4.盛大な勘違い
本日、2話目
村へは、あっという間に到着した。
元々、いつも村人にもろばれするくらいに近くの距離を飛んでいたのだから、ライナの案内はなしでも問題ない。
村の側に降り立った時、激しい歓声が上がった。
「おお! 守護神様!」
嬉嬉として駆け寄ってきたのは、白髪と皺が目立つ、晩年の頃の男性。
俺は確信した、この人は間違いなく村長だと。
「お前が村長だな?」
間違っていたら恥ずかしいだけなので、一応質問はしてくる。
白髪の男性は、面食らったような表情を見せた。
「守護神様、一体何を仰るんですか。私は村長ではなく、副村長です。村長なら、守護神様のすぐ隣に居るじゃないですか」
今度は、俺の方が巨大な肝が抜かれた思いになった。
危なかった、このままではずっと勘違いさたままだった。
でも俺の隣なんて……
ちらと尻目に見ると、いつの間にか下りていたライナが恍惚の表情を浮かべていた。
まさかな……
「おい、ライナ。貴様、もしや村長ではあるまいな」
「あ、はい。そうですよ。私、言ってませんでしたっけ?」
……って、はあ!?
なんで村長が生贄に選ばれてんだよ!
あ、でもこの表情を見るに、自己申告の可能性も……それならおっさん、止めろよ! 副村長だろうが!
「お前……」
「生贄は自己申告です。だって私、どうしても守護神様に会いたかったのですもの!」
昇天でもするんじゃないかとばかりに興奮するライナに、若干俺のない表情が動かなくなる感覚に陥りながらも、目を逸らしてその場を乗り切る。
「村長であるライナがこの様子なのでな……副村長、お前に問おう。我をこの場に呼び出しておいて、如何するものか」
「もちろん、歓待の宴に決まっております! 私達は、今まで守護神に見守られていたのですから、然るべきことでしょう? あ、それと私のことは副村長ではなく、ロウエンとお呼び下さい」
そんなことを言われて、俺は何も言えなくなった。
全部自分のためにやっていたことなのだが、村人達には俺が追い払ってくれていたと思っていたらしい。
実際には追い払うのではなく、むしろ逆に来るのを待っていたのだが、村人達にそんな事情が知っているはずもない。
大体、ただ飛んでいただけでよくそんな勘違いが起きたな……誰が見たってわけでもないのに。
というか最後、ちゃっかり自己紹介も兼ねるとか、この人も随分と厚かましいな!
竜の俺を見て真っ先に恐れることなく近付いてきたし、ロウエンもかなり図太そうだ。
「ささ、早く、早く!」
めちゃくちゃにロウエンが急かしてくるが、一体何を……ああ、そういうことか。
早く村の中に案内したいから、人の姿になって欲しいってところだな。
もしかして、竜が人の姿をとれるって結構知られてることなのか?
俺、今までそんな話を聞いたことが……よく考えたら、他の竜と数回程度会話したことくらいしかなかったし、俺が知らないのも当然か。
だが、本当に俺が入っても大丈夫なのか?
ライナもああは言ってたけど、否定派が居なくなるとは全く考えられないんだが。
「ふん、我に人の姿をとれと言うのか。剛毅な奴だが、他の有象無象共が居るだろう?」
おい、俺!
いくら竜の本能によるものとはいえ、この言葉は言い過ぎだろう。
まず、何を言ってるか分からんだろうし。
「そこはご心配なく」
え、今ので通じたの?
しかもこの人、有象無象って言われても何の反応も示さなかったな。
一応、自分の村の民だろう。
ロウエンが自分の言葉の後に続けるように、一見屈託のないように見えるが、一物を抱えていそうな笑顔を浮かべた。
俺にはその笑顔の裏に、狡知的なものを感じ取れていた。
「全員にはしっかり、この私が直接誠心誠意をもって、やんわりと説得しておきましたから」
「う、うむ」
……どうやって?
その肝心の方法が気になるけど……何か怖いし、聞かなかったことにしよう。
「では、お願いします」
何を言う前に、そそくさと副村長はその場を離れた。
俺が村の中に入るのは、既に確定事項らしい。
まず、人の姿になれるかどうかはまだ分からないんだが……
俺は自分が人間の姿になった時のイメージを想像し、体内の魔力を全身に循環させる。
前世の日本にはなかったもの、魔法。
大まかに魔力を使って奇跡のようなものを起こすという地球にあるような典型的な力だが、今俺がやろうとしていることは魔法じゃない。
そもそも、魔法というのは魔力を体内から外部に放出することによって発動されるものなので、俺が今やっている体内での魔力の循環は、魔法とは言えない。
まあでも、やってることはそう変わらないんだけど。
魔力を使って、俺の姿が人であるという真実をねじ曲げる魔法のような力……名付けるなら人化の法とでもしようか。
どうやらしっかりと正常に発動出来たようで、魔力の光で包まれた竜としての身体が徐々に縮んでいくと、人としての身体へと変化した。
「おおっ、やっとせいこ……ふぇえ!?」
周りの村人すら目に入らずに1人喜んでいた俺が声を上げると、声が想像以上に高い気付き、幼い声を出してしまった。
まるで、まだ声変わりもしていない、それこそ小学生から中学生に移行する頃のまだ幼気のある声だ。
狼狽するように、慌てて俺の身体を確認する。
まず、俺の身体がちゃんと人間になってるのは分かった。
ただ、全身をくまなく触っていると、頭に触れたところで硬いものが触れた。
他にも、腰に人間の身体にはないはずの感覚もある。
人の姿になっても、角と尻尾が名残としても残っているようだった。
服もイメージで作ることが出来たようで、長いフードのある真っ黒のローブを多機能性ズボンと服の上から着込んでいる。
これも、俺の鱗の色がそのまま反映されているようだ。
これらに関しては、大掛かりな魔法を超えた妙法を行ったわけなので、副作用のようなもので元の姿の名残が残ったのだろう。
問題は、俺の身体が想像していたよりも小さかったことだ。
元々前世は高校生くらいの年齢で、今もその時のイメージで人化の法を行った……はずだった。
なのに、どういうわけか今の俺の姿は、小学生から中学1年生くらいの年齢になっていた。
せいぜい、10歳から12歳の間と言ったところだろう。
これも、元の身体に引きずられてるってことなのか?
500年は竜の中でもまだまだ若造だって聞いたことはあるけど、まさかここまでとは……
「か、可愛い……!」
俺の姿を見るなり、目を輝かせながらいきなりライナが抱きついてきた。
「は、離せ! 我は竜だぞ!」
「そんなの、今は関係ないです!」
そもそも、竜の姿のままだと入れないから人の姿になったんだけど!?
「村長、そこまでにしておいてください。こんな形でも、守護神様ですよ? 大体、守護神様を宴の場に案内しないといけないでしょう」
おお!
なんか途中失礼だったけど、流石副村長だな!
「はいはーい……じゃあ、守護神様、行きましょう!」
俺の身体は、ライナによって簡単に抱え上げられた。
いや、自分で歩きたいんだけど……
俺の心の嘆きも届かず、そのまま村の中に連れられていく。
俺の尻尾が、今の心境を体現するかのように頃垂れていた。