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・其之肆・

「ほう、これは凄いな。智成殿と稲女殿が採ってまいられたのか。」


頼長の家司、源俊通は玄関に山積みにされた山の幸を見て言った。二人は夕方近くになってようやく帰ってきたのである。


「おお、これは見事な松茸だ。それに葡萄にアケビに…栗まである。」


俊通が騒いでいると、公春が玄関から入ってきた。


「公春殿、今お帰りか。見てくだされ、この見事な松茸。智成殿と稲女殿が採ってまいられたのだ。これは夕飯が今から楽しみだ。」


ホクホクしている俊通をまた意味深な視線で見つめてから、公春は笑顔を作って言う。


「おお、確かに素晴らしい松茸ですな。今宵はその美味なる味に酔いしれましょうぞ。」


言うと、彼は一礼して上がってゆく。それを見送った俊通はなんとも言いがたい表情をしてから一人ごちる。


「……公春殿が言うと、どうも妙な感じになる…」


「そうでしょうか?」


智成が呑み込めないで首をかしげていると、奥から文麻呂翁が出てきた。


「稲女や、随分遅かったではないか。どこまで行って来たのかね。智成殿は怪我をなさっているのだぞ。頼長様が心配しておられたぞ。」


「そ…そう言えば智成殿、傷の具合は如何ですかな?」


考え込んでいた俊通も聞いてくる。智成は曖昧に笑って言った。


「稲女殿が私を温泉に案内してくれまして…随分楽になりました。今ではすっかり痛みも取れて。」


「おお、稲女。智成殿をあの秘湯に案内して差し上げたのか。」


文麻呂翁が身を乗り出す。稲女は大きく頷いた。


「はい。丁度近くまで行きましたので。」


「そうか、そうか、あの湯に入れば傷もたちまちのうちに治る。ほれ智成殿、見て差し上げますのでこちらに来なさい。

稲女や、採ってきたものを台所に運んで、夕食の準備をしておくれ。」


「はい、父上。」



智成は翁について部屋に戻った。座らされて上半身肌脱ぎになる。そこを翁が包帯をそっと取り除いた。


「おや、巻き方が違っている。」


取りながら翁がボソリと呟くと、智成はギクリとした。が、それに気づいてか気づかないでか、翁はどんどん包帯を取って行った。


「見なされ、智成殿。傷がすっかり治っている。」


「えっ、嘘。」


慌てて肩を見ると、今朝まであった痛々しい傷は殆ど消えている。


「すごい…嘘みたいだ…」


「あの湯は効きますのでな、どんなに酷い傷でも瞬く間に消えてしまいます。

ただ、あの場所自体が神聖だから効き目があるのであって、湯を持ってきて入っても何の効果も無いのが難点じゃが……

しかし油断は禁物ですぞ。あと二、三日は泊まっていきなさい。」


「はい。お言葉に甘えさせて頂きます。」


老人はまた智成の肩に薬膏を塗り、包帯を巻いていった。




 丁度その頃、別室では公春が主人に報告していた。


「頼長様、阿部文麻呂と稲女について、調べてまいりました。」


「……随分早かったな。」


「このくらい、何でもありません。で、阿部文麻呂に関してですが、彼は蝦夷の末裔です。が、きちんとした宇治の領民で、以前は官吏もしていたようです。」


頼長が始めて書物から顔を上げた。


「ふむ。で、稲女は?」


「彼女は戸籍に載っていませんでした。この近くに『稲』という奴婢と『猪女』という女がいますが、どちらも該当しません。本人に会って、確かめて参りました。」


「ふむ…ご苦労であった。」


公春は一礼して下がる。


(蝦夷に素性の分からぬ女…か、思いがけず面白くなってきた。)

と、頼長は一人物思いにふけるのだった。






その夜の食卓は、非常に豪華だった。

栗飯や焼き松茸、それに麓より頼長の父 知足院の使者が干し鮑や高菜、そして大量の酒を運んできたのである。

智成の快気祝いと称して、宴会は言うまでもなく使者も巻き込んでの大騒ぎとなる。

智成は若干酔った稲女に酌攻めに遭って、辟易していた。普段大人しそうな俊通は半裸になって文麻呂翁と一緒になって踊っている。


そんな喧騒を頼長は一人避けて、縁側に徳利と杯を持ち出して、月を見ながらちびりちびりとやっていた。


「頼長様、ここでしたか。お姿が見えないから…探しましたよ。」


一人で飲んでいた頼長を公春は目ざとく見つけて、自分も徳利と杯を持ち出してきた。


「なんだ、公春も出てきたのか。」


「隣…宜しいでしょうか。」


「ああ。」


答えて頼長はまた月を見やった。


「頼長様…そろそろ下に戻られた方が宜しいのではないですか?幸子様が寂しがっておられます。

他の側室様方は子供が可愛い盛りで良いですが、幸子様には居られませんから…」


「……幸子には菖蒲(あや)麻呂(まろ)を養子にやったではないか…」


頼長が反論すると公春が首を横に振った。


「いいえ、菖蒲麻呂様は生母の知子様の元におられます。」


「……」


黙り込んで杯を煽る。空になったのを見計らって、公春はなみなみと注ぎ足した。


「今は、幸子の…いや女の事は考えたくない。公春…お前は一体…誰の味方なのだ?」


その杯を一気に煽って頼長はじろりと公春を睨む。が、公春はいつもの食えない笑顔でさらりと言った。


「私は頼長様の味方ですよ。」


「……そういえば、智成はどうした。」


頼長は睨んだ顔のまま聞く。


「先ほど稲女殿が酌攻めにしていましたよ。」


「……」


睨んでいた顔を益々渋く歪ませて、頼長は手酌で酒を煽った。



「だから頼長様。貴方の小鹿は放っておきなさい。どうせ彼は泣きを見て、帰って来るのですから。

鹿は鹿で、官吏は官吏で、それぞれ楽しめばいいのです。さあ、もう一献、どうぞ。」


「…公春、一体何を掴んだ。お前の言っていることが分からない。」


頼長が膨れると、公春はまたクスリと笑って主人の耳元に口を寄せる。


「今は、言えません。今の貴方は飲みすぎていますから。」


教えてもらえるのかと期待した頼長は、また膨れて公春に背を向けるのだった。



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