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転生したと言っていいのかよくわからないが、とにもかくにも、俺はどうやら異世界のとある少女に生まれ変わったらしい。鏡の中の少女、シオンから様々なことを聞き、わかったこと。俺の立場は侯爵令嬢というのにあたるらしく、それなりに有名な家柄だ。今現在は五歳であるが、近いうちに許嫁が決まるらしい。その相手はシオンよりも位が高いらしく、こちらから破棄するのは不可能ということだった。素敵な人と聞いたが、俺としてはそんなの妬みの対象にしかならないし、見た目は可憐な美少女だとしても、中身は俺なのである、心配しかない。それをシオンに伝えたが、ただ頑張ってと応援されただけだった。そんな応援、嬉しくない。
「大丈夫よ、いい人だから!格好いいし、優しいし、頭もいいし、紳士なの!」
「うっわ、俺の敵じゃん」
「今は女の子なんだから気にしなくて良いじゃない」
「中身は男の子なんですけど」
なんでよりにもよって許嫁の居る少女になってしまったのか。シオンによると、自分も死んでるから俺の魂が見ることができ、しかもふよふよと浮いていて暇そうだからと身体に放り込んだらしい。はた迷惑な話だ、ほんと。そのまま漂わせてほしかった。わりとガチで。
「いい奴なのはわかったけど、許嫁とか置いといても不安しかないんだが」
「私がサポートするから安心して。鏡ならどこでも移動できるの、凄いでしょう?」
「ほんと、自分でそういうこと言っちゃうから駄目なんだと思うぞ」
溜息を吐きつつ、手ごろな鏡がないかと引出を漁る。それを見たシオンが指し示す場所を探れば、コンパクトミラーが出てきた。鏡台へとそれを向ければ、シオンが移動するのを感じる。鏡を見れば、ただの鏡に戻ったのだろう、映るシオンはもう、俺の動く通りにしか動かなかった。
「こっちよこっち。無事に渡れたわ」
「凄いな、自由かよ」
「死んでるんだもの、自由に決まってるじゃない」
何を当たり前のことを、とばかりに言うシオンに、もはやそうですかという感想しか出てこない。まあ、何を言っても意味がないのだろう、ここは特に気にせずにいこう。なんて思っていると、不意に扉がノックされた。思わず椅子から飛び降り、ベッドへと飛び込む。傍にあった本をひっつかみそれでミラーを隠しながら、俺は努めて平然に扉向こうへと声をかけた。
「誰だ?」
「口調に気を付けなさい、怒られるわよ」
「ぐぅ……ど、どなたでございますでしょうか?」
「どなた?でいいのよ!この家では私がお嬢様、使用人への敬語は必要ないわ!」
「仕方ねぇだろ、俺はただの男子高校生だったんだから!」
ひそひそと話しながらも扉へと注目する。いや、本当に誰だ。使用人とか俺はまだ把握していないし、シオンに聞こうにも堂々と目の前で聞くわけにもいかない。鏡に話しかけるとか、どんな目で見られるか想像に難くない。なんてこった。
「お嬢様、ミリーでございます。入ってもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、ミリーね、ミリー。うん、よろしくてよ!」
「失礼いたします」
ノブが回され、扉が開く。現れたのは、綺麗な女性だった。まだ若いのだろう、もしかすると同じ年なのかもしれない。俺は今、見た目だけは五歳なのだけれど。そんな俺に、ミリーは緑の瞳を丸くし、不思議そうな表情をする。一つにまとめた茶色の髪が揺れた。少しくせ毛なのか、緩いウェーブになっている。
「お嬢様、朝食の時間でございます。体調が優れないようにお見受けしますが……」
「も、問題なくってよ。朝食ね、朝食。ええ、行きましょうか」
「どうか、ご無理はなさいませんよう」
「大丈夫よ、食べられるわ。むしろ早く食べたいくらい」
シオンの身体だからか必要以上に腹は減っていないものの、精神的には大会の後なのだ、がっつり食べたい欲はある。それをあくまでも隠しながら微笑めば、ミリーは一応納得したのか、わかりましたと頷いた。
「それではお着替えを」
「そうね、パジャマで行くわけにはいかないものね。着替え、着替え……」
部屋を見回し、クローゼットだろうものの扉に手をかける。それを慌てて制したのは、ミリーだった。思わずぎょっとして見れば、驚いているのはむしろミリーの方で。
「お、お嬢様、それは私の仕事にございます!」
「着替えが?!」
「ええ、勿論ですよ。何を言っているんですか、やはり体調が……」
「いやいやいや、大丈夫、元気いっぱいよ!じゃあお願いね!」
何から何までお手伝い精神らしく、扉を開けて服まで数着取り出される。ちょっと待て、まさか着付けまで手伝われるのか。ひとりでするんじゃないのか。これが貴族の普通なのだろう、少しばかり恐怖を感じるも、なんとかミリーに合わせた。着付けをしてもらうのにはなかなか勇気が要ったが。だって俺、男だぜ?なんとか終わった頃には、もう精神的疲労が半端なかった。早く飯食いてぇ。
「さあ、次はおぐしを整えさせていただきますね」
マジかよ。




