肥えた豚
「つまりどういう事だい?」
「この裁判は私が英雄視されるために仕組んだものということだ。英雄は絶望的な状況を覆すからこそ英雄になり得る。誰がどう見ても敗訴という状況を覆すからこそ意味があったのだ。事実昨日の裁判を傍聴しに来ていた殆どの記者は私に肯定的な意見を書き連ねていた。私に否定的だった記者でさえもだ」
ようやく合点が行ったようでレイモンドの興奮が冷めていくのが分かる。
「でもせめて保険をかけておくべきだったんじゃない? 一歩間違えれば死刑だよ?」
「そうかな? 私は裁判になった時点で勝利を確信したよ」
「どこをどう見ればそう言いきれるんだい?」
「思い出してみるがいい。沈黙が支配する空間に、声の響く室内という状況。更にその場にいる人々は例外なく私の話を聞きにきたのだ。これ以上にない演説の舞台だと思わないか?」
演説さえできれば、人の心を誘導することなど容易い。それこそ犬猫の如く懐かせることなど幾度も行ってきた。
「……わかった。今回は作戦のうちだったってことで納得するよ」
「そうか、それは良かった」
さて、後の問題は金か。そろそろ動き出しても問題はないと思うが。
「そうだな。自伝でも書くか」
「自伝? なんで?」
「今の私ならば確実に売れるからな。資金源の確保、ついでに今回の騒動に関して反省の弁を入れる事により、私は失敗を省みることのできる人間だということをアピールする。どうせ謹慎中は暇だしな」
「わかった。じゃあ僕はその本の宣伝をすればいいかな?」
「それもやってもらいたいが、暫くの後、君には記者としてのパイプを使い、流してもらいたい情報がある」
「情報?」
「そろそろ肥えた豚も食べごろだ」
「ど、どういう事だこれは!?」
暗い部屋で頭を抱えながら新聞の一面を見ているのは共労党党首、ラミド・メーテッドだった。
「何故、何故だ! バレるようなヘマはしていないはずだ!」
新聞に書かれている内容。それはラミ度が政治資金を着服しているという内容と、その証拠の数々。
官邸前には早朝から記者が押しかけ、逃げることも弁明することもできず、ただ分厚いカーテンを締め切り、時間が立つのをひたすらに待つことしかできずにいた。
そんな中、靴の音が近づいてくる。そしてドアが開かれた先にあったのは、謹慎が明けたヒトラーの姿だった。
「おお! ヒトラー殿! よかった、この状況をどうにかしてくれ!」
膝をつき、ヒトラーに縋り付きながら懇願するラミド。
だがそんな惨めな姿を目の当たりにしても、ヒトラーは黙ってラミドを見下ろすだけだった。
「ど、どうした!? 君ならば何とかできるだろう? 得意の演説でも何でもいい。助けてくれ!」
「……残念ですが、こうなってしまっては私にもどうする事もできません。政治家を引退し、ご隠居されることをおすすめします」
ヒトラーの言葉に一瞬縋り付くラミドの手の力が抜けるものの、すぐに力が満たされる。
「ですが、ご安心を──」
ラミドの頭は疲労とストレスでほぼ回っていないと言える。
「あなたの共労党は私が責任を持って引き継ぎます」
それは、論理的な考えというよりは、直感。
「──お前か?」
ラミドの問にヒトラーは言葉を発する事もなく、ただ笑みを浮かべることで応えた。
「お前は……! お前がぁぁぁあああ!!!!」
ヒトラーに襲いかかろうとするラミドを、影に隠れていた親衛隊が素早く取り押さえる。激しく床に叩きつけられるラミドは苦悶の表情を浮かべるものの、目はヒトラーから外すことなく睨みつけていた。
「あなたがどう動くかなど大衆の動きを読むよりも容易い。諦めろ、無駄な怪我を増やしたくないのならな」
そして、同あがいても引っくり変えることのない状況であることを悟り、ラミドはただ悲痛な叫びを上げるしかなかった。




