聖との関係性
家が焼失した事で、新しい住居で暮らす筈だったのだが、重要な設備の配置に時間がかかるらしく、一週間程若月家で世話になっていた。
若月家は一言で言うならば豪邸だ。
使用人が何人もいて、身の回りの世話もしてくれるものだから、母と暮らしていた時より快適ではあった。
しかし、光治郎氏以外の若月家の人間は自分が『悪』の人間だという事を知らない為、活動らしい活動が出来ない以上、新しい住居の準備が出来次第、若月家を出る事になっていた。
「兄様、本当に行ってしまうのですか?」
その支度をしていた時に聖が入ってきた。
ノックぐらいはして欲しいと思ったが、今は居候の身の為、控えた。
「おじょ……」
「それはやめて下さい!」
はは、と苦笑いをして頭を掻いた。
光治郎氏の手前そういう訳にはいかないのだが、顔を合わせる度に同じやり取りをする。
「……ああ、出ていくよ、元々そういう約束だし」
「どうして……兄様は寂しくないんですか?」
「君と離れて、かい?」
聖は意味がわからなかったのか一瞬呆けていたが、すぐに顔を真っ赤にした。
「そ、そういう意味ではなくて、その……お母様を亡くされて……」
聖は言いづらそうに此方の様子を上目遣いで伺っているようだった。
「……別に一人という訳でもないらしい」
「え?」
「光治郎さん、どうやら俺に家事アンドロイドをつけてくれるそうだ」
「そ、そうですか……お父様が……そう……」
聖の様子を見ているとどこか微笑ましくなってきて、思わず頭を撫でてしまった。
「に、兄様?」
「そうか、そうか、寂しいのは聖のほうだったか」
「ふぁえっ!?」
どうやら図星だったらしく、また顔が真っ赤になった。
「まぁ、どの道、護衛があるんだからほぼ毎日会えるさ」
「う……あ、はい……」
それでも聖はどこか寂しそうなままだった。
聖は此方への呼称の通り、本当の兄のように此方を思っている節がある。
「さて、じゃあそろそろ行くよ」
話している間に荷物をまとめ終わっていた。
「……兄様」
「なんだ?」
「わたしが……行かないで下さいって言ったら、どうします?」
「さぁ、どうだろう?」
言われたところで行かない訳にはいかないのだが、わざわざそんな事を伝える必要はないだろう。
「言えば答えを出してくれますか?」
聖は俯きがちにそう言った。
「多分、な」
「行か――」
「でも」
聖の言葉を遮った。聖は驚いたように此方を見上げた。
「それがどういう意味を成すのか、君には分かっているのか?」
「それ、は……」
「加えてもう一つ聞くが、君は俺をどう思っていてそんな事を言える?」
言葉の意味がわからなかったのか、聖は困惑しているようだった。
「わからないのならいいさ、ただ、わからないのなら言うべきではないよ」
「……」
再び俯く聖を尻目に扉の手を掛けた。
「別に責めてる訳じゃない。これは俺の方の問題だから」
それ以上は何も言わずに部屋を出た。
聖に限らず、よく年下の子に好かれる方だった。
ただ、その好かれ方は全て聖のように兄のように思われるものだった。
男の場合はそれでもよかったのだが、女の場合はそうはいかない。
よくある勘違いというやつだ。
自分の事を好いていると思っていたら、惚れているのは別の男なんて事はザラにあった。
それで失敗した事はないが、ショックを受ける事はよくあった。
だが、それは過去の話だ……聖を除けば。
聖は此方に恋愛感情など抱いていない。
それはある種では当然だろう。
正常な環境で育っていれば、兄弟間で恋愛感情が生まれる事はそうそうない。
しかし、聖と此方の正しい関係性は幼馴染。
そこに血の繋がりがない以上、妹が兄に甘えるような要求にも限度がある。
仮に血の繋がりや養子縁組などで義理でも兄妹であるなら、先程の聖の要望も受け入れるかどうかはともかく、要望としては有りだろう。
だが、そこにそういった関係性がない場合、その要望は単なる我儘にすぎない。
当然、関係性があったとしても我儘には変わりないが、関係性がない以上、理由はそれこそ恋愛感情だとかそういったものでなければ納得はできなかった。




