現実(リアル)の妹はメンドウくさい!
「可愛い妹がいるっていいよなぁ」
友人が僕に向かって、よくそんなことを言ってくる。
妹に関するこの手の評価を聞くと、やれやれまたかとウンザリするものだ。
僕の妹は外面だけは品行方正、勉強も部活も大得意な完璧美少女だからそう思うのも仕方ないと一応理解はできる。
しかし、まったく、「妹がいるといい」なんていうのは妹素人の戯言だ。
おそらく、友人は深夜の妹もの萌えアニメだとか、いかがわしいライトノベルなどによって洗脳され、妹=可愛いという観念を脳の奥の潜在意識に植え付けられたのだろう。
こういった戯言に対して、「現実の妹なんか、そういいもんじゃないけどな」などと反論を述べた日には「こいつ正気か? 妹が嫌いなお兄ちゃんなんか現実にいるのかよ」という目で見られるのだからたまったものではない。
やれやれ。現実の妹のことを知らないからそんなことが言えるのだ。
特に予定もなく妹と1日一緒にいなければいけない週末など、大変だ。
例えば先週の土曜日の話をしよう。一般的な高校生なら、休日は自らの持つ休養する権利をフルに発揮して休みは12時まで寝るのが全員だろう。が、僕の妹はそんな常識などお構いなしに、朝8時くらいに僕の部屋に侵入してきて「コラーっ! 休みだからって惰眠をむさぼるなーっ!」と叫んで叩き起こそうとしてくる。
僕はせっかくの休みに早起きするなどまっぴらゴメンなので、お布団を頭からかぶって不起の意思表示をする。
しかし妹は布団を無理やり剥ぎ取って、僕の胴体に馬乗りになり、
「かわいい妹がせっかく朝食つくってやったっていうのにまだ寝やがるかーっ! 起きろーッ!」
などと言って腰をゆさぶってくる。
おかげでホットパンツに包まれた妹の高校1年生おしりのフニフニ触感が、お腹に伝わって、僕の下半身が色々とマズいことになりかけるのだ。
そんなわけで僕は観念して、ベッドから抜け出し、パジャマのまま食卓につく。テーブルの上にはトースト、目玉焼きにウィンナー、やけに手の込んだサラダなどが並べられている。
トホホ……僕の朝食はコーヒーだけで十分なんだけどなぁ……。
でも食べないと妹が「ちゃんとした朝ごはん食べないと早死にするよー!?」などと腹を立てるので仕方なくトーストを口に運ぶのであった。
食事を終えたあと、妹は僕を引っ張って自分の部屋に引っ張り混み、携帯ゲーム機を取り出す。
落ち物パズルで僕と対戦するためだ。
かわいいキャラクターとポップな雰囲気のパズルゲームは妹の大のお気に入りで
小学生のころからシリーズを追いかけている。
そして、最近対戦用の携帯ゲーム機が発売されたのを切っ掛けに、
僕も無理やりソフトと携帯ゲーム機本体を購入させられ、妹の相手を努めさせられているというわけだ。
妹は長年培ったゲーム技術で連鎖を組み、あっという間にコンボを炸裂させる。
その結果、僕側のエリアに大量のおじゃまブロックが投下され、あっという間に妹の勝利が決定する。
「あははーお兄ちゃんよわーい! 弱すぎて張り合いがないんですけどー!?」
ゲームに勝って勝ち誇っている妹の邪悪な笑顔を見ると、外では優等生で通っているなど信じられない。
この喜びようを見ると、妹がこのゲームを好む理由のひとつは「僕に勝てるから」だと確信してしまう。
妹のプレイは今日も絶好調で僕は10分も立たないうちに3連敗。
妹の笑顔はいよいよ極まって、「フフン」と笑いながら実の兄に向けて敬意ゼロのドヤ顔を向けてくる。
しかし、いつまでも黙ってやられている僕ではない。
この3連敗は、勝利に酔っている女子高生の心に敗北感を植え付けるための言うならば布石だった。
絶頂から叩き落とされたとき。絶望はより深くなる。
僕は腕につけていた重り付きサポーターを外し、4戦目に挑んだ。
先ほどまでとは全くレベルの違う僕のプレイを見て、妹の顔から笑みが消えた。
妹も慌てて連鎖を組み立てるが、時すでに時間切れ。あっという間に僕の勝利が決まる。
「ちょ、ちょっと! なんでこんな強いのよーッ!?」
「さぁ、眠っていた才能が開花した、とかかな?」
この時のために鏡の前で練習してきた渾身のどや顔で反撃した。
「む、ムッカーッ! リベンジよリベンジーッ!」
その後、妹とは3回勝負したが3回とも僕の勝ち。
それも当然だ。この時のために自分の部屋で一人シコシコ血のにじむような練習を重ね
ネットであらゆる必勝テクニックやチートスレスレのバグ技・バランスブレイカーを頭に叩き込んできたのだ。
長年の雪辱を晴らした僕の心の中には晴れやかな春の空のような爽やかさが澄み渡った。
「うぅ……」
しかし、その代償として妹の心はすっかり曇り模様になってしまった。
兄に敗北したのがよほどショックだったのか、ベッドの上で両足を抱えながら壁に向かって横になっている。
そんな妹の姿を見るとさすがに心が痛んだ。妹に勝てるのが楽しくてつい調子に乗ってしまったが、ここまでやるつもりはなかった。
「な、なぁ悪かったよ、僕が大人げなかった……機嫌治してくれよ」
「ゆるしゃん……絶対ゆるしゃん……」
妹は壁を向いたまま涙声。完全拒絶モードだ。
仕方がない。妹がぐずった時に兄がやることは昔から決まっている。
僕はベッドの上で妹の背中に周り、彼女の頭をなでなでし始めた。
「ふぇ……頭なんかなでなでされても許さないんだからぁ……」
などと妹は言うが、頭を撫でられる彼女の声には喜びの色が混じっている。
結局そのあと、30分間の頭なでなで、ハグ1回、今度また対戦する約束を代価にして
妹の顔に笑顔が戻った。
トホホ……妹の機嫌を取るのは面倒臭いぜ……。
その後、夕飯を食べて自室でのんびりしていると部屋のドアをノックして風呂上がりパジャマの妹が入ってくる。
その手に大事そうに握られているのは、レンタルDVD屋で借りてきたB級ホラー映画だ。
髪の毛をほんのりと濡らした彼女は申し訳なさそうに顔を伏せながら上目遣いで「お兄ちゃん、一緒に映画見よ……」とお願いしてくる。
清楚で可憐な女子高生という外面からは想像も出来ないだろうが、妹はホラー映画が大好きなのだ。
しかし、大好きなくせに一人では怖くて鑑賞できないので、毎回こうして僕をお供に誘ってくる。
正直なところ、僕も恐怖耐性はそれほど高くなく、ホラー映画は普通にニガテだ。
しかし、断ると妹がいじけてしまうので、毎回結局は一緒に居間で映画を見ることになる。
僕が観念してソファーに座ると、足の間に妹がちょこんと腰掛ける。
ここは昔からホラー映画を見るときの妹専用指定席だ。
そういえば、最初に金曜の映画番組でホラー映画を見たときから、この体勢で見ていたな。
と僕は妹の後頭部を眺めながらちょっと懐かしい気分になった。
ちなみに風呂上がりの妹の身体は、パジャマに包まれていても、ほんのちょっぴりしっとりしていて温かい。
そして、髪からはシャンプーのものなのか、いい匂いがする。
妹は、映画が始まって最初の方はテレビ画面に真っ直ぐ相対している。
しかし、ストーリーが盛り上がってくると、つまり怖いシーンが増えてくると、やがて「うひゃあっ!?」と悲鳴を上げながら体を反転させて僕の胸に顔を埋めてくるのだ。
それ以降はチラッチラッと画面を横目に見るだけで、ほとんどの時間は僕の胸の内で震えている。
ほとんど見てないのに映画を借りてくる意味はあるのかとも思うが、これが妹流のホラーの楽しみ方らしい。
映画も中盤に差し掛かると、また問題が発生。
突然キャストの一人のブロンド女性が服を脱ぎ始めた。
いわゆるベッドシーンという奴だ。
画面をチラ見して、肌色を確認した妹の顔は途端に真っ赤に染まる。
「は、はわわ!?」
彼女はアワアワ言いながら耳を塞いで、画面が見えないように僕の胸に顔を押し付ける。
妹はホラーシーン以上にえっちなシーンが大の苦手なのだ。
「し、知らなかったんだからね! 別に、えっちなシーンあるとか、知らなかったんだからね!」.
と顔をうずめながら、聞いてもいないのに謎の弁解をする妹。
「え、えっちなシーン終わったら教えて……」
と妹が震える声で言うので、僕は妹の身体をぎゅっと抱きながら、ブロンド女優のおっぱいを堪能した。
濡れ場シーンが終わると、妹の肩を叩いて『もういいよ』の合図をする。
妹はほっとしたように画面に顔を向けた。
映画では、先ほどまでえっちしていた女性が怪物に頭から食われているところだった
「ギャーッ!?」
妹はおしとやかな外見からは想像もできないような声をあげて僕の胴体を抱き締めた。
お陰で息が止まりそうになった。
「く、クソーッ! お兄ちゃん、だましたなーッ!? わざと怖いシーンで合図しやがってー!」
などと、理不尽に怒られた。
結局その後、映画の終盤までずっと、妹は僕の腕の中で震えていた。
トホホ……高校生なんだからホラー映画くらい一人で見られるようになれっつーの。
映画を見終わった後、僕は自分の部屋に戻った。
ちなみに妹は映画が見終わった後もしばらく放心状態。
よほど映画が怖かったのか、俺が肩を貸してやらないと自室まで戻れない有様だった。
その後、しばらくネットサーフィンでニャンニャンした後、そろそろ寝ようかとベッドに入ったとき、
僕の部屋のドアからコンコンというノックの音。
眠いので無視しようかとも思ったが、切羽詰まったような感じで、何度もドアを叩くので、
僕は布団からはい出して扉を開けた。
廊下にはパジャマの妹が立っていた。
ちょっぴり顔を赤くして、下腹部のあたりに手を当ててモジモジしている。
しばらく黙った後、
「お、お兄ちゃんあのね……」
とようやく口を開くがその後の言葉が続かない。
「なんだ? ウンコか?」
と僕が助け船を出してやると
妹はさらに顔を赤らめて、
「お、おしっこだっつーの!」
と叫んだ。
妹は昔っから怖い映画を見た後は一人でトイレに行けなくなってしまうのだ。
僕は眠いし面倒だったが、さすがに高校生という多感な時期の女の子に粗相をさせるわけにもいかない。
妹の手を握りながら、階下のトイレまでついていってやった。
妹がトイレに入ると、「絶対音聞かないでね! 耳塞いでね!」
と強く念押しされる。
僕ははいはい分かったよ。と生返事を返す。
実際は面倒臭いので、いちいち耳は塞いでいない。
トイレのドアの奥から「んっ……」という悩ましげな妹の声がした後、
チョロチョロと水音が聞こえてくる。
しばらくして静かになった後、トイレットペーパーのカラカラという音。水を流す音。
それが終わると妹がトイレから出てくる。
僕の目をじっとみながら、
「ちゃ、ちゃんと耳塞いでた?」
と尋ねてきたので、
「安心しろ、ちゃんと塞いでたよ。水音なんか聞こえてないから」
とニッコリ笑って親指突き出し
妹はジト~っとした視線を向けてくるが、夜の暗い廊下への恐怖が疑惑を上回ったのか、何も言わずに僕の手を握って階段を上っていった。
僕は妹を廊下で見送った後、部屋に戻った。
そして、妹と二人で一緒にベッドに入る。
「って、なんでお前が僕のベッドの中に入ってくるんだよ!」
「い、いいでしょ別に……自分の部屋まで戻るの面倒臭いし……」
布団の中で、妹の声は消え入りそうに小さくなっていった。
妹の態度からは、普段の兄に対する生意気さがなくなっている。
『部屋に帰るのが面倒臭い』ってお前の部屋はすぐ隣じゃないか。
と、思ったが口には出さないで置いた。
僕は黙って妹の手を握った。彼女の手はヒンヤリとしていた
小学生のころ、怖いことがあると、よくこうして僕の布団に入ってきたものだ
高校生になった最近はさすがに妹も恥じらいを覚えてしなくなったが、どうやら今日見たホラーがよほど怖かったらしい。
「ね、ねぇ……私が寝るまで、眠らないでね?」
妹は小さな声で言う。
「はいはい……分かったよ」
と、僕は妹の頭を撫でながら答えた。
「……あ、あのね」
「ん?」
妹は、真っ赤な顔を布団の中に引っ込めて、今までで一番小さく呟いた。
「あ、ありがとね……お兄ちゃん」
僕は聞こえないふりをして、とりあえず妹の頭をさらにナデナデした。
結局その後、妹は「お兄ちゃんまだ起きてる?」「起きてるよ」というやりとりを3回ほど繰り返した後ようやく寝息を立て始めた。
その寝顔を見ながら、僕は「まったく、だまっていると可愛いのにな」などと誰にともなく言った。
妹が寝たのを確認してから、僕もようやくまぶたを閉じる。
まったく、今日は一日ダラダラと過ごすつもりだったのに、妹に振り回されて疲れたぜ。
僕は妹の手を握りながら、思った。
トホホ……現実の妹っていうはメンドウくさくて、かわいくて、最高だっつーの……。
終わり