9.ネームドモンスター
私用で遅くなりました……
全ての説明を終える頃には、ギルドマスターは顎が外れているんじゃないかと思うくらいに口を開け放ち、硬直していた。
「あ、ありえねぇ……昔話で竜が人になったってのは、ただの作り話じゃなかったのか……?」
昔話だったのか、と思いつつも、あれ程人になることに苦労するのなら、確かにそれもおかしくはないだろう。
こうして俺が人の姿になっているのも、ぶっちゃけ偶然の産物……というか、完全に意図せずして発生した好機のおかげなのだから。
半ば放心状態にあるギルドマスターをしげしげと見つめて俺は肩を竦める。
「まあ、俺はどうこうしようなんて思ってもないから別に気にしないでくれないか」
「それでも、魔物が街に居るだけで問題になるだろうが。そこそこ以上の魔術師ならお前が尋常じゃないってことを自覚してくれ……」
自覚しろも何も、そんなこと初めて知った俺にいきなりそんなことを言われても、どうすれば抑えられるのかも分からないんだから仕方ない。
そもそも、自分で抑えようと思って抑えられられるものだろうか。
「ましてや、伝説級の魔物だぞ? 神話級に次ぐ伝説の魔物が、堂々と街を歩いてちゃおちおち夜も眠れねえよ」
魔物の強さには、区分が存在する。
基本的には下級、中級、上級、最上級というのが一般的に存在する魔物の区分ではあるが、実はそれ以上も存在する。
竜である俺ももちろんそれ以上の中に含まれていて、最上級より上は厄災級、英雄級、伝説級、神話級となっており、俺はその中の伝説級、つまり上から2番目なのだ。
これくらいになると、恐らく水爆を受けても耐え切ることが出来るだろう。
それを考えると、気持ちは分からなくもない。
そんなことを言ってるけど、ギルドマスターは当の本人に対して普通に喋ってるけど……
大体、そこまで制限されるのなら俺の方が自由に街に来ることが出来なくなる。
元より何もするつもりはないのだから、強権を行使してでも融通してもらったりは……流石に無理か。
「どうにかならないのか?」
「アルが魔力の制御を覚えてもらうのが一番だが……まあ、他にも方法は一つあると言えばある」
「まじか!」
俺は目を輝かせながら、身を乗り出した。
ギルドマスター……面倒臭いので以後はオッサンと呼ぶこととして、反射的に仰け反り顔を引き攣らせているオッサンに対して俺は羨望の眼差しを送ると、観念したオッサンは疲れたような息を吐く。
「ネームドモンスターって言ってな。特定の魔物と冒険者ギルドが不可侵の取り決めを取り付けることで、その魔物は人間を襲わない代わりに、冒険者ギルドも討伐依頼を発行せず、また人間の街を自由に行動出来る権利が与えられる、というものだ」
「おお!」
俺が歓喜の叫びを上げると、どう反応すればいいのか分からない様子でオッサンは首を振る。
「お前、本当に魔物か? そこまで喜ぶ魔物、今まで見たことないぞ? まあ、そもそもネームドモンスター自体が俺は今までに1体しか見たことないんだが……いずれにせよ、変わった奴だな」
「よく言われる……いや、むしろ言われないな。500年生きてきて、初めて人と話したのがが1週間くらい前だし」
「むしろ、それでどうやったら人の街に来たいと思ったんだよ……」
ここで「元人間で、人肌が恋しかったからです」なんて言ったら、どんな反応するのだろうか。
まあそんなこと、言っても信じないとは思うし、俺としても話すつもりはない。
「じゃあ、オッサンが俺をそのネームドモンスターってのにしてくれたらいいんだな?」
「オッサン……500年以上生きたアルから言われると、違和感が凄いな。だが、せめてジルドと呼んでくれないか? 見た目はともかく、正体を知っている身として躊躇があるんだよ」
すみませんね、見た目は子供、頭脳は超高齢で……
「分かった……それでジルド。頼んでもいいか?」
拒否されても俺は引き受けてくれるまでここを離れるつもりはないけどな!
「いやまあ、それはいいが。本当にいいのか? アルのクラスだと、確実に国家公認ネームドに認定されるぞ?」
「なんだそりゃ」
国家公認とか言われると嫌な予感しかしないんだけど……
「いいか、よく聞け。ネームドモンスターという制度だが、実はこれもモンスターのランクのように普通公認、特別公認、国家公認の3つに分けられている。特にこれは強さによって決められているわけでもないのだが、アルは間違いなく国家公認となるだろう。そうなると、冒険者ギルドだけでなく国家と契約、つまり国王と直接会う必要が出てくる」
「唐突だな!?」
俺、あくまで下見として街に来ただけなはずなんだけど!?
「仕方ないだろ。流石に、お前みたいな奴を上に報告しないわけにもいかないだろ? もし普通公認にすると、黙ってたことで俺が罰せられかねない。頼む、もしネームドになるのなら、これくらいは聞いてくれ」
それを言われると、俺も弱る。
自分勝手で他人を陥れるのは、俺の本意ではない。
わがままに生きるのは、他人に迷惑をかけない範疇だけでいい。
それにしても、人と関わるようになってから急に色んなことに巻き込まれるようになったような……
「おい! 話を聞け!」
「あ、ごめん」
我に返った俺は、あっけからんとした表情のまま頭を下げた。
「それが人にものを頼む……いや、なんでもない。魔物であるアルにこんな話をしても仕方はないしな。とにかく、だ。手続きが完了するまで、最低でも1週間はかかるだろう。だから、1週間後にまたここに来てくれ……兎も角、俺も業務で忙しい。呼び出しておいてすまないが、今日のところは一度帰ってくれるか?」
「ちょっと待て、最後にひとつ聞きたい。俺は冒険者になれるのか?」
「なれるわけないだろう」
ですよねー。
「分かった、じゃあ一度帰らせてもらう。次はお土産も持って来るよ」
「お前、何を持ってくるつもりだ?」
「俺の鱗」
「ギルドを破綻させるつもりかお前は!?」
失礼な、そんなこと、毛頭も考えては……ギルドが破綻って、俺の鱗ってそんなに価値があるの?
「エルクって行商人を知ってるか?」
「エルクだと? まさか、世界最大の商会、カルディア商会の会長のことか? 知らない奴は居ねえよ」
俺は予想の斜め上を突っ切った返答に思わず噴き出しそうになったが、なんとか堪えた。
あの年齢で、まさかそこまで出世しているとは思わなかったが、それならギルド以上の資金を持っていてもおかしくはないだろう。
逆に、俺の鱗の価値が想像しているよりもとんでもないことに気付き、肝が抜けるようである。
「エルクと何かあったのか?」
「まあ、ちょっとした知り合いなんだよ」
「……もう一度聞くが、本当に竜なんだよな?」
「今更言うか? とりあえず、もう何も用事がないのなら、俺は帰らせてもらう」
俺は少しむっとした表情を見せると、ジルドは苦笑いを浮かべる。
「ああ。ちゃんと来いよ?」
俺はその言葉には何も言わずに、部屋を出てそのまま階下に下りる。
ギルド内の冒険者たちには好奇心に満ちたものを、また少数には畏怖に満ちた目を向けられたりもしたが、気にせずギルドを後にする。
外はまだ明るかったが、来た時と比べるとだいぶ人通りは減っていた。
「さて、このまま何事も起きずに帰ることが出来たらいいんだけど……」
「きゃあっ!?」
「おいおい、そんな声を上げることはないだろう?」
俺が呟いたのと同時に、女の人の叫び声が上がった。
複数の男にナンパされているようだ。
「どうせそんなことだと思ったんだよ……」
俺はうんざりしながらも、手っ取り早く手を出しかけていた男たちを片付けると、そのま街を出、竜に姿になると、村には帰らずにそのまま自分の住処である洞窟へと戻ると、寝入ってしまうのだった。
村では、何か自分では考えもつかないことが起きていることも知らずに。