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説得

 時刻は体感で二十時過ぎ。当初の喧騒は薄れ、数多の与太話を聞き飽きた民衆からは疲労が見え始めている。

 ──実にいいコンディションだ。

 私はすぐに口を開かず、沈黙を続けた。

 皆々は私を不思議がり、不安を払拭するかのように近くの者達と会話を始めた。しかし私は動じることはしない。

 私が馬鹿であればこのまま話し始めただろう。

 私が無能であれば叱って黙らせだだろう。

 しかし私はそのどちらでもない。

 仮にこのまま話し始めたらどうなるか。答えは簡単、誰も私の話に耳を貸さない。

 誰も雑談を辞めることはなく、精々が話半分に聞く程度だ。

 では叱って黙らせたらどうだ? それも愚策。確かに民衆は黙るだろう。しかし確実に私に対する敵対心、嫌悪感を抱く。

 そうすればいくら私が正論を言おうとも、民衆は揚げ足を探し続ける。

 だからこそ私は待った、沈黙という名の病が蔓延するのを。

 私という感染源から一人、不安、恐怖、興味を糧に沈黙が伝染する。そして私と伝染したもう一人から別の二人へと伝染。二人から四人へ。四人から八人へ。

 次から次へと止めることの出来ない病気が場を支配し、やがて喧騒の中にあった人々は沈黙に支配された。

 問題なのはここからだ。

 沈静した人々の真っ只中でいきなり叫んではいけない。当事者である私と傍観者である民衆の温度差により民衆が客観的に物事を見てしまうからだ。

 民衆を陶酔させるにはまず自らも当事者であることを刷り込まなばならない。

 故に私は見下すわけではなく、仰ぐわけでもなく、平常通り、雑談をするかのごとく話し出した。

「──私は、憂いている。この国を、人々を、未来を」

 幸いにして声は不思議な石で拡張され、広場という建物に囲まれ閉鎖的な環境。加えて今の私は女性の姿であり、声は高音で構成されている。

 これだけの条件が揃えば例え小声でも私の声を拾えぬ者などいないだろう。

「この国は緩やかな衰退を辿っている。誰もがその事実に気がついているはずだ。しかし誰もその事実を直視しない。生気のない目に映すのは地面ばかりだ」

 先ずは固定された心を揺らし、私の方へと傾ける。

「我々の祖先は民主革命という偉業をやってのけた。だが君たちはどうだ? 立ちはだかる困難を誰も解決しようとしない。口から文句を垂れ流し、現れもしない救国の英雄を待ち続けているだけの“愚図“だ。だが我々には偉大なる先祖の血が流れている。九一年もの間で我々は退化したのか? 違う、我々は立ち止まっていただけだ! ついに進むべき時が来たのだ! 先祖が成し遂げた偉業を、再度成し遂げる時が来たのだ!!」

 一度落とし、それから持ち上げる。そうすることによりただ褒められるより人々は私に心酔する。

「誰かが口に出さねばならない! この国は変わるべきだと!! 誰かが変えねばならない! 滅亡の一途をたどっているこの国を!!」

 大切なのは間の取り方、声の抑揚。話す内容は二の次でいい。酔わせてしまえば無条件に私の意見を肯定するからだ。

「では誰が言う!? あれか!? 我々を見下し、ふんぞり返っているあれか!? 我々の稼いだ金で、煌びやかな衣装を身に纏うあれか!? この国が衰退する原因を作ったあれか!? 違う! 断じて違う! あれは害虫だ!! 排除すべき害虫だ!! 我々の国に巣食う害虫だ!! では誰が、どうやって排除する! いるではないか眼の前に!! あるではないか眼の前に!! 私だ!!!! 私が排除する!!!! 一匹残らず排除してやる!!!!」

 そして作り出すべきは敵。私が味方であるという意識を刷り込むため、わかりやすい敵が必要だ。私と民衆の共通する敵が。

「残された選択肢は二つに一つ! あの虫にこの国を任せ滅びるか、私に投票しこの国を変えるかだ!!」

 そして不安を煽り、興奮させた上での選択肢。溺れるものに糸を垂らせば容易く掴み取る。例えそれが蜘蛛の糸だとしても。冷静に周りを見渡せば頑丈なロープがあったとしても。

「立てよ民衆! 今日この日を人類が新たな第一歩を踏み出した祈念すべき日としようではないか!!」

 最後に大きく息を吸い込む。最も重要で、最も間違いが許されない言葉。

「君達が書くべき名前はただ一つ――このアドルフ・ヒトラーだ!!!!」


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