続・聖との関係性
聖が落ち着くと階段の段差を椅子変わりに二人で並んで腰をおろした。
「来てくれてありがとうですノ、にいさま」
「えっ……あ、おう」
聖は此方が驚いた事に不思議そうな顔をした。
「どうしました?」
「え?いや、今の自分の言葉……わからなかったのか?」
「なにがですか?」
「一瞬、昔みたいな口調に戻ったんだよ」
「へ?昔?」
聖はなんの影響か知らないが、物心つくかつかないかというほど幼い頃、おかし……もとい個性的な喋り方をしていた。
その喋り方というのが先程のように舌足らずな敬語の語尾に~ノと付ける喋り方だった。
「気付か……いや、覚えてないのか?」
「えっと……」
聖は言いづらそうにしていたが、その態度と目を見れば覚えていないのは明確だった。
「そうか……じゃあ、今の喋り方をしだした、きっかけも覚えていないか」
「……え?」
予想通りらしい。
「聖は昔、~~ですノって喋り方してたんだよ」
「え、え?」
「敬語を上手く使えなかったんだろうな。俺はそれが可愛くて好きだったけど」
「えっ!?ええっ!?」
大きくなる声量に比例するように、聖の頬は赤みを帯びた。
「まぁ、でもいつまでもそのままって訳にはいかないから、周りの人は矯正しようとしてたみたいだったな」
「は、はぁ……」
聖は本当に覚えていないらしく、自分の話なのに他人事のようだった。
「それでも、なかなか直らなかったんだけど……」
その先を口に出そうとして迷った。
果たして言ってしまっていいのだろうかと。
「兄様?」
しかし、ここまで話してしまった以上、はぐらかす訳にはいかないだろう。
「なんだ……その……俺との事で、な」
「兄様との?」
「昔……俺は少しおかしかったんだ」
「おかしかった?」
「ああ、実際に起こった事を覚えてなかったり、ないはずの事をあると思ったりしてた」
「どういう事ですか?」
「簡単に言えば……記憶がぐちゃぐちゃになったって事かな」
厳密にはそれは母の訓練の一環だった。
記憶操作、精神操作を受けても自分を取り戻す訓練――今考えれば、子供にそんな訓練を受けさせるなど無茶苦茶だと思えるがその訓練の成果として精神攻撃に対する耐性が出来た。
「それって……兄様のお父様の事で……」
不意打ちで噴き出しそうになったが、堪えた。
「まぁ、そんなところだ」
ただ、父のせいと言えば父のせいでもある。
自分と聖の間には大きな認識の違いがあるが。
「それで俺は一時期、自分に妹が居ると思って、居るはずのない妹をずっと探してたんだ」
「……え……」
「実の妹、だよ。何故か居るんだと信じこんで、消えた妹をずっと探してた」
「……」
「そんな俺を見て、聖が言ったんだよ」
「……何を、ですか?」
「聖が妹になるって」
「わたし、が……」
「それで……それがきっかけで俺は正気に戻れたんだと思う」
聖という妹分を確固たる存在として自分の環境を思い出す。
実際にその方法を用いると自分の記憶を取り戻す事が出来た。
「……わたし」
「ただ、その時注文を付けたんだ。妹になるのなら喋り方直せってさ」
「……」
「さっき言ったように昔の喋り方はどちらかと言えば好きだった。だけど、ずっとそのままだと聖が苛められると思ったからさ……俺なりの兄らしさだったよ」
自己満足かも知れないけど、と付け加えて聖を見ると何処か虚空を見ていた。
「聖?」
「あ、はい……」
聖は暗い顔で俯いた。
暗い顔をしている理由はすぐに思い当たった。
今日、聖と別れる際の会話の事と今の話を照らし合わせたのだろう。
「聖、さ」
「はい……」
「自分でも、そんな事ありながら言うのは最低だと思ったんだけど……いつかは言わないといけなかったんだ」
「……え?」
「本当の兄妹じゃない以上、いつか兄妹ごっこは終わりにしなきゃいけない」
「……」
「俺、多分だけどずっと好きだったんだよ、聖の事」
「あ……え?」
「聖も多分、俺の事好きでいてくれたんだと思う」
「……それは」
「悪い、今は最後まで聞いてくれ」
「……はい」
「聖はずっと、俺の事兄貴だと思って、接してくれてたんだと思う」
「……」
「俺はさ……最初から好きだったんだよ、聖の事」
「……あ」
「初めから気持ちにズレがあったんだと思う。俺は若月聖という女の子が好きだったんだ、きっと」
「……」
聖は目を大きく見開いた。
「だから、聖の事ずっと見てた。それで……わかったよ、聖は俺に兄貴以上の感情なんて持たないって」
「……そんな、事は」
「違うって言うのか?」
真っ直ぐ聖の目を見つめた。
聖は少したじろぎ、目を反らした。
「ほらな」
「…………」
「でも、今となればそれでいい」
「え?」
「聖、悪いが兄妹ごっこは今日でおしまいにしよう」
「……嫌に、なったんですか?」
「そういう訳ではないけど……もう潮時だ」
「どういう意味ですか?」
「……見ただろ?」
「な、なにを……?」
直接は答えず、右手に銃を構えて見せた。
「っ!」
「聖、俺はね、その名の通り悪人なんだよ」
「兄さ……まは、『悪』の人間なのですか?」
「ああ、一般人ならさっきの亡霊の相手なんて出来ないよ。それに……それくらいじゃなきゃ、光治郎さんが俺一人に護衛役なんて任さないだろ?」
「……」
「だから、聖。これからはビジネスライクにいこう。若月グループの令嬢が『悪』の者と懇意なんていけない」
「で、ですが、父も元はそちらの人間でしょう!」
「……驚いた。光治郎さんが君に話したのか?」
「若月の家では有名な話です。もっとも、今、噂が真実だと知りましたが」
「っ……これはやられた」
聖はそんな駆け引きとは無縁だと思っていたが、子は知らぬ間に成長するという事なのだろう。
「だとしても、今は手を引いてる。俺を雇ってるのは多少の義理以外は、聖の護衛に適任である事、そして会社の利益の為だ」
「……」
「だから、もう辞めよう……“お嬢様”」
「……嫌です」
「……」
「そんなのお父様の都合です!」
「だが、君は……」
「わたしは確かにお父様の庇護を受けて暮らしています。だとしても、兄様は兄様です!」
それは感情論だ。
だが、そう言って切り捨てられないのは、自分の中でまだ個人的な感情を殺し切れてないからだろう。
「……兄様は兄様の責を果たして下さい。これはわたしの我儘ですから」
俯きながら、絞り出すような声だった。
「わかりましたよ、“聖”お嬢様」
違和感に気付いたのか聖は此方に向き直った。
「雇用関係にある以上、光治郎……様の命令以外では聖お嬢様に強制する事は出来ませんから」
「あ……」
「忠告はしました。後はご自由に、としか」
聖は寂しげに笑うと頷いた。
「……まぁ、でも、それは此処から脱出してからの話ですけど」




