〝神獣〟と〝ミケ村〟
憑依の儀を終えたジェミナはふう、と息を吐き、呟いた。
「神官たちは優秀ですわね。魔族の体になっても身体も能力も変わらないなんて・・・どんな魔術を使ったのでしょう・・・?」
独り言を言いながら歩いていたジェミナは自分が天界から降りてきた理由を思い出し、辺りを見渡す。
「そういえば、ここはどこだったかしら?」
すると、その問いに答えるようにして、身に着けていた鈴から声がした。
「解。ここは魔族の国の東端、ミケ村に続く道の中腹です。ミケ村は他の村に比べて比較的治安が良く、旅人にも好意的に接するものが多い傾向にあります」
「あら、いい村なのですね。感謝するわ、スズ」
謝礼の言葉に、少し戸惑った様に
「・・・否。これが我々魔道具の仕事ですので。ところで、〝スズ〟というのは・・・?」
といった声に対して、ジェミナは楽しそうに答えた。
「貴方の名ですわ。スズを模した魔道具だからスズ。分かりやすくて良い名だと思わなくて?」
「魔道具に名を与えると、生物の形をとることが出来るようになり、自我も強化され、能力も格段に上昇します。もしかしたら・・・」
いい淀んだスズに対するジェミナの返答は、微かに笑いを含んでいた。
「もしかしたら、しっかりとした自我を持った自分は裏切るかもしれない、と?確かに、過去に強固な自我を手にした魔道具にその主が裏切られたという例もあります。まあ、せっかくのチャンスにわざわざ忠告をしてくるような自我がはっきりしたところで、もっと忠実になるだけだと思いますし、それにわたくし、貴方をおさえておける位の力はもっていましてよ?」
「承知しました。その名、ありがたく頂戴致しします」
そう鈴が宣言したとたん、鈴のまわりに光が集まり、輝かんばかりの眩い光を放った。その輝きが収まると、そこに顕現したのは一体の美しい獣。その獣が
「主様。主様より〝スズ〟という名を賜った事、感謝の念にたえません。どうか、この魔力尽きるまで、お仕えさせていただく許可を」
と深みのある静かな落ち着いた声でそう告げるのを満足げに見つめたジェミナは、
「ええ、勿論。その忠義が絶えぬことを願います」
と返答し、仲間となったスズと共に、ミケ村へと続く道を下っていくのだった。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
『ミケ村へようこそ!』と書かれた門をくぐり、ジェミナとスズは町の市場を歩いていた。
ちなみに、流石に獣のままでは目立ちすぎるのではないかというスズの意見により、スズは少年の姿になっている。
ジェミナは全く気付いていなかったが、妖艶な傾国の美女と中性的な整った顔立ちの少年の組み合わせは
嫌でも目を引いていた。
一方スズは、ジェミナに寄ってくる男たちを強烈な殺気によって追い払うという作業を繰り返している。別に命じられたわけではないが、なんとなくジェミナに近づけたくなかったのだ。
そんなこんなしながら街を歩いていたジェミナ達だったが、ふとスズが、ある建物の前で立ち止まった。
「主様。ここはおそらく、ギルドと呼ばれる冒険者組合の支部でございます。ここでカードを発行すれば身分証明書代わりにもなるはずなので、組合に加入することをお勧め致します」
「あら、便利なものですわね。わかりましたわ、入りましょう」
というやり取りをかわし、二人はその建物に入っていった。
そこは、スズの言った通りギルドの支部でもあり、酒場もかねていた。
二人が建物に入った瞬間、何気なくドアのほうを向いていた冒険者たちは、ジェミナの美貌に目を奪われ、声を失うことになった。
スズはそんな者たちを冷ややかに見つめ、入口近くのテーブルに座っていた女三人のパーディーに
「失礼。登録の手続きがしたいのだが、どこに行けばいいのだろうか?」
と声をかけた。
女性たちはジェミナの事をじっと見つめていたが、スズのほうを向いて、その美しさにまたも放心することになり、少しの間の後、
「・・・・・えっ?あ、ああ、登録ですね、はい!えっと、あっちです!右の端っこの方!」
と慌てて答え、答えた後も、彼女たちが指した方向を向き、ああ、という顔をした後、
「そうか、助かった。ありがとう」
と言って微笑んだスズにずっとみとれていた。
「主様。お待たせしてしまい、大変申し訳ございません。受付に参りましょう」
と言ったスズとともに受付に向かったジェミナは、そこでもまた同じようなやり取りを繰り返しながら冒険者登録を終えた。
先に登録を終えたジェミナがスズに声をかけようとした時、一人の男がジェミナに
「お姉さん、俺の奢りで一杯どうだい?」
と声をかけた。が、ジェミナが返事をするよりも先に、すさまじい殺気と冷気がジェミナの後方から巻き起こった。男は恐る恐るその発生源となっている者を見て、
「すすすすすすみまっせん!!!」
と慌てて言い、ギルドから飛び出していくこととなった。ジェミナは慌てた様子もなくゆっくりと振り返ると、そこには凍り付くような笑みを浮かべ、
「あんな下衆が主様に話しかけるとは・・・」
とブツブツ呟いているスズがいた。ジェミナは
「酔っ払いは嫌いなようですわね」
と苦笑し、
「・・・ええ、まあ」
とスズが複雑そうな顔をするのにも気づかず、また市場の店を物色し始めるのだった。
《スズ》・・・・・・神の加護を得た神狐
・暖かい黄金色に光る毛並み、深い叡智をたたえた銀色の瞳、そして額に膨大な魔力の込められた宝珠を もった、他に類を見ないほどに美しい獣。
・獣の最高種族である神獣で、さらにその上位存在の〝ネームド〟であるため、その力は計り知れない。
・神狐以外の姿もとることが出来る。
・十二星座神の加護持ち。