洗脳
ついに今日で全てか決まる。最期の演説なため、舞台は大きく、集った国民も大人気のオペラを見に来た客のごとく、今か今かとその時を心待ちにしている。
にもかかわらず──
「──どうした? ジェンキンス・ブロッサム。顔色が悪いぞ?」
「いえ、何も……」
ただでさえ暗い舞台裏。曇ったジェンキンスの顔は最早生気を失っているに等しく見える。
「何も、という顔ではないだろう?」
ジェンキンスの方に手を乗せても微動だにしない。
「一体どうした?」
俯きがちな顔を覗き込むと、ジェンキンスはゆっくりと顔を上げた。
そして──
「──人が死ぬのは初めてか?」
私の言葉でジェンキンスの目に生気がやどり、見る見る怒りが顕になっていく。
「……あなたはッ!」
「どうした、いきなり怒り出して。まるで信頼していた部下が殺されたような口調だな」
「人の命を何だと思って!!」
青いな。この意味がまだわからないとは。
「ジェンキンス・ブロッサム」
正対し、私が近づくと、ジェンキンスは僅かに後ずさりをした。
折れそうな心をどうにか怒りで支えている様子。
「一つ言っておく」
だが、これで──
「──私の親衛隊は人を殺せるぞ。”君の”とは違ってな」
ついにジェンキンスは腰が砕けたように地面にへたり込んだ。
「ほら、どうした? 座っている場合ではない。君の演説の時間だ」
力なくフラフラと部隊への階段を登っていくジェンキンス。最早初めて会った頃のカリスマ性は見る影もない。
やっとの思い出台頭した彼に投げかけられたのは、応援の声ではなく、罵倒と、様々なゴミだった。
「あれでは三分とも保つまい。これで──」
カチャン、と背後から金属音が小さく響く。この音は聞き覚えがある。こちらの世界へ来てすぐに私の命を救った銃の音。
「──君は、何をしているのかわかっているのか?」
「……君こそ何をしようとしているのか自覚があるのか!」
振り返るとそこには、怒っているのか、哀しんでいるのか、恐怖しているのか。様々な感情が渦巻きながら、激しく揺れる銃口を私に向けるレイモンドの姿があった。
「何を、というのは?」
「とぼけるな! 分かっているはずだ! これから人族がどうなっていくのか……!」
やはり辿り着いたか、その答えに。だがそれでもレイモンドはまだ、完全には気付いていない。
「君は言っていた。一度に大きい要求をするよりも、幾度も小さい要求を繰り返したほうが利益が大きいと。君がやっている事は正しくそれだ。それも国民を相手に……!」
その発言を覚えているとはな。いささか喋りすぎたか。まぁ些細とすらいかない程度の問題だがな。
「人族を政治から追い出し、社会から追い出し、行き着く先は──迫害だ!!」
「そこまで分かっておきながら何故私を撃たない? 理解しているからだ、私の行動理由を」
「黙れ!!」
銃口の揺れが激しさを増す。最早自分の感情が分からなくなってきたのだろう。
「あんたは、あんたは間違ってるッ……!」
「確かに私は間違っている。だが世間はもっと間違っている!!!! 故に君たちは私を選んだ!! この世界を”少しだけ”良くする為には私が必要不可欠と分かっているからだ!!」
銃の引き金にかかった指は、今にも弾丸を放ってしまいそうなほど力が入っている。
しかしレイモンドは歯を食いしばってばかりで、いよいよ口を開くこともしなくなった。
「撃ちたければ撃てばいい。これが私を殺せる最期のチャンスだ」
無防備な背中を見せ、階段を登ろうとするも、レイモンドはその場を動こうともしなかった。
「……君だって人族だろう?」
「エルフ族だ。”純血”のな」
撃てまい。撃てるわけがない。
私がこの世界で事を成し遂げるには協力者が必要だった。
だがその協力者には深い情報を与える必要がある。そうなれば私の目的に辿り着くのは目に見えている。
だからこそ私は君を常にそばに置き、同じ行動を取り、強い仲間意識を持たせた。
時にはボディタッチをし、秘密を共有し、笑顔を見せ、恋愛感情を植え付けた。
だからこそ君は撃てない。
君こそが、複雑な手順を使い、最も深く、最も時間をかけ洗脳した人物なのだから。
これでこの国は私の物だ。
「「「「Heil!!!!」」」」
次回作は織田さんが転生します(https://ncode.syosetu.com/n2256gl/)




