支持率
「途中経過もこの広場で発表されるのか?」
「号外で調査結果が発表されるんだけど、聞き込みでの調査だからばらつきが出るんだ。ただこの広場にいれば報道機関各社の新聞が手に入るからね」
複数の新聞記事を比較し、情報の精度を高めるということか。手間がかかるが、確実な方法だ。
「よぉ姉ちゃん、元気か?」
「これは何時ぞやの青年」
私に話しかけてきたのは前に路地裏で説得をしたやる気のない目が印象的な青年。右手には以前と同様、煙草が携えられていた。
「どうだ? あれから」
「その答えを知る為にここに来ているのだ」
「ちげぇねぇ」
各社の関係者がテント内で慌ただしく動き始める。どうやら新聞が順次到着し始めたらしい。
「そちらはどうだ? 私の事を宣伝してくれたか?」
「宣伝ってほどじゃねぇよ。軽く話した程度だ。何人かは街であんたの演説を見かけたらしくてな。あんたに投票するっつってたよ」
「ならばそれは既に立派な宣伝だ。感謝する」
さて、そろそろ最適な位置に移動するか。人の多さからして入手困難という程でもないが、早急に入手出来た方がいい。
「レイモンド、お前は右回りだ。私は左回りで各社の新聞を調達する」
「了解!」
「おい姉ちゃん、頑張れよ!」
振り返って返事をしている暇はない。背を向けながら右手をあげて言葉が届いた合図を送れば十分だろう。
報道機関は二十四社。効率的に動かねばな。
テント前に設置してある看板が各社一斉に外され、ここに集まった人々が目当てのテントに歩み出した。恐らくあの看板は準備中という意味なのだろう。
「新聞を一つくれ」
「はいどう、ぞ!?」
「どうした?」
「どうしたって、あなたヒトラーさんですよね!?」
「そうだが? 私が新聞を読むのは可笑しいか?」
「いやいや、それよりも後で取材させてくれませんか?」
「今は忙しい。取材の話は共労党を通してくれ。ただこの言葉にどれほど意味があるかはわからないが、前向きに検討させてもらう」
時間が無いというのに各社から同じような問に、更には有権者が声をかけてくる。
支持してくれている以上無下にもできまい。有名というのはありがたい一方で活動がしづらいのがいけないな。
結局レイモンドと合流した地点は私が四分の一程進んだ所だった。
「ヒトラーさん、やったよ! これ、これ見て!」
押し付けられるように差し出された新聞に、大きな私の写真。
見出しは『突如現れた英雄、アドルフ・ヒトラー』か。気分は悪くないな。
「君が書いたのか?」
「そう、写真も僕のさ! しかもこのままヒトラーさんの取材を続ければ、二次選挙の時の号外の一面は僕に任せるって!」
「そうか、それは何よりだ」
手が若干震えているな。それ程までに興奮しているということか。
ならばこの興奮が醒めぬうちに行動に移した方がいいな。
「早くホテルに帰るぞ。こんな喧騒に包まれては情報の分析どころではない」
「ジェンキンス・ブロッサムが三十八%。サドラ・マシェリが二十四%。そしてヒトラーさんが二十%。白票が十八%。このまま行けば二次選挙迄には支持率二位に行けるね」
「いや、無理だな」
私の悲観的な言葉が意外だったのか、レイモンドは口を閉じるのも忘れて驚いていた。
無理もないか。人は目の前の幸福に酔いしれたいものだ。
「どうして? 見たところ白票は減ってヒトラーさんが劇的に伸びてる」
「逆に聞くが、君が支持率二位の位置にいたとして、後ろから猛追してくる相手を黙って見ているのか? 奴らは間違いなく何かしらの手を打ってくる」
人は一度手にした権力を手放さない。その地位が脅かされるのであれば、ありとあらゆる手段を使って脅威を排除する筈だ。
そして考えうる最も可能性の高い手段。恐らくは情報の流布。
その情報が真実かどうかは関係がない。声高に叫び続ければ、人々の不信を仰げる。
そしてそれを防ぐには――
「ラミドの所へ行くぞ。急げ」
「え!? 今から!?」
「そう、今、この瞬間、この会話する間ですらが惜しい」
ラミドから移動手段を貰っておいて良かった。情報戦はスピードが命。
民衆の意思疎通が直接的な会話しかないなら尚の事。
軽動車が完全に止まりきるのを待ちもせず飛ぶように降り、その後も早足で歩を進める。
後ろからレイモンドが何か言っているが、耳を傾けている暇はない。
「入るぞ」
ドアにノックを二回叩き込み、ドアを開けると、以前と変わらない肥満体が私を凝視していた。
「い、如何されました?」
「──頼みたい事がある」




