5.マスコット認定
宴の会場である村の中央広場へと無理矢理連れて行かれた俺は、既に集まっていた村人によって更にもみくちゃにされることになった。
あらゆる年齢層の男や女、老人層から子供までもが目の色を変えて迫ってくるさまには、流石の俺も参ってしまった。
「お、おい……もうやめてくれ……」
こうなったら竜の威厳も形無しである。
どうにか逃げ出そうとしても、身体が動くことはない。
いくら竜の膂力があろうと、出来ないものは出来ないのである。
こんな時こそ、反対派の出番だろうに、一向に出てくる様子はない。
本当に説得されたのか、それともまさか、この中に混じってるとかないだろうな……?
「ちょっと、この子は私が連れてきたのよ! 離れなさい!」
ライナはそう言うが、どちらかというと村人達の側だ。
今も血眼になって俺をもみくちゃにしようとしている。
というか、本当に目が血走ってない?
「うう……」
俺はもはや、まともに抵抗をしようとする力すらも失っていた。
まさか、こんなところでドラゴンの力をも超えるものに遭遇するとは……
ショタコン村人大暴走は、確実に俺の体力を奪っていく。
俺の精神が身体に引っ張られているせいか、涙目にすらなっていた。
その様子に嗜虐心が擽られたのか、より一層苛烈になり、もはや村人同士で俺の取り合いすら勃発していた。
「だ、大丈夫ですか!? 守護神様!」
その時だった、俺に救いの手が差し伸べられたのは。
副村長、ロウエンが、村人達をかき分けて俺の前までやってくると、さっきまで俺に執着していた村人達の気が一瞬そっちに向いたおかげで、力が緩んだ。
俺はその隙を見逃さなかった。
「あっ!」
どうにか野次馬から抜け出すと、誰かが俺が抜け出したことに気が付いたようだが、もう遅い。
家の上に飛び乗ることによってどうにかこの場をやり過ごすことが出来た。
今のはいくら子どもの姿であるとはいえ、俺の基本スペックが竜であるからこそ出来たことだ。
普通の村人では、ここまで来ることは到底出来ないだろう。
「流石にこれはちょっときついぞ……」
俺はげんなりとした気分で、ひとまず腰を下ろした。
あんなことがあって、俺の身体はまだ震えていた。
正直、俺も本気で死ぬかと思った。
実際、あまりの圧迫感に意識が落ちかけてたし。
家の周りには村人が囲うように集まっているが、実質この上に居るのは俺だけなので、口調に変化はない。
村人の前でも、見てさえ居なければ普段の喋り方が出来たりするのか?
今のあの中に突っ込む勇気は俺にはないけど。
「この村がショタコンの村だったなんて……」
俺が後退していたことにも驚いたが、こっちの事実の方がむしろ衝撃が大きい。
恐る恐る下を覗き込んでみると、ライナとロウエンが共同で宥めているところだった。
いや、ライナはそっち側じゃないでしょ?
むしろ、村人側だよね?
ロウエンが見下ろしている俺を気付いたようで、手を振ってきた。
「先程まではすみませんでした、守護神様! もう大丈夫ですので、降りてきてください!」
「本当か? 本当なんだな!?」
あれだけ身体に直接恐怖を刻み込まれてしまえば、流石に竜の本能も出る幕がなかったようで、俺は完全に素の口調に戻っていた。
「はい、ご安心を……おい! くれぐれも、手を出すんじゃないぞ!」
俺は少し怯えながらも下に降りるが、何もされることはない。
ようやく、ほっと一安心した。
「助かったよ、ロウエン」
「ええ、守護神様は大切なお客人ですから……しかし、酷く雰囲気が変わられましたな。口調までもが変わられておいでで」
「まあ、これには深いわけがあってな……」
ロウエンは少し興味深そうな表情を浮かべたが、それ以上詮索することはしてこなかった。
今回は、ロウエンに感謝しないとな。
でも、さっきのあれのおかげで、完全に本能の束縛が解けたわけだし、そっちにも感謝すべきか?
……ないな。
「流石に俺も疲れた。来たばかりで悪いが、帰ってもいいか?」
「もうお帰りになられるのですか? まだ、歓迎の宴は始まっておりませんぞ?」
「それでも、もう充分に歓迎されたからな……」
「そうですか……」
ロウエンは、少し落ち込んだ表情を見せた。
村人達も今更我に返ったのか、申し訳なさそうな顔をしてるし。
無関係なロウエンには酷だが、俺は罪悪感はないぞ。
元々、手を出してきたのはそっちなんだから。
だが突然、何かを閃いたようにロウエンが顔を上げた。
「そうだ! それならば、私の家で泊まりませんか?」
「ロウエンの家か?」
俺は筆舌に尽くし難い表情になった。
ロウエンには確かにお世話になったし、彼であればいきなり襲いかかってくる、なんてこともないだろう。
いくらなんでも村人達が家の中になだれ込んできたり、よる寝ている間に夜這い、なんてことはしてこないだろうが……ライナだけはありそうで怖い。
それでも、やっぱり既に染み付いた恐怖感はすぐに拭いきれるものではなかった。
でも、このまま帰るのもちょっとな……こんな形とはいえ、一応人との接点を持つことが出来て、その上で人間に対してだけだけど無事束縛からも抜け出せたわけだから、今まで空回りしてきた分、何かして帰りたい。
などと悩んでいると、次のロウエンの言葉に俺は反応させられることとなった。
「是非、お願いします! 精一杯、料理も振るわせていただきますので!」
「料理?」
そういえば、俺はここに来て料理を食べていない。
異世界に産まれて500年、一度もまともな料理を食べたことがなかった。
この状況、もしかして、料理を堪能出来るチャンスなんじゃ……
「行く」
即断即決だった。
まともな娯楽のない世界での、俺が楽しめそうな唯一の楽しみ。
自慢ではないが、元々引きこもりだったけど、これでも料理は大得意なんだよ。
異世界の料理、とんでもなく興味がある。
それでなくても、本当に超久しぶりの料理なんだから、早めに食べておきたい気持ちがあった。
人間にも化けられるようになったし、本当はもう自分でも作れるっちゃ作れるんだけどな。
道具がないし材料もないから、今の俺には無理だけど。
俺が決めたおかげか、ロウエンは歓喜するように顔を綻ばせた。
「本当ですか! では、早速案内させていただきます!」
「ああ、宜しく頼むよ」
俺はその場に呆然とするライナやその他村人を残したまま、お世話になることになったロウエンの家に向かう。
その後、結局その日は何事もなく終えることが出来た。
ロウエンが作った料理は、家庭的でとても美味しかったとでも言っておこう。
あまりに久々の人の作った料理に涙が出てしまい、ロウエンを困惑させてしまったかまそれも気にしてはいけない。
やけに濃い1日だったけど、かなり実りのある1日でもあった。
今までと比べたら、当たり前ではあるが。
この日から、俺の生活は劇的に変わっていくことになるのだった。