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主義

「ご老人、貴方は何か好きな食べ物はあるかな?」

「好きな食べ物か。ん~……リムのマローニだな。あの肉汁がジュワって出てくんのがたまらなくうめぇんだよ」

 肉汁、という事は肉料理か。それもジュワっと出てくるということはそれなりの厚さがある肉料理。

 となるとステーキの類か。

「なるほど、確かにあれは美味だ。私も愛食している。やはり完全に火を通すのではなく、ほんのりと生身が残る程度が好ましい」

「お、嬢ちゃん分かってるじゃねぇか」

「ではご老人、嫌いな食べ物はあるかな?」

「嫌い食べ物……ってぇとあれだな。ザッケロのナディアだな。ありゃ生臭くていけねぇ」

 生臭い、となると魚料理だろうか。生は意外にもそれほど生臭くはない。中途半端に火を通した物が最も生臭い。

「確かにザッケロは火を通すに限る。それでなくとも生臭さを消すべきだ」

「おお、話が合うじゃねぇか!」

 どうやら私の予想は合っていたらしい。だが問題はここからだ

「例えばご老人、貴方の前に数々の料理が並べられ、どれか一つ食べてもよいと言われたとしよう。その中にリムのマローニがあったら貴方はどうする?」

「そりゃあリムのマローニを食うよ。当然だ」

「ならばザッケロのナディアがあったら?」

「それだけは手をつけねぇよ」

「では――」

 一拍置いて息を吸い込む。このご老人は私の次の言葉が待ち遠しいようだ。

「――その出された料理が、全てザッケロのナディアだったら、貴方ならどうする?」

「どうするって、そりゃあ……」

「きっと貴方は食べることを拒否するだろう」

 先程まで疎らだった人々の視線が私一人に集中している。どうやら世界、種族が違えど思考回路は同じようだ。

「選挙へ行かないということは即ちそういう事なのだ。選挙へ行かない若者が無能なのではない。選挙へ行かせられない候補者が無能なのだ!」

 一切の言動無く有るのは静寂のみ。反論の一つでもありそうなものだが……。

「……確かに嬢ちゃんの言うことは一理ある。けどそれだったら白票を入れるべきだ。自分の嫌いな飯を出されたらそりゃ嫌いだから食わねぇって意思表示すべきじゃねぇのか?」

 なるほど、至極真っ当な意見だ。どうやらボケた老人ではないらしい。

「確かにその通りだ。では聞くが、白票を入れることにより何か変わるのか?」

「変わるって――」

「確かに無関心は良くない。しかし出されたメニューが嫌いだと言った所で、シェフは別の料理を用意してくれるのか? 候補者はマニフェストを変えるのか? 政治家は別の政策を提示するのか!? 答えは否、何もしない! そういう政治家は得てして自分たちが変わるのではなく、国民に変われと宣うのだ! 若者が選挙に対する興味を失っていると嘆き、自分たちは悪くないと責任転嫁をする! 故に若者は選挙に行かなくなる。白票を入れれば入れるほど無意味だと痛感するからだ!!」

 おっといかん、つい熱が入りすぎてしまった。まだ暫くは大人しくしておくつもりだったが。

「邪魔してしまったな。仕事を続けてくれ」

「いや、もうそういう雰囲気でもないし……」

「それもそうだな、すまない」

「いやヴォルフさんが謝ることじゃないよ。食事にしよう。助けてくれたお礼にご馳走するよ」

「それはありがたいが、これではいつまでも恩を返せないな」

 テーブル席にあるのは紙に書かれた暗号なようなもののみ。これは恐らくメニュー表だろう。

 言語の発音並びに意味は同じようだが、文字は違うようだ。これからのことを考えると覚えなければならないが、これは中々に骨が折れるな。

「お好きなものをどうぞ」

 メニュー表の構成は似ている。ならば左側がメインディッシュ、右上がサイドメニューといったところだろう。しかしまだ情報が足りない。

「……先程は君を庇うためああ言ったが、君も政治に興味を持ったほうがいい」

「そう……だよね」

 レイモンドは目を一瞬伏せたが、即座に私の目を見直した。ということは続けてくれ、ということだろう。

「興味を持つ者と持たぬ者では見え方が違ってくる。興味がなければ物事の表面上しか見れないが、興味があればより深い所まで知ろうとする。特に君は記者だ。興味の有無がより顕著に現れるだろう」

「……今からでも間に合うかな?」

「間に合うとも。何事も遅いということはない。それに君はまだ若い。今から始めれば十分に他の者を越せるだろう」

「はは、これじゃどっちが年上かわからないな」

 そうか、すっかり忘れていたが今の私は十八歳ほどの女の姿をしていたのだったな。

「じゃあ博識なヴォルフさんに質問、まず何から始めればいい?」

「知識をつけることだ。知識が付けば自ずと政治家が何を考えているか、その政策に何の意図があるのかがよく分かる。相手が何を考えているか分かるようになれば自然と興味を持ち、更なる知識を付け始める」

「ほんとに……君は一体何者だい?」

「ただの箱入り娘だ。世間知らずのな」

 さて、いいかげん何を食べるか決めねばな。しかしサラダの概念は同じでも量が同じとは限らないからな。私は少食だから下手に量の多いものを頼めない。

「もう一つ質問いいかな?」

「なんだ?」

「さっきのあの弁舌。あれはアドリブかい?」

「……君は料理をするかね?」 

「するよ。たまにだけどね」

 待ってましたと言わんばかりの表情。先程の事も思い出し、私の口からどんな理屈が飛び出すか期待しているようだ。

「料理をする時、君はまず何を作るかを決める。そして次に調理道具を揃える。必要ならばレシピも用意するはずだ。そして料理を盛り付ける皿も手の届く位置に置いておくだろう」

「ああ、その通りだ」

「それと同じだ。まず主となる議題を決める。先程の会話であれば選挙への認識の違いだな。そしてそこへ誘導する為の会話、そこから派生するであろう会話。これらの台詞を想定し、予め返答を用意しているだけだ」

「予め?」

「その通り。例えばメニューのこれだ」

 サラダにあたるメニューの一つを差した指にレイモンドは注視し、改めて私を見た。このメニューに何の意味があるのか、と。

「これを見て君は何を連想する?」

「ジオのミンドか。そうだな……ジオの実、アッジョの葉、少量、甘酸っぱい。こんなところかな」

「君が連想したそれらのワードに会話を結びつけることが出来れば、会話をジオのミンドに誘導することが出来るということだ。そして派生するであろう会話もその連想したワードに関連するものになる」

「なるほど、言葉一つでも連想するものといえば多数存在する。そのワードを想定しておけば予め会話の内容を予測することも出来るということだね?」

「その通りだ。そして後は例え話や相手の反応を見て、興味を私の会話に向ければ、相手は聞き流すことはしない」

 軽く説明しただけだが、飲み込みが早い。若いというのはいいな。発想が柔軟だ。

「最後に一つ、気づかないかね?」

「気付く? 何に?」

「君からの不意の質問、何故私はこうも例え話を交えつつ、君に分かるように説明ができると思う?」

「……まさか……この会話も?」

 小さく頷くとレイモンドの頬に冷や汗が伝う。尊敬九割、恐怖一割といった所か。

「さて私はこのジオのミンドにしよう」

「え? リムのマローニじゃないの? さっき好物だって」

「私は菜食主義だ」

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