6.行商人のお話
毎度こんな中途半端な時間ですみません……
朝、起きた時は既にほとんどの村人が仕事に出ていた。
仕事と言っても、大体が農民であるため、遠出している人はほとんど居ないだろう。
このまま寝泊まりさせてもらうだけってのも悪いし、ノルマは達成したから今までやってきたことを辞めるのも体裁が悪いから、一応見回りはちゃんとやっておこうかな。
「おはよう、ロウエン」
「おお、アル様。おはようございます。ゆっくり眠れたでしょうか?」
俺を見るなり、柔和に微笑むロウエン。
呼び名が守護神様、からアル様に変わっているのは、昨晩に俺がそう呼んでほしいと頼んだからだ。
ここの村の人達には悪いが、俺はこの村を守る気は元々なかったし、だからこそずっとその名前で呼ばれるわけにはいかないからな。
それにまあ、単に崇拝されてる感じがありありと表現されてるのが嫌なんだよな。
特別扱いはお断りだ。
「ああ……まあ、本当はドラゴンは基本的に一日中寝てるからもっと必要だけど」
俺は苦笑を浮かべながらも軽口を叩くが、どうやらロウエンは本気と捉えたらしい。
「それなら、もう少し寝ても宜しいのですよ?」
「俺はいいから気にするな。むしろ、これ以上寝たら本気で起きられなくなる」
ある意味では、この睡眠欲に打ち勝ったことこそが、俺が一番最初に本能に抗った事実なんだよな。
それまでは、俺も他のドラゴンよろしく一日中惰眠を貪る生活だったわけだし。
だからこそ、ふとした時に継続を途切れさせたら、一気にまた本能がやってくるんじゃないかと思うと、おちおち二度寝なんてしてられない。
「じゃ、早速見回り行ってくるわ」
「ありがとうございます……何卒、村の者を宜しくお願いします」
ロウエンは深々と頭を下げると、数秒そのままで静止……いや、むしろ全く動かなくなった。
これは、この間にさっさと行けってことか?
「行ってくる」
その場から逃れるようにして家を出ると、早速村人女性と鉢合わせた。
俺は昨日のことを思い出してぎょっとしたが、女性は興奮することもなく、むしろ呆気からんとしていた。
「あ、アル様。こんな朝から、お出かけですか?」
きっちりとロウエンは村人達に通知してくれていたようで、昨日の守護神様呼びじゃなくなっていた。
こんな朝早くからどうやって通知したのか気になるところだが、ロウエンは副村長なので、いくらでもやりようはあるのだろう。
「あ、ああ。森の見回りに行ってくるよ」
「見回りですか! いつも、助かっています。私の娘も森で薬草を日課としてとっているもので、アル様のおかげで仕事にも精が出るようになったんですよ」
女性は、本当に嬉しそうな表情で語る。
こうやって見たら普通の親なんだが、何故昨日はああなったんだろう……?
それからも、次々と村人と顔を合わせるも、特に昨日のようなことにはならなかった。
本当に何だったんだ……
半強制的な挨拶回りを終え、やっとの思いで村の外に出ることの出来た俺は、竜の姿に戻ると一気に飛び上がった。
人化して1日も経っていないとはいえ、久しぶりに竜の姿になった気分だ。
俺は風が鱗に当たる感覚に喉を鳴らしながら、森の上を飛び続ける。
いつもならもっと高くを飛ぶのだが、今となっては見つかっても問題はないので、木々の数メートル程度上を飛ぶようにしていた。
所々で、木々の間から薬草を探す村人達が見える。
村人達の方も俺の影で気付いたようで、手を振り返して来る。
一通り森を回って見たが、特に異常はないようだ。
「たまには、逆方向も見てみるか……」
そういえば、村の逆方向には行ったことがなかったな……
せっかくだし、そっちの方向にも行ってみるか。
俺は低空飛行から一転して高高度まで飛び上がると、加速をつけて一気に村まで戻り、そのまま通過した。
その方面には一面の平原が広がっており、その中に街道がただひたすらに長く続いていた。
街道沿いに進んでいた俺は、ふと何かが挟まって動けないでいるのが見えた。
その正体は馬車だった。
馬車の向きから見ると、あの村に向かっていたみたいだな。
助けた方が良さそうだな。
どうせ、あの村に行くのならいつかはバレたことだし。
ただ、このまま降りても怖がられるだけなので、ちょっと離れたところに降りて、人化してから近付こう。
尻尾や角は……まあ、隠さなくてもいいだろう。
俺は少し離れたところに着地して人化すると、すぐさま馬車へ助けに向かう。
思ったよりも深くハマってんな……
どうやら街道の一部になっている積み重ねられたタイルがかなり破壊されているようだ。
この街道、さっさと直さないとまた同じ犠牲者が出るな、こりゃ。
「おーい、助けに来たぞー!」
「君は……子供? 無茶だ! 子供に馬車は持ち上げられ……」
俺は言葉が途切れるのと同時に、少し力を込めて馬車を持ち上げた。
馬車程度なら、竜の力があれば片手でも持ち上げることは簡単だ。
あとはまたハマったりしたいように、破損場所より少し離れた場所に置くと、これにて仕事完了。
「もう大丈夫だぞ……」
振り返ってみると、男がぽかんと口を開いたまま、動く様子もなく固まっていた。
目線は、完全に俺の尻尾の方を向いている。
試しに尻尾を左右に振ってみると、同じように視線だけを左右に動かしていた。
何か、面白くなってきた……じゃなくて、このままだと話が全く進まない。
もし夜になってしまうと不味いので、ここは早めにさっさと現実に引き戻してやりたいところだな……そうだ。
「さっきからずっと俺の尻ばっか見てるが、もしかしてホ……」
「僕にそんな趣味はありません!」
おお、まじで元に戻った。
この世界でも、こういうネタは通用するんだな。
ホモって言葉が通じそうになったのが気になったけど……多分、俺以外の転生者の仕業だろう。
誰だよ、余計なことを広めたの。
兎も角、この場では助かったことには違いない。
「元に戻ったみたいだな」
「あ……はい。助けてくれてありがとうございました。僕は行商人をやっております、エルクと申します……あの、ひょっとしてですが、貴方様は竜なのですか?」
「えっと……何故俺が竜だと?」
ファンタジー世界なら、竜人とかそういった種族も居そうなものなのだが。
この世界に、そういう種族はないのか?
「ええ。竜人族にしては色が鮮明すぎまからね。そもそも、竜人族に黒い鱗は居ませんし」
とか思っていたら、御丁寧にもしっかり解説してくれた。
この人はあれだな、ゲームだとプレイヤーのための操作を説明でサポートしてくれるタイプの人だな。
自分で言うのもなんだが、なんじゃそりゃ。
無反応というのも味気がないので、俺は感心したように頷いてみせた。
実際、感心はしていたので嘘ではない。
「自分で言うのもなんだが、俺を見て怖がらないんだな」
「ドラゴンだからといって、全員が敵対的ということはないでしょう。僕の商人の端くれ。助けてもらった相手を無碍にするようなことはしないですよ」
こんな人も居るんだな……ってか、これまでの俺の500年は何をやってんだってくらい拍子抜けに繋がりが増えていくな。
ただ、その内容はちょっと違うよ。
人間に対して敵対的なんじゃなくて、ただ単に寝る邪魔をされたから怒ってるだけだよ。
ドラゴンが人里を襲いに行くなんて、例外中の例外だからね。
「それでも、ドラゴンが人の姿をとっていることの驚きは隠せませんでしたが」
それもそうだろうね。
今は人の姿をしているけど、あのクソ面倒くさがりの竜達にすら異端って呼ばれるくらいなんだから。
人に化けたことのある竜が居たって事実を聞いた時は、俺もこの竜生が始まって以来の驚きだったし。
と、このまま話し込んでいてはキリがないので、俺は本題に移した。
「なあ、行商人がこんなところで立ち往生してても大丈夫なのか?」
「あっ、そうでした! どうしよう、馬が居ないと……!」
空から見下ろしていた時、馬が居ないなとは思ったけど、やっぱり逃げられてたか。
ここまで来て助けないのもアレだよな。
「じゃあ、俺が変わりに引いてやるよ」
「え!? いやいや、流石に恩人……じゃなくて恩竜にそんなことは頼めませんよ!」
恩竜ってなんだ、恩竜って。
今の姿は人なんだから、わざわざ言い直さなくても良かったのに。
「だけど、それ以外に手はないだろ?」
「うっ……」
やはり俺の指摘は図星だったようで、エルクは声を詰まらせた。
俺は肩を竦めると、黙って手綱を握る。
「ほら、急ぐから早く乗れ」
「……すみません」
エルクは、渋々ではあるが了承してくれた。
馬車馬のように、という比喩表現はあるけど、まさか本当に馬車馬になる時が来るとは思わなかったな。
馬じゃなくて、竜だけど。
「本気で突っ走るから、せいぜい頭をぶつけないようにしっかり捕まってろよ?」
「ちょっと待ってください。そんなこと、いきなり言われても……」
俺は言うが早いか、全速力で駆け出した。
轟音をたてながら、ひたすら野をかける一つの疾風。
今の俺は、まさにそれだ。
「まだまだぁ!」
「ひ……ひぃぃぃぃ!?」
まだ初速ではあるが、優に時速50キロは超えているだろう。
馬車の速度が時速20キロであることから、圧巻のスピードと言える。
後ろの馬車がとんでもない音を発してるが、ハイになっていた俺は更に速度を上昇させた。
「ちょっ、ま! 落としてぇぇぇぇ!」
「なんだ? 降りたいのか?」
「そういう! ことじゃ! ないです!」
言いたいことは分かっていたが、俺はあえてしらを切った。
遅く着くよりは、早く着いた方が結果的には得だろ?
走り出してから5分経った頃、ようやく俺は村に戻ってくることが出来た。
最終時速は多分120キロくらいだったんじゃないか?
この世界では、驚異的なスピードと言えた。
「おーい、大丈夫か?」
「大丈夫、じゃ、ないです……」
馬車の中は、とんでもなく悲惨な状態になっていた。
それどころか、車輪も摩擦でかなり磨り減っている。
これはちょっとやりすきたかな……
今の短時間ですっかりやつれてしまったエルクはよろめきながら馬車を出るなり、適当な草むらに吐いてしまった。
あれは確かに酔うな……グロッキー状態に陥っても仕方ないか。
「アル様!」
村の中から、俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
もう振り返らなくても分かる。
騒ぎを聞きつけてか、駆け付けてきたのは村長のライナと、副村長のロウエンだった。