固定票
「おかえり。どうだった? 手応えの方は」
「上々だ」
笑顔にするという言葉でいとも簡単に人は信用をしてくれる。
人間の心理ほど複雑さと簡素さを併せ持つ生物もなかなかいまい。
「でもこんな事してて大丈夫なの? 支持率三位とはいえ二位との差も結構あるよ?」
「これこそ大切なのだ。演説とは謂わば催眠術のようなもの。あの一回で熱狂的になる者も居れば、何度説こうとも興味を示さない者もいる」
「なるほど。比較的熱狂しやすい人は昨日の演説で支持してくれてるから、残る無関心な人達を説得した方が得策って事か」
「他にも効果があるが分かるか?」
レイモンドは無言で顎に手を当てて物思いに耽った。あれこれと考えてはいたが、次第に両手を上げ、降参の意思を示した。
「あの男は政治に無関心だった。そんな人物が突如として誰々を支持すると言い出したら、君はどう思う?」
「……! その支持する人に興味を持つ!」
「そう、あの男に知り合いが十人いるとしよう。あの男から私の名前が出れば全員が少なからず私に興味を持つ。そして偶然私が演説をしてる所を見れば、興味本位から聴衆に交じる」
「そうすればあの演説で引き込む事が可能になる……!」
人間は同類同士で集まる。あの男の周りには選挙に興味の無い者達が少なからず居るはずだ。そしてその者達を説得出来れば、更に興味の輪が広がる。
結果一人の説得から、百人、千人をも引き込む事も可能となる。
「凄い、凄いよヒトラーさん ここまで人の行動を読める人は初めてだ!」
レイモンドは熱心にメモを取っている。私の言葉を一字一句漏らさないように、忘れないように。
「どうだ? いい記事は書けそうか?」
「ああ! 書けるよ! 過去最高の記事が!」
この国の選挙では二次選挙までの間に一度、大々的に行われる世論調査から支持率が発表されるらしい。
それも今日太陽が城の真上に位置した時。
「支持率首位はジェンキンス・ブロッサム。三位は私。前々から気にはなっていたのだが、二位はどんなやつだ?」
「え、今頃!?」
「気にはなっていたが、所詮二位だからな。白票の多さからさほど大敵にはならないと判断していた」
「なんだ、本当にただの興味本位なんだね」
知らないよりは知っておいた方が良かったが、如何せん他に優先すべきことが数多にあったからな。ついつい後回しにしてしまった。
「二位の人はカルト教団のトップだよ。十数年前から着実に信者を増やして今支持率二位の位置にいる」
考え次第では厄介だな。
宗教ということは票が固定されている様なもの。それが少数ならばまだいい。しかし支持率が二位になる程であれば無視はできない、か。
「次の投票は一月後という話だが、また演説をすればいいのか?」
「いや、次は討論会だ」
「討論会? 何についてだ?」
「何でも。討論と言えば聞こえはいいけど、要は主義主張の揚げ足の取り合い」
「となれば予め想定される質問に対する返答を用意しておかねばな」
しかしこれは厄介な事になったな。あのジェンキンスという男、見たところかなり頭が回る。
初めてあった時狼狽えていたが、あれは不意を突かれたという事が大きい。討論会のように予め準備期間があれば返答に困ることは無いだろう。
「今回は討論会だけか?」
「そうだよ。そして三次選挙は勝ち残った二人が討論と演説を行う事になる」
討論では手強い上に支持率トップのジェンキンスに、一定の票が確約されているカルト教団のトップ。その上演説での誘因も出来ない。
私の支持率は如何程か。……高く見積もっても少々不安が拭いきれないな。
「人手が欲しいな」
「人手? 何で?」
「愚問だな。一人でしている作業を二人ですれば単純計算で効率は倍だ。四人いればさらにその倍。人手は多くとも困らん」
「ならラミドさんにお願いしてみる?」
「そうだな。ただ人員は私が目を通したい」
これから予測される様々な困難を考えてもやはり必要だな。
――私だけの親衛隊が。




