転生
重苦しい雰囲気に包まれた裁判所。周囲には仰々しく武装した師団。
「──被告人」
静まり返る中、裁判長が口を開く。検事も弁護士さえも、口を開こうとはしない。なぜならば最早判決を覆すのはほぼ不可能と言えるからだ。
「貴殿の犯した罪、国家反逆罪について何か弁明はありますか?」
もし有罪になれば、情状酌量の余地なく、死刑が決定する。
そんな絶望的な中、ただ罪を裁かれているはずの少女だけが、──笑っていた。
「……どこだ、ここは?」
鬱蒼とした樹海。辺りに人影はなく、唯一人軍服を着た少女が仰向けに倒れていた。
混乱する頭の中を辛うじて整理しつつ、手足の感覚を確認する。
荒れた肌は繊細な柔肌になり、あったはずの手の震えは収まっている。
「……私は死んだはずでは?」
生前、と言えば語弊がある。妥当な言葉はないが、あえて言葉にするのならば生前、彼女は態々確実に死ぬ方法を医者に尋ね、実行した。
そう、彼女は確実に死んだはずだった。
「どういうことだ? どこか敵国の仕業か? だが何故私を殺さない?」
上体を起こし周囲を確認する。木漏れ日が視界に入る為昼間だということは分かるが、まるで夜中だと錯覚するほどに少女のいる場所は深い木々に覆われていた。
「兎に角人のいる所に――」
両足に力を入れ、木の葉を払いながら立ち上がった時だ。とあるものが少女の視界に入った。
胸部が不自然に腫れている。痛みはなく、触ってみると感覚が伝わる。
事態を察し顔を青白く染めた少女は、最後の頼みの綱として、恐る恐る陰部に手を伸ばした。
そして確信した。
無いのだ、そこにあるはずのものが。
「――なぁンだこれはぁぁぁああああああ!!!!」
目が覚める前、自殺を画策した時までは確かに男性だった。男性のはずだった。
「これはどういうことだ? 女性ホルモンを大量に投与されたか? しかし身体的変化意外に何も影響はない。女性適合手術にしても手術痕が見当たらない。そもそもそんな手間をかけてまで私を野放しにし、生かしておくメリットがない」
顎に手を当てて思考を巡らす少女の背後から生物が忍び寄る。反射的に背後を見やると影の中に浮かぶ眼光が複数。
「……狼か」
少女は目を合わせず狼の手足のみを注視した。狼に対し目を合わせる行為は威嚇行動になるということを知っていたからだ。そして腰を低くしつつゆっくりと後ろに下がり距離をとった。
狼も低い唸り声を発して入るものの、襲いかかる気配はなし。
少女が離れ、狼が近づき、両者の距離は付かず離れずの一定距離を保っていた――
「――なッ!?」
一瞬少女の体が浮遊感に包まれる。後ろに下がるため出した足が木の根に引っかかり、仰向けに倒れたと察したのは、地面が少女の頭部に衝撃を与える寸前だった。
「――がッ」
側頭部に衝撃とともに痛みがはする。瞬間思考が真っ白になるものの、直ぐ様回復。そして次に少女の脳内を支配したのは逃げなければいけないという思考だった。
幸いにも理屈は分からないが身体は若返っており、筋力もそれなりにあるため走る足は軽い。しかし背後からは組織的に包囲する狼の気配。ましてや獣と人間。そして場所は足元の悪い樹海。どちらが有利かは明白。
藁にもすがる思いで懐を探るも拳銃のたぐいはなし。次第に重くなった足はついに岩石へ引っかかり、少女は転げるように地面へ突っ伏した。
「――クソッ、これまでか」
諦めかけたその刹那、前方から銃声が一発鳴り響く。
その音が警告音であることを察知した狼は直ぐ様撤退。そしてあからさまな人間の発する足音が少女へ駆け寄ってくる。
「おい、大丈夫か!?」
「……あぁ、お陰で助かった。礼を言う」
助けを借り身体を起こすと、そこには蒼い瞳に金色の髪色をした好青年が立っていた。
「しかしこんな所に一人で何してたんだい?」
「……ん? 何か言ったか?」
「いや、こんな所で何してたんだって」
「あぁ、私もそれが知りた……ぃ……」
青年は少女の返答に怪訝そうな顔を浮かべるも、少女の視界にはそれが入らなかった。というよりは入ってはいるものの、それ以上に気になることがあった。
その青年、少女の知っている人間とは少しかけ離れているのだ。
厳密に言えば耳が細長く、先が尖っている。
「失礼だが、少し身体に触れてもいいかな?」
「え? 別に構わないけど」
了承を得て少女は青年の耳へと手を伸ばした。その感触は至って普通の皮膚であり、継ぎ目のようなものもなく、作り物どころか寧ろ若干汗で湿っている。
「耳がどうかしたかい?」
「あ、いや……」
少女が返答に困っていると何かに気がついた青年が少女の伸ばしていた手を取った。
「手を擦り切ってるね。ちょっと待って」
青年がそう言った瞬間、少女は目を見開いて驚いた。
青年の掌から淡い光が発せられ、その光が擦り傷に接するやいなや見る見る傷が塞がったのだ。
「……なんだこれは?」
「軽い治癒魔法は使えるんだ。魔導師団の足元にも及ばないけどね」
「治癒魔法……、魔導師団……。すまない、今日の日付を教えていただけないだろうか?」
「えっと……今日は改新暦で九一年四月四五日だけど?」




