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クリスマスローファンタジー短編集企画  作者: ローファンタジー短編集・クリスマスプロジェクト
2/2

ワンダースノーランド~クリスマスイヴの魔法~(潮崎レオル)

 ショッピングモールに商店街、公共施設や個人住宅街に飾られている電飾が目に眩しい。そんな時期になった。ある家では少年がサンタが来るまで中に入らないと駄々をこね両親を困らせ、またある家では一メートルほどのもみの木の頂上に、少女が父親とともに金色の星を乗せた。

 クリスマスが翌日に迫る今日この日、町全体はお祭りムードだ。誰かとともに過ごす計画を立てる人も居れば、それを妨害する策を企てる人も居る。


 そんな中、ベージュのコートを羽織る、茶色の短髪の青年は、とあるマンションの裏の公園でただ一人居た。彼は俯き加減でキイ、キイとブランコを揺らし、動きを止めて溜息を一つ。気温よりも暖かな吐息は、寒さに冷やされ白い雲となり流れて行く。

 それが空間に溶けて行くのを細められた目で眺め、そして空を仰ぎ見る。どこまでも深い、しかし灯で白むそこには、明日にでも十五夜を迎えそうな白金色の月が煌々と輝いている。

 虚ろな瞳に月を映し、ただ空を見上げる彼は、再び溜息を零す。その時、藍色の空から真白い牡丹雪が、無風の中、ふわふわと街へ舞い降り始めた。

「雪だ……」

 青年は微かにそう呟くと、また少し俯き、キイ、キイ、とブランコを漕ぐ。家へ帰る様子もなく、誰に会う予定もないのだろうか、ただただ一人でその場に留まる。

 木枯らしが落ち葉を伴い、公園内を吹き抜けた。冷たい風に不意を突かれた青年は首をすぼめ、開けていたコートの前を閉めた。


 五分、あるいは十分ほど経っただろうか。同じ動作を繰り返す青年の視界に、白いウサギ耳が現れた。ぴょこぴょこと青年の視界を動くそれらは一体何なのかと、彼は視線を少し下に移す。そこでは、茶色のコートを着て緑と赤のチェックのマフラーを巻いた、黒茶の髪と白いウサギ耳を持つ小さな少年が、緑がかった大きな眼で青年を見つめながら、短い手を振っていた。

 少年は青年と目が合うと、少し嬉しそうに微笑む。

雪原ゆきはら叶斗かなとくん、だよね?」

 青年が目を丸くすると目の前の少年は、華やかな笑顔を青年――雪原叶斗に向けた。叶斗はそれをしばらく見つめると白い息を漏らし、視線を上げた。それに少年は衝撃を受け、

「おーいおーい、無視しないで!」

と、短い手を大きく振り、ぴょんぴょんと跳ねる。少年の上下運動の度に視界を上下するウサギ耳。それでも叶斗は無視し続けたが、五分経っても終わらず、彼に限界が訪れた。

「あーもう、いい加減にしてよ!」

 これが室内なら響くだろう大声でそう叫び、叶斗は視界を上下していた少年の白い耳を引っ張る。その途端少年は、ギャッ! と悲鳴を上げた。

「いたたたた! 引っ張らないでよ!」

 それに驚いて、叶斗はウサギ耳から手を放した。少年は両手で両耳を押さえ、涙目で彼を睨みつける。叶斗はもう一度少年のウサギ耳に触れようとすると、少年に手を払われた。

 叶斗は目を丸くして言った。

「え……本物?」

 少年は無言で頷く。言葉を失う叶斗。

 数分続いた沈黙の果てに、少年は右手で目を擦り涙を拭って、自己紹介を始めた。

「僕はスノウ。叶斗くん、君の未練を晴らすために来た妖精だよ」

 白いウサギ耳の少年――スノウの言葉に、叶斗はわずかに眉をひそめる。

「僕の未練を、だって?」

 彼の言葉に、スノウは自信に満ち溢れているのか、胸を張って頷いた。しばしスノウに冷たい光を送る叶斗。そして彼はブランコを降りスノウに背を向け、公園の入り口へと歩き去ろうとする。

 それを制止するかのように、スノウは高い声を響かせた。

「このままだと、彼女は一生部屋から出ないよ。それでも君は良いの?」

 叶斗はその言葉に立ち止まる。僅かに震える体の横に下げられた彼の両手は、固く握られている。

「彼女を外に出せるのは、彼女を救えるのは君だけ……」

「僕は何もできなかった!」

 スノウの言葉を遮るように叶斗は叫び、スノウの方を振り返った。彼の顔はしわくちゃで、涙でぐっしょりと濡れている。

「あの時は、僕が何かをしたわけじゃない。けれど、僕は何があったのかを後で聞かされただけだ。僕は、彼女を救えなかった。『絶対護るから』と言ったのに――!」

 大粒の涙が幾つもぼろぼろと、既にうっすらと白くなり始めている土に落ちる。叶斗は俯いて鼻をすすり、拳をさらに固く握る。そんな彼に対しスノウは、トコトコと彼に向かって歩を進め、彼の下で立ち止まり、叶斗の顔を見上げた。

「じゃあ、今度こそ『彼女』を助けようよ。過去に戻ってさ」

 叶斗は、そう言うスノウを見つめた。過去に戻るなど、時間軸が進行方向にしかないこの四次元では不可能で、スノウの言ったことは非現実的にもほどがある。

 しばらく目を丸くしていた彼だが、小さな少年を嘲笑い言った。

「できもしないことを――」

「できるよ。僕ならね」

 スノウは叶斗の言葉を遮って、自信あり気に言った。

「今の君が過去に戻って、『彼女』を助けるんだ。そうすれば『彼女』は篭らないでよくなる」

 明らかに少年の発想だ。しかしウサギ耳が本物だったということもあるため、あながち嘘でないのかもしれない。

「本当に……できるの?」

 少量の期待を含ませる声で、叶斗はスノウに問うた。それにスノウは、自信満々に頷いた。

 未だに信じられないが、もし仮に可能ならば今度こそ――。叶斗は『あの日』の記憶を脳内にめぐらせ、歯を軋らせる。そしてスノウの顔を見、言った。

「連れてって! 僕を、あの時へ!」

 スノウは、オーケーと呟くと、三回、高く跳んだ。

 二人の周りの暴風が吹き荒れ、そして辺りは静かになった。


   ***


 青年が目を開くと、木を思わせるチョコレートブラウンをした家がそこにはあった。

「僕の家……?」

 彼はその家の正面へ行き、表札を見る。そこには『雪原』と彫られている。彼――雪原叶斗は瞬きをした。幻影でも何でもない、彼の家がそこにある。

 彼はコートのポケットからスマートフォンを取り出し、日付と時間を確認する。示されていたのは、十年昔の今日その日、『あの時』の一時間前だった。

「ね? 過去、まだ君の家がある時間に戻ったでしょ?」

 スノウは笑ってそう言った。叶斗は口を開けたまま、首を一度縦に振った。

 ハと我に返り、叶斗は『今の時間』を思い出した。十年前のクリスマスイヴ、二十二時ゼロ分。彼の記憶が正しければ、一刻の猶予もないのだそう。叶斗は焦りを覚え、後先を考えずなりふり構わず、『自分の家』のドアフォンを押そうとした。

「ちょっと待って! 過去の君はともかく、親に会うのはまずいよ」

 その言葉に叶斗は静止した。そういえばそうだ。雪原家の電気は、どこもかしこも消えている。親に会うのもそうだが、まず起こしてしまうことは良くない。

 どうにかして過去の自分に会おうと考える叶斗に、スノウは右手で胸を叩いて言った。

「僕に任せて。中に入れれば良いんでしょ?」


 飛行機柄のベッドのある少年の部屋は、入り口から裏側の二階にある。手持ちにロープも何もない状況では、どう考えても侵入不可能……なのだが、青年とウサギ耳の少年は子供部屋の、少年が眠るベッドの横に立っていた。

「凄いね……まさか体を浮かせてベランダに降りて、ガラス窓を通り抜けるなんて……」

 ウサギ耳の少年はエッヘンと胸を張り、満面の笑みを顔に浮かべる。それに青年は苦笑した。不満そうな表情に変わったウサギ耳の少年を横に、青年はベッドの傍に屈み、眠っている少年をポンポンと叩く。自身に伝わる刺激に気づいたのか、少年は起き上がり、眠い目を擦る。

 少年は目の前に居る青年と、その横にあるウサギ耳に気が付き、飛び上がった。不法侵入者を目の前にしているのだから、仕方がないと言えば仕方がない。

「き、君たちは……?」

 体を小さくして布団に包まっている少年――叶斗に、青年はそっと微笑みかける。

「僕は、君がよく知っている人だよ。僕はこれから起こることを知っている。それを、君と一緒に防ぎたいんだ」

 青年の言葉に叶斗は不思議そうな色を浮かべる。目の前の青年は見たことがないし、未来がわかると言っているのだ。疑問を抱くのも不思議ではないだろう。

 しかしその疑問が晴らされるよりも先に、青年は早く早くと叶斗の腕を引く。

「ちょっと待って。全く意味が――」

 その時、隣の家から物音がした。青年がベランダに出てそちらを見ると、数人の男が、何かを包んだ布をワゴン車に積み込んでいるのが目に入った。後からベランダに出た叶斗は、どうしたの? と青年に問う。

 青年は叶斗の前に屈み、叶斗の目を真っ直ぐ見つめる。その顔は冷静だが余裕がないのか汗が一筋左頬に通っており、それに叶斗はよくわからない緊迫感を覚える。

「隣の家の女の子が誘拐された。彼女はこれから犯人の男たちにひどい目に遭わされて、これから先、家から出られなくなる――。それを助けてほしいんだ」

 急な話に、叶斗は目を白黒させる。物音がしただけで確証はなく、そもそも目の前に急に現れた人の話が信じられるほど、十四の誕生日を明日に控える叶斗は子供ではなかった。

「本当か嘘かもわからない話を信じろって? 誰かも知らない人を信じるなんて馬鹿なこと――」

「後で後悔するのは君なんだよ!」

 青年は眠っている人を起こさないように小さな声で、しかし強い調子で叶斗に言う。

「君は何もできなくて、全てが終わってしまってから一人で後悔することになる。それでも良いの?」

 青年の言葉に、叶斗は何もしなかった。それを見て青年は、もう良いと一言呟き踵を返し、ウサギ耳の少年と一緒に窓の外へ降りて行った。


 誰も居ない巨大な倉庫、その中に少女は、椅子に体を縛りつけられていた。猿轡を咬まされて助けを呼ぶことすらできない。

 目出し帽をかぶる数人の男たちはそんな彼女に向かい言う。

「何をしても良いぞ? どうせ誰も助けに来ない。お前は俺たちの玩具になるだけだからな」

 彼女は涙の溜まった眼で、男たちを睨みつける。それに彼らはただ嗤うだけ。どころか彼女の桃色のパジャマのボタンに、一人の男は手を伸ばした――

 突如、彼らの背後から、扉が開く音がした。振り向くと、仄明るい星灯ほしあかりを背にして、ベージュ色のコートに身を包む青年が立っていた。

「なんだ? お前」

 一人の男が青年に近づくと、額を何かで殴られ後ろに倒れた。他の男たちがそれを見ると、青年の左手に鉄パイプが握られているのがわかった。

 青年は静かに一歩ずつ集団に近づく。男たちは尻のポケットから携帯ナイフを取り出し構え、一斉に青年に飛びかかって行く。青年は鉄パイプを両手で握り、一人一人の急所を的確に狙い片づけて行く。一分もたたずに、一人の男を残して、男たちは青年に倒された。

 青年は右手に鉄パイプを持ちかえ、残った男に向けた。

「今ならまだ遅くない。彼女を解放しろ」

 にじり寄る青年に男は腰が引け後ずさる……と、突如不敵な笑みを浮かべ、着込んでいたカーキのダウンジャケットの胸ポケットに手を突っ込んだ。

 倉庫内に銃声が反響し、青年はその場に崩れ片膝をついた。彼のベージュのコートの脇腹辺りに、赤い液体が滲む。

「俺がお前なんかの要求を簡単に呑むと思ったか?」

 男は青年を見下げ嘲笑う。青年はそんな男に鋭い眼光を送るが、先ほどのダメージのせいだろうか、体が全く言うことを聞かない。男は撃鉄を落とし、照準を青年の額に合わせる。もう駄目かと青年が目を固く閉じたその時だった。白のジャケットを着た若い男性が銃を持つ男の背後に現れ、当の男の後頭部に廻し蹴りを蹴り込んだのは。

 男は目を白くし、泡を吹いてその場に倒れ込んだ。それを合図に制服姿の警官が幾人も入ってきて、倒れている男たちに手錠をかける。

 青年が振り返ると、入り口には肩で息をする叶斗少年が居た。彼は青年に駆け寄って、息の上がったまま、青年に向かって話す。

「隣の家に行くと本当に琴葉ちゃんが居なくって、琴葉ちゃんのお父さんとお母さんを起こして一緒にすぐに警察に行ったんだ。それから警察の人が『この倉庫にタムロしている不審な男たちが居るからもしかして』って言って、ここに来てくれたんだよ」

 青年は彼の言葉にうんうんと頷き、叶斗の頭にそっと手を置く。

「ありがとう。君のおかげで彼女は無事だよ」

 椅子のほうを二人で見ると、先ほどの白いジャケットの男性が、少女の縄をほどいていた。叶斗は彼女の下に駆け寄ると、彼女は彼に抱きついた。

「叶斗くん、助けてくれてありがとう。『絶対に守る』って約束を守ってくれてありがとう……!」

 怖かった。そう泣き声を上げる彼女――琴葉を両手で抱き、右手でそっと頭をなでる。実際は警察を呼んだだけだからなのか叶斗は少し微妙な顔をしているが、傍から見ると十分に羨ましく、微笑ましい光景だった。

「良かったね、彼女を助けられて」

 ウサギ耳の少年――スノウにそう微笑みかけられた青年――叶斗は、静かに首を縦に振った。

 じゃあ、そろそろ。一言そう呟いたスノウは三回高く跳んだ。二人の周りの暴風が吹き荒れ、そして辺りは静かになった。


   ***


 それから叶斗少年は、両親が不慮の事故で亡くなり、住んでいる家を強引に売り飛ばされ、心優しいアパートの大家さんに拾われて一人暮らしをすることになった。

 しかし、彼は一人ではない。琴葉が、いつでも彼の傍に居た。


 そして十二月二十五日の夜。ビッグツリーの下に、叶斗青年は居た。

「叶斗くんー!」

 名前を呼ぶ高い声が聞こえ、そちらを向く。そこには、紺色のコートを着た、花色のスカートの女性が居た。琴葉だ。彼女は部屋に篭ることはなく活き活きと育ち、誰もが憧れるような美しい女性となって居た。

 叶斗は少女に微笑みかけ、

「じゃあ、行こうか」

「うん」

 ここから二人の物語が動き出すのだが、それはまた別のお話。

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