「わかるんですか?」
「ええ、まぁ……」
これも母に教えられた事なのだが、特にこの手のは母の専門でもあった。
「本物……でも、わたしその本の通りにやったせいで此処に飛ばされましたよ?正確に行ったはずです」
「いや、だからこそでしょう。あえて効果のないものと実際とは効果の違うまじないが記載されてます。実際に効果のあるまじないが他愛のないものである事を考えると効果の違うやつが本命です」
「……どういう事ですか?」
「この本はトラップだったって事ですよ」
「トラップ……そんな」
聖はショックを受けているようだった。
「聖お嬢様、この本は何処で?」
「あ……家の書庫にあったものです」
「……成る程、若つ……光治郎様の物か」
となれば、聖を陥れる為というのは考え難い、あくまで偶然でしかないという事だ。
「なら……使っても問題なさそうだな」
「え?」
此方の呟きに虚をつかれたのか聖がきょとんと此方を見ていた。
「……聖お嬢様。一つ頼み事があります」




