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悪と善と妹(仮)  作者: 結城コウ
24/59

VSゴースト

「い、嫌ぁ!来ないで下さい!来ないで!」

聖は腰を床につけたままずるずると後退する。

悪霊はそれを追い詰めるように迫っていく。

「聖!」

叫んだ。しかし、声が聞こえていないのか聖は此方に気付かない。

悪霊は此方に気付いた。

長い黒髪の少女。

顔と呼べる場所には目も鼻もなく、口らしき切れ込みがニタリと笑うように歪んだ。

目はなくても此方を認識できるらしい。

此方を指差すと不意に脳裏に文字列が浮かんだ。

――つギはおマエだ――

――――――――――――床を蹴った。

必要な歩数は三歩。

必要な時間は一秒未満。

悪霊が聖に向けて掌を突き出す。

そんな事を許すものか。

二歩目で視界が消えるのが分かった。

これは瘴気(しょうき)だ。

あの悪霊の瘴気が(きり)のように(もや)のようにこの目と耳の機能を奪う。

だが、そんなものは無意味だ。

「……考えた通りだよ」

この距離――そっちの居場所ぐらい感知出来る。

予備のカートリッジを抜く。

『悪』の濃度は限りなく薄く。

それで十分、重みがあればいい。

「俺とお前なら異能バトルにしかならない!」

その重みを悪霊の横っ腹に叩き込んだ。

『!?!!!!!?!!!?!』

悪霊は予想外の衝撃を受け、廊下を跳ね転がった。

瘴気が晴れる。

視覚と聴覚が戻ると聖を背に悪霊に立ちふさがる構図となった。

「……え?そんな、まさか……」

「……」

「兄様、ですか?」

「……そうだ、って言っておく」

聖の表情は確認できない。

だが、これで目的のモノは全て此処にある。

悪霊にトドメを刺せば、それで終わるはずだ。

悪霊は打撃を受けた辺りを払いながら、ふわりと起き上がった。

『……』

悪霊に目はなくとも、此方に向き直ったのは感じ取れた。

さほどダメージはないように取れる。

――殺ス、殺シてヤル――

それならそれで構わない。

元より必殺の一撃で終わらせるつもりなのだから。

「……に、兄様?」

「聖、俺の後ろに隠れてろ……すぐに終わらせるから」

『!!』

悪霊の口だけの顔が憤りで歪んだ。

理由は明確。恐らく悪霊は今までこの空間において最強であり、暴虐の限りを尽くしてきた王だったのだろう。

だからこそ聖を襲った時、余裕に満ち、人間を単なる餌か玩具ぐらいにしか感じていなかったのだ。

その獲物でしかない人間が王である自分を見下したのだ。

その憤りは遊びでしかなかった意識を確実に今、殺意へと変換させた。

――殺殺殺殺殺殺殺殺スッ!死死死死死死ネねネねネネッ!――

語彙(ごい)(とぼ)しいな、ゴースト。そういうのはいいから……来いよ」

『――ッ!』

悪霊が此方に迫った。

再び、瘴気で視界が消えた。

そんな事は既に先刻の内に理解している。

此方の胸にまで迫った悪霊の両の手による掌底を左手で受け止めた。

『?!――ッッ』

左手から瘴気を更に濃くしたものが流れ込んでくる。

確かにこれを喰らい続ければ、死に至る。

だが――

「教えてやるよ、ゴースト。一度経験したであろう死を越える恐怖を」

――そんな事は関係ない。

右手が悪霊の腹部を貫いた。

『!!!!』

「消え失せろっ!」

『親殺しの呪い』が起動する。

後手に回ろうが大した問題ではない。

悪霊が此方を仕留めるより先に此方の呪いが悪霊を喰い尽くす。

――アアアあ、死ネ死……殺、こ、ころ、殺殺、ス、し、て、あ、う――

悪霊を呪いが分解していくのと並行して悪霊の生前が脳裏に映し出される。

悪霊の名は()屋根(やね)(れい)

比較的裕福な家庭に生まれたどちらかと言えばお嬢様寄りの少女だった。

「その怨念は頂いてやる。安心して暗黒に還れ、ゴースト!」

人と違うというのはそれだけで人から拒絶される理由と成り得る。

比屋根玲はその家庭環境の違いから、同級生達に拒絶され、やがてそこに苛めが生まれた。

ただそれだけの事が原因といえば原因、理由といえば理由だった。

――なンで、また……まタ……ッ!――

比屋根玲は苛めと戦った。

失策があるとすれば、一人で解決しようとした事。

そして、策らしき策はなく、ただ話し合いで解決しようとした事だった。

「……報いだよ」

それで苛めはなくなる事はなかった。

むしろ、より陰湿になっていくだけだった。

だから……

――あなタまで、わタ死を、、、、、、、、い、ジめるノ……?――

やがて比屋根玲に、限界が来るのは不自然な事ではない。

比屋根玲は命を絶った。

あの校舎の屋上から飛び降りたのだ……自分を苛めた者達への恨みを抱いて。

「報いだと言っている!」

だが、この出来事は誰も知る事はなかった。

新聞やニュースで取り上げられる事もなかっただろう。

比屋根玲は死と同時に怨念を『悪』に魅入られ、悪霊となった。

――みんなガ……みンな……みんながわたしを……――

それと同時に彼女は力を手に入れる。

この自分の世界と、世界に取り込んだ人間を世の中から抹消する力を。

「お前の復讐は成っただろう!」

かつて、比屋根玲を苛めていた人間は一人残らず彼女が世界に取り込み、殺した。

だから、これ以上比屋根玲の好きにさせる理由などない。

もうすぐ、悪霊の中心に届く。

そこを分解させればこの悪夢は終わる。

「兄様!」

聖の声で我に返った。

瘴気は晴れ、辺りを見渡せる。

だが、様子がおかしい。

「!?」

足場は希薄で薄氷の上に立っているようだった。

いや、足場だけでなく、壁や窓に天井……自身がいるフィールドがピースの欠けたパズルが崩れていくように(むしば)まれていく――――

「これは……くそっ」

状況を理解し、悪霊――比屋根玲を『親殺しの呪い』から解放する。

そのまま床に転がった比屋根玲は口だけだった顔が砕け、かつての比屋根少女の顔に戻っていた。

――う……な、なニを……」

今まで言語を言葉として発しなかった比屋根玲は初めてその声を取り戻す。

恐らくは『親殺し』に分解されていく過程で余分なものが削ぎ落され、かつての自分の形へと還っていったのだろう。

「動くな」

浮き上がろうとする比屋根玲に銃口を向ける。

「…………あはっ」

比屋根玲が噴き出した。

「っ」

小さく舌を打つ、事態を飲み込まれた。

そうなると(いささ)(まず)い。

「いいよ、おにーさん。撃ちたければ撃てば?」

「……お前」

「それ、さっきのやつと一緒でしょ?せいぜい、わたしを飛ばすくらいで終わりだよね?」

「……」

「じゃなきゃ、撃てない。仮にそれでわたしを消せるなら、おにーさんだって消えちゃうもんね?」

全部お見通しか、と心の中で呟いた。

今いるこの世界は異世界というよりは比屋根玲の世界だ。

比屋根玲によって存在しているのだ。

だとすれば、比屋根玲を消せば、この世界も消える。

それが蝕まれていった校舎の真実だ。

校舎が消えれば、そこにいる自分達も消えるのは目に見えている。

恐らくは転送装置を試す暇もなく虚無(きょむ)に取り込まれるだろう。

試してみなければわからない側面もあるが、高確率でそうなるだろう。

そんな分の悪い、賭けにも適さない事を誰が試すのか。

「なら交換条件だ」

「……へぇ?」

比屋根玲の表情は嘲笑じみている。

「俺達を此処から元の世界に戻せ、そうすればお前を消しはしない」

「それがこーかん条件になるの?どちらにしろ、おにーさんはわたしを消せないでしょ?」

「条件を飲まなければ消すという事だ」

「それって脅し?あはは、おもしろーい」

比屋根玲は余裕綽々(しゃくしゃく)といった感じで浮かびあがった。

「なら、聞くけど、おにーさんにその覚悟があって言ってるの?」

「でなければ、こんな条件出すか」

「その覚悟がその子を道づれにするとしても?」

比屋根玲は聖を指差す。

一瞬、表情が崩れかかるのを比屋根玲は見逃さなかった。

「あはは、やっぱりうそじゃーん」

「……それはどうかな?」

「強がったってむだだよ。おにーさんは、うそつきの顔だ」

「違うな、最悪そうなるという懸念(けねん)からだ」

「なにそれ?」

「考えてみろ。交換条件が受け入れなかったとして、無抵抗に殺されると思ってるのか?」

「……その銃で悪あがきぐらいはするかもね」

「そうだな、だが、いよいよ追い詰められた時、それで終わるか?」

「……」

「大人しく死ぬくらいなら、道連れにしてやるよ、ゴースト」

「……」

「それにその方法に可能性がない訳じゃない、分が悪くとも最後の方法を試してやる」

「……ふーん」

そう言って比屋根玲は少しずつ距離をとる。

「どこに行く?」

「そんな事言われて、近づくわけないでしょ」

「交換条件はどうなる」

「ふん、だったら、そっちに近づかなきゃいいだけじゃない」

「……交渉決裂か」

「勝手にしね!ばーか!」

比屋根玲は子供の霊らしい捨て台詞を吐くと、上昇し天井をすり抜けていった。

「逃げたか」

撃つべきか躊躇ったまま、結局引き金は引かなかった。

正しい判断かはわからないが、それならそれで態勢を立て直す必要があると思った。

「兄さ……」

振り返り、聖を見ると此方に両手を伸ばしていた。

それを受け入れるように聖を抱きしめた。

「大丈夫だったか、聖」

「兄様、にい……わ、わたし……」

此方の胸にうずめる聖の顔に湿り気が生じるのを感じた。

「ああ、落ち着くまでこのままでいよう」

聖の腕はより一層強く、この身を締め付けた。


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