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名前

「驚いたよ、まさか立候補してたなんて」

「目立つ場所に立っていると言っただろう?」

「演説台だとは誰も思わないと思うよ」

 苦笑いを浮かべるレイモンドに何やら違和感をおぼえる。まるで初めてあった時のようなよそよそしさ。

 この国では立候補することはさして珍しくないはず。だとすれば……。

「あぁ、名前か。訳あって身分を隠す必要があった。しかし身の安全が保証されたからな。とはいえ薄々偽名であることは感づいていただろうがな」

「まぁね。じゃあこれからもよろしく。えっと……ヒトラーさん?」

「あぁ、よろしく頼む」

 握手をすると手の震えが伝わる。若干汗ばんでもいる。

 先程の演説が余程効いたのか緊張しているようだ。

 緊張している相手に緊張するなといえば余計意識してしまう。レイモンドのような相手の機嫌を伺う者ならば特に。

「レイモンド、開票はいつの予定だ?」

「開票は明日の六時からだよ。この広間に貼り出される予定だ」

 六時。午前六時というわけでもあるまい。後で時間表記を調べておかねば。

「では帰るぞ」

「え、もう? 有権者にあいさつとか」

「無用だ」

 はっきりと言い切ることに理解ができないのか、レイモンドはあからさまに眉を寄せた。

「納得がいかないか? では候補者たちを見てみろ」

 今日演説した者達の中で議員を志していたものは私を含め十名程度。そこから私を除いた全員が有権者たちと会話を交わすため広場に出ていた。

 しかし半数は民衆に見向きもされず、列ができているのはそれぞれの党首のみ。それも長蛇と言えるのはジェンキンスの眼前だけだ。

「さすがに今宵だけでジェンキンスの支持率を超えるのは不可能だが、他の者達を超えることは容易い。その上今回の選挙は上位六名に食い込めばいいのだからな」

 民衆は初めて聞く演説に酔い、その興奮が醒めぬまま投票に向かっている。今回は当確と見てまちがいないだろう。

「初見である私より支持率の低い者を観察しても意味が無い。だからこそ明日開票後すぐさま万全の状態で動けるようにしておかねばならない」

 私は今を見ない。私が見るのは常に先だ。

 そう、私は既に次の選挙を見据えている──


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