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第二話 消滅の力


「ス、スマホ! 電波は!?」


 想太は慌てて画面に視線を落とすが、当然のごとく電波はない。


 ど、どういうことなんだ。

 東京に、こんな密林があるわけがない。

 もしかして、寝ている間に車かなんかでどこかに連れていかれたのか?


「……ソータ」


 ふいに名前を呼ばれ、振り返った。

 マーヤがついてきていたようだ。


「マーヤ! 着いてきたら危ないだろ!」


「……ワタシ、ソータの傍にいたかったヨ」


 震えるこぶしを握り締めながら、マーヤは言った。

 想太にはその勇気を、優しさを、これ以上責めることはできなかった。


「なあ、マーヤ。教えてほしい。ここは……東京じゃないのか?」


 想太の問いに、マーヤは申し訳なさそうに頷いた。


「ここはエルフィリア王国。世界最大規模の魔法大国ヨ」


「ま、魔法?」


「そう。マーヤ、呼んだよ。おじいちゃんから教わった魔法・・で、異なる世界に住むソータを、マーヤのところに」


「……ッ!?」


 その言葉に、想太の目が大きく見開かれる。


 呼んだ? もしかして……召喚した(よんだ)ってことか?

 信じられない。マーヤの言うことが真実なのだとしたら、僕が生きていた世界と別の世界が存在して、僕はその別の世界から魔法で召喚されたってことなのか!?


 あまりに理解できない状況の連続に、眩暈を起こした想太は、整理の付かなくなった頭を抱え、片膝をついた。

 次の瞬間──


「危ないッ!」


 想太はマーヤに突き飛ばされ、激しく尻もちをついた。


「痛っ……今度は何を──ッ!?」


 顔を上げ、彼は絶句した。

 見ると自分の体よりも大きな銑鋼の斧が、大木に深々と突き刺さっていたのだ。

 恐る恐る振り返ると、ひと目には人間と思えない巨漢男が、片手に同じ斧を握りしめながら仁王立ちしていた。想太は一瞬、遠近感が狂ったような感覚に襲われたが、周りの草花の大きさなどから察するに、間違いなく男の身長は人の三倍ほどあった。

 牛の頭部をくりぬいた皮の被りモノを被り、玉のように筋肉が異常に膨張した両腕をだらりと下げている。肩を荒々しく上下させ、猛獣のごとく唸り声をあげた。

 その様相は、まるで物語ファンタジーに登場するミノタウロス。

 そんなバケモノの口がゆっくりと開き、低く、かすれた声があがる。


「……見ヅゲタ。はずかしメノ部族……」


 わずかに口角をあげ、手に持ったもう一つの斧の刃を、マーヤへと向ける。


「オ前、殺ズ……!」


「に、逃げるぞ! マーヤ!」


 想太は慌てて立ち上がり、マーヤの手を引いて一目散に駆け出した。


 ヤバい、ヤバいって! なんだあのバケモノは!? あれがマーヤの言ってたコワイ人なのか!?

 とにかく、逃げなきゃっ!


 想太とマーヤは走って走って走りぬいた。

 両足と呼吸が限界を迎え、男が追ってこないことを確認した二人は、歩みを止めて木にもたれかかった。


「ハア……ハア……こ、これだけ逃げれば……ハア……なんとか」


「ご、ごめんヨ、ソータ。危ない目に合わせて」


 汗をぬぐい、呼吸を整えて想太は首を振った。


「無事だったんだし、大丈夫。それより……辱めの部族って何だ? 何故あいつは君を狙っているんだ?」


 その質問に、マーヤの表情が固まった。

 しかし、暫くの沈黙の後、振り絞るようにマーヤは口を開いた。


「ソータ。手を出して欲しいネ」


「手を?」


 言われるがまま、想太は右手を差し出した。

 すると、マーヤはその手を取って、自身の太ももの付け根へと押し付けた。


「マ、マーヤッ!? 何を……!?」


 彼女の柔らかく艶やかな肌に、想太の手のひらが触れる。促されるように、太ももの付け根から腰骨あたりまで撫でるように、導かれる。

 突然の出来事に頭が真っ白になった想太であったが、ある違和感にみるみる意識を引き戻された。

 想太の手が、本来そこにあるはずのモノに触れなかったのだ。


「マーヤ……もしかして、君は──」


 ハッとしたような表情の想太の様子に、マーヤはゆっくりと頷いた。


 そう。マーヤは、パンツを穿いていなかったのだ。


「……ワタシたちクケル族はみんな、下着を穿かないヨ」


「それが……命を狙われている理由……なのか?」


 下唇を噛みながら、マーヤは顔をクシャクシャに歪めて頷いた。


「この国の王様は、それが許せなかったみたいネ。辱めの部族って言われて……お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、友達も……みんな、殺されたネ」


 マーヤの声はかすれていた──


「穿かないこと、部族の誇りだったヨ。だから、王様から脅されても、ワタシたち穿かなかった」


 大きな翡翠色の瞳から、大粒の涙をボロボロと零しながら──


「ワタシも、穿かないの好きヨ。自由なキモチ。心軽くなるネ」


 堪えていた感情が、言葉となって、湯水のごとく溢れ出る──


「だけど、みんな殺されて……。ねえ、ソータ。ワタシたち、何か悪いことしたネ? ワタシたち、何か間違ってたネ?」


 理不尽に押しつぶされ、泣き叫ぶマーヤ。

 想太は、そんな彼女を思いっきり抱きすくめた。


「間違ってないっ!」


「マーヤも、マーヤの家族も、友達も……誰も悪くない!」


 だってそうだろう? 下着を穿かない。たったそれだけのことで、殺されるなんてあっちゃいけない。

 だから──


「間違っているのは……あいつらの方だ」


 想太はその身をユラリと起こし、視界の先からゆっくりと歩み寄る男を睨みつけた。

 一歩ずつ、踏みしめるように近づいてくる巨漢の男。想太から十メートルほどの距離で立ち止まり、ニタリと下卑た笑みを浮かべる。


 許せない。

 この子をこんな目に合わせたあの男が、国が、世界が許せない。

 

 想太の胸に、激しい感情が沸き上がる。

 そして、彼は願った。

 間違った世界を、消し去る力が欲しいと──


「ソータ……!?」


 マーヤは瞼を瞬かせた。

 想太の両手が、漆黒に染まっていったからだ。

 まるで蒸気が溢れ出るように、漆黒の両手から黒いモヤがユラユラと流れ出る。


「これは……」


 自身の両手を一瞥し、悟った。

 生まれつき知っている本能のように、直感でこれが何かを理解したのだ。

 そんな想太の変化に危険を察知したのか、大男が攻撃に転じた。右手の斧を振りかぶり、想太に向けて力一杯投げつける。

 その異常な筋肉量の全身から放たれた斧は、時速二百キロメートルの速度で想太に直撃する。

 ──が、まるで立体映像のホログラムのように、想太に触れた瞬間消え去った。

 いや、正確には直撃する瞬間、想太がその漆黒の手で斧に触れ、消滅させた。





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