表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺がイバラ王子と○○するわけ  作者: 松本ベケット
1/1

俺がイバラ王子と一緒に寝るわけ

 



  日本人の【和心】をくすぐる、しっとりと慎ましやかな鬼灯ほおずき色・・・。

「三番テーブルにロマコンのピンドン割りお願いしま〜す♡」

  それを基調にした和モダンなインテリアと、そこに漂う、はんなりとした白檀びゃくだんの香り・・・。

「七番テーブルにフルモリ入りました〜♡」

 そんな雅感たっぷりの接客フロアーから次々と飛んでくるオーダーに「三番七番、通りました!」と受け応えている俺は、山本眞秀やまもとましゅう、二十三歳。

  今年の春、理由あって田舎から上京してきたばかりの、おのぼりブサメンフリーターだ。

  ハァ〜、いそがしい、いそがしい!

「おいマシュー、ボーイが全員接客中だから三番テーブルのオーダーを代わりに持って行ってもらえるか?」

「了解です。えっとお盆は・・・」

「お盆じゃなくてトレンチだ。カウンターの下にあるだろ」

「・・・あった、じゃあ行ってきます!」

 そんな俺なんだけど、今現在は新宿繁華街で絶賛営業中の女装ショーパブ『ブラックバード』でバイトバーテンダーとして働いている。

 お店は連日大盛況。

 毎日目が回るほど忙しい。

 ほんの一ヶ月前まで「前は海、後ろは山」ていうド田舎で暮らしていた俺にとっては、かなり不慣れで不規則な生活だったけど、ある『目的』を果たすためには、どうしてもこの【新宿】の【ゲイバー】で働く必要があったんだ。

「お待たせしました。こちら御注文のロマネ・コンティのドン・ペリニヨンロゼ割りでございます。ごゆっくりどうぞ」

「あらびっくりマシューちゃんじゃないの。どうして貴方がボーイをやってるの?」

「みんな出払ってて手が足りなかったんですよ。じゃあ俺はこれで」

「シゲルママ、可愛いボーイだね。ちょっと座ってもらいなさいよ」

 正確にはボーイじゃなくてバーテンダーなんだけど、一見教授風のチョビ髭おじさんが「ほんの少しでいいから、無礼講でかまわないから」とシゲルママにゴリ押ししたもんだから、けっきょくロマコンのピンドン割りを一杯だけ付き合わされることになってしまった。

 ・・・いや、でも待てよ。たしかシゲルママ言ってたよな。

 ロマコンのピンドン割りはバブル崩壊期を乗り越えた破格の成金しかオーダーしないって。

 てことはこのひと、昔からこの界隈で派手に遊んでるってことか。

 なら【あのこと】も知ってるかもしれない!

「ほら遠慮せずに飲んで飲んで。きみ新顔だね?」

「はい、先月から働かせてもらってます。あの、ちょっと質問し・・」

「名前は? 歳はいくつなんだい?」

「あっと、真秀ていいます。歳は二十三です」

「見えないね〜。まだ学生かと思ったよ」

「アハハ、よく言われます。ちなみに田舎臭いっていうのも」

「悪く言えばだね。私に言わせれば愛らしくも凛として萌えさかる若葉のようだ」

 瞬間ふうっと生温かい息を耳に吹き込まれて、背中にがゾワッと鳥肌が立った。

 まずい。これはシゲルママが言ってた危険信号、緊急避難の合図だ。

「ア・・・アハハッ、初めて言われました。ゴクッゴクッ、プハー! ごちそうさまでした。最後に一つだけ質問しても良いですかっ?」

「ちょっと痩せすぎだけど、この首筋のラインが色っぽくて良いねぇ」

「っ!」

「黒髪のベリーショートも今風じゃなくて好感が持てるし、小柄な手脚も、実にキュートだ」

 ねっとりとした口調、汗ばんだ手のひら・・・・。

 もう無理っ!

「おおお、俺はこれでっ・・」

「あら伊東社長、いらしてたんなら仰ってくださいよ。それとも、もうアタシに飽きちゃったんですか?」

 今にも逃げ出さんとしていた俺の背後からヌッと現れ、ゴールドのスパンコールドレスのお尻を俺とお客様の間に無理やり押し込んできたのは、豪快明朗なキャラクターとテイラーばりの美貌で大人気の女装家さん【イザベラさん】だった。

 イザベラさん、助けてっ!

「な、なに言ってるんだイザベラ。私がお前に飽きるわけないだろう? ちょっと見慣れない子がいたから、挨拶してただけだよ」

「それなら良いんですけど」と溜息混じりに言ったイザベラさんが、巨大な付けまつ毛に縁取られたアーモンドアイを細めて、俺を見た。

「マシューちゃん。貴方バーテンダーのくせに接客するなんてルール違反でしょう。それにシゲルママ、こんなド素人を伊東様のテーブルに着かせるなんて、シゲルママらしくないわ」

 背筋がゾクッとするような冷たい低音。ひたひたと伝わる、深ぁい怒り・・・・・。

 ヒイイィッ!

「ごご、ごめんなさいねイザベラちゃん! マシューちゃん、光速で持ち場に戻って!」

「はいぃっ!」

 いろんな意味で命からがら逃げてきた俺は、店の最奥で渋く照り輝いているマホガニー製のバーカウンターに、そそくさと滑り込んだ。

「お、マシューおかえり。遅かったな」

「長く抜けちゃってすみません、園さんっ」

 園さんこと園田義一郎さんは、俺に水商売のイロハを教えてくれているベテランバーテンダーだ。

 でもそれだけじゃなくて、上京してこっち困ったことがあれば何でも相談にのってくれている東京の父親みたいな存在だった。

「マシュー、おまえまたショタコンの助平オヤジに絡まれてたのか」

「アハハッ、見てましたか」

「笑いごとじゃないぞ。あそこでイザベラが割って入らなかったら、泣くまで悪戯されてたとこだぞ」

「あはは、はは・・・」

 たしかに笑えない!

「ったく。そんな嫌な思いまでして調べる価値があるのか? あんなオカルト話」

「オカルト話?」

「本当か嘘かわからないが限りなく後者に近い噂話だよ」

「園さん、それはオカルトじゃなくて都市伝説。でもって俺が捜してる【新宿金ネズミ】は後者です」

「どっちでも同じだろ。ていうかお前、ほんとにソレを見つけたら、ここ辞めて田舎に帰るのか?」

「あ・・・すみません。園さんやシゲルママには凄くお世話になってるんで、心苦しいんですけど・・・」

「まぁいい。とりあえず見つけたら真っ先に俺に知らせろよ?」

「はい。もちろん」

 新宿金ネズミ伝説。

 その都市伝説を知ったのは去年の暮れ。

 上京してくる三ヶ月前のことだった。

「兄ちゃん兄ちゃん、ちょっとこれ見て。こんなの本当にあったら凄いと思わん?」

 幼い頃は虚弱体質だったけれど高校生になってから剣道の才能が開花した弟が、部活中の怪我をきっかけに右脚の手術をすることになった。

 ちょうどその頃、同病院で介護士として働いていた俺は、自分の休憩時間なんかを使って弟の世話をしていたんだけど、ある日の消灯間際、弟が興奮した様子でスマホの画面を見せてきたんだ。

「噂じゃない都市伝説集?」

「実在する可能性の高い伝説を集めたサイトなんやぁけど、兄ちゃん、ちょっとここ読んでみて」

「なになに・・・。最近、新宿繁華街で目撃者多数の都市伝説がある。それは【新宿金ネズミ伝説】。といっても、遺伝的に色素が薄いネズミが深夜の路地裏を徘徊していた、などということではない。実は【新宿金ネズミ】とは、どんな怪我や病気でも必ず治癒させることができるという神医師が経営しているクリニックの名称なのだ。その医師の診立てはまさに神業で、来院した時には車椅子だった患者が、帰る頃には自身の足でスタスタと歩いて帰れるほどだという。ただしクリニックは新宿繁華街の某ゲイバーの間にあるため、一見さんには非常に見つけにくいらしい・・・。」

「どう思う?」

「え?」

「俺の脚。診てもらったら、治るかな?」

「・・・とりあえず今は明日の手術に集中しよ。それで駄目やったら俺が必ず金ネズミを捜して、穣の脚を診てくれるよう頼んでやるけ。な?」

「マジで。なら頑張ろうかな、手術」

 結果としては、弟の手術は失敗だった。

 執刀医の望月先生は全力で手術してくれたけど、弟の患部が予想以上に悪化していたため、元の身体には戻れなかった。

 だから俺は捜しに来たんだ。必ずこの新宿界隈にあるはずの『新宿金ネズミ』を。

 たとえ助平オヤジたちから嫌な目にあわされたとしても、絶対に情報を聴き出して、そこに辿り着いてみせるんだ・・・!



「じゃあお先にしつれいシマ〜ス」

「お疲れ様でしたジャバ美さん。夜道気をつけてくださいね」

「イヤンありがとマシューちゃん、そんなこと言ってくれるの日本でマシューちゃんだけよン〜♡」

「おいジャバ美、マシューに抱きつくな。さっさと帰れ」

「もうっ、園さんたら、わかってるわよン。じゃ、お疲れんこん〜」

「アハハッ、お疲れ様でした」

 閉店後の終礼が終わり、うっすらと顎が青ばんできたネーサン達も全員帰路に着いた、午前四時半。

 俺はいつものようにウエイター服のベストを脱ぐと、さっそく閉店後作業に取りかかった。

「各テーブルのチャームはボーイさんたちが片してくれたから、あとはタンブラーとフルートを洗って、酒類の補充を・・・あれ?」

 そういえば、ミサオ君はどこだ?

 たしか閉店間際、化粧室のチェックに行くって言ってたような・・・。

 まさか。

「ミサオ君、ミサオ君、まだ中にいるの?」

 歳下だけど俺の先輩アルバイトで、営業中はボーイ、閉店後はメンテナンス要員として働いている安藤[[rb:節 > みさお]]君を探しに店の化粧室に来てみると、やっぱり使用中の『赤』になっていた。

「園さんは事務室だし、ネーサン達は帰ったから、やっぱりミサオ君だよな・・・。ミサオ君、ミサオ君? いるなら返事してくれない?」

 もしかしたら中で倒れているかもしれないと思い、呼びかけながらドアをノックしていると、中から微かにミサオ君らしき声が聞こえてきた。

『・・・まっ・・・・い・・・・てぇ・・・!』

 まいてぇ? て、もしかして呂律が回ってない?!

「ミサオ君、もしかして具合が悪いの? だったらとりあえずここを開けてくれない? ミサオ君、ミサオ君っ!」

 すると微かな軋音をたてながらドアが薄く開き、そこから上気したミサオ君の美形が覗いた。

「ミサオ君、大丈夫っ?」

「マ、マシュー、いま取り込み中だから、先に作業、やってて」

「取り込み中って、やっぱり具合が」

 悪いんじゃないのっ? とは言えなかった。

 なぜならそのとき背後から「眞秀、みーつけた♡」と怪力で羽交い締めされてしまったから。

 ナナナ、ナンダ?!

「ようやく見つけた。ほらほら、今日は閉店作業サボって一緒に帰るわよ」

 その声はさつきさん!? と気付いたときには既にもう客席フロアーまで引きずって来られていて、さらにズルズルズルズルと・・・。

 最終的に連れ込まれたのはスタッフルームこと『更衣室』だった。

 チョット!?

「皐さん、急になんなんですか!」

「眞秀がミサオと気まずくならないように助けてあげたんじゃない」

「は?」

「つまり、こうゆうこと」

 雄の表情をした皐さんからチュッと優しいキスを受けて、そのあと、何度も啄ばむようなキスが降ってきて・・・・・・。

 ドワアアッ!?

「いいい、いきなり、なにするんですかっ?!」

「きっとミサオも、今の眞秀みたいな気持ちだったはずよ?」

「はぁ!?」

「あの化粧室には、もう一人いたって言ったら、わかるかしら?」

「もう一人って・・・・・・ええっ!?」

「まぁでも仕事をサボってシッポリやってたんだからペナルティは与えないとね。てことで園さんの了承は貰ったから帰りましょ♡」

 羞恥で発火してしまいそうな俺の代わりに、俺の蝶ネクタイを外しはじめたこの超絶イケメンは、加賀皐かが さつきさん。三十二歳。

 源氏名『イザベラ』で親しまれている人気女装家さんで、実は俺の【なんちゃって彼氏】でもある。

「あれ? 皐さん、この高そうなライダースジャケットとジーンズ、もしかしておニューですか?」

「眞秀と歩くために男装してたら、なんだか極めたくなってきちゃってね。出勤前に表参道に寄って買ってきたの。どうかしら?」

 どうかしらって・・・皐さんはもともと長身のうえに【脱ぐとスゴイ】隠れマッチョだから、そこに清潔感のある美貌とハードなファッションが相俟って、まるでメンズファッション誌のブランド広告ページから抜け出してきたスーパーモデルみたい。

 お洒落でクールでオーラがあって、すごくカッコいい・・・・。

 あまりのかっこ良さに気恥ずかしくなって俯いたら、節くれだった長い指が追いかけてきて、そして・・・・・・。

 ドワアッ!? ままま、また俺皐さんに流されてるっ!

「皐さんっ、あくまでも俺たちは【なんちゃって】なんですから、こうゆうことはやめてくださいっ」

「じゃあ、なんちゃって関係、解消する?」

 え?

「でもそうしたら眞秀が困るんじゃない? この界隈はセックスに飢えたゲイやアッチ系の危ない輩がわんさかいるのよ? そこに田舎者まる出しのノンケシングルが『金ネズミ知りませんかー?』なんてクンクンやってきたら、あっというまに丸裸にされて、いろんな意味で美味しくいただかれちゃうわよ」

 ゔっ・・・。

「だったら沖縄空手黒帯のアタシにキスのサービスをして、守ってもらいつつ伝説の調査したほうが得策じゃない?」

 ゔゔッ〜〜・・・。

「ま、本音をいえばキスだけじゃなくて恋人にしたいとこだけど」

 え?!

「ノンケの眞秀にはハードルが高すぎるから、お子様キスだけで協力してあげる。さぁ、どうする?」

「・・・どうぞ、お手柔らかにお願いします・・・」

「こちらこそ、眞秀ハニー♡」

 こんな感じで俺の事情から【強くてオシャレな二丁目系彼氏】を演じてくれている皐さんなんだけど、実は俺の【家主さん】だったりもする。

「そうだ。ねぇ眞秀、今日こそアレ、作ってくれない?」

「あれ?」

「ブタジルよ、ブタジル。作ってみてくれるって言ったじゃない」

「いやいや、前にも言いましたけど、うちの田舎のブタジルと東京のトンジルは呼び方が違うだけで同じ物なんですよ。それより柔軟剤と薬用石鹸を買って帰ってもいいですか?」

「前にも言ったけど、買い物は眞秀に任せてるんだから、いちいちアタシに断らなくてもいいの。好きなだけ欲しいものを買ってちょうだい」

「好きなだけって・・・そんなこと言ったら超高価な物ジャンジャン買っちゃいますよ?」

「たとえば?」

「えっと、無農薬で栽培された十穀米とか、究極の無添加減塩味噌とか?」

「アハハッ。眞秀が欲しいものなら高価でも許すわ」

 実は俺、東京に出てきた時には、貯蓄はおろか手持ちの現金もほとんど無くて、とうてい都心にアパートを借りられる状態じゃなかったんだ。

 だけどある暴行事件に遭遇したところを皐さんに助けてもらったのをきっかけに、あれよあれよというまに今現在の仕事と住居が来まっちゃったっていうわけ。

「そういえば俺、まだ皐さんに御礼してませんでしたね」

「御礼って何の?」

「コインランドリーで助けてもらった時のです。あのとき皐さんが止めに入ってくれなかったら、今頃俺、どうなってたかわかりませんから」

「あぁ、あの官僚崩れね。今思い出しても腹が立つ。もっと強烈な金蹴り食らわしてやりゃよかった」

 あはは、あの時の蹴りでも泡吹いて気絶してたから、充分だけど。

「それだけじゃないです。こうして仕事と寝場所の世話までしてもらって、俺、どうやって恩返しすれば良いですかね?」

「もう御礼なら貰ってるわよ。こうしてアタシの側にいて、楽しそうに笑ってくれてるだけで充分よ」

 ん〜?

「それって御礼になってます? 俺が快適なだけじゃ?」

「アハハハッ。でも快適じゃないこともあるでしょ?」

 チュッと掠め取るようなキスをされて、俺は「ドワアッ!?」と飛び退いた。

「よーし、眞秀の唇でフル充電したし、さっそく伝説調査に行きますか!」

「・・・はい!」

 皐さんは優しい。

 ちょっと強引でふざけたところもあるけど、正義感が強くて世話好きで、善い人だ。

 だからこそ一日も早く新宿金ネズミを見つけて、一日も早く田舎に帰らなくちゃいけない。

 これ以上、ここの人達に、情が移らないうちに・・・・。



「はいはい、例のゴールデンマウスのことでしょ? ちゃんと常連さん達に聞いておいてあげたわよ」

 ミサオ君のおかげで(?)いつもより早く伝説調査に繰り出せた俺たちは、まずは新宿二丁目で長年営業を続けている老舗ゲイバー『ベケット』へやって来ていた。

 ちなみに。新宿には沢山のゲイバーがあるけれど、その出店場所によって客層が違うそうで、二丁目のこの辺りには女装をしない男性同性愛者向けの店が多く出店していて、一方、ブラックバードのある繁華街や三丁目あたりには、皐さん達みたいな女装家や女装愛好家向けの店が多いんだそうだ。

 ・・・たしかに、二丁目のゲイバーのママって、オネェ言葉使ってるわりには男装だし、ヒゲも濃いよな。うん。

「ちょっとジョージママ、ゴールデンマウスじゃなくて新宿金ネズミなんですけど?」

「わかってるわよ、冗談に決まってるじゃない。それより昨日、久方ぶりに西条御大がいらしたから聞いてみたんだけど、たしかに昔、歓楽街のどこかに評判の良いクリニックがあったらしいわよ」

「本当ですか⁉︎」

 興奮しておもわずスツールから立ち上がったら、カウンターの中で葉巻を燻らせていたジョージママが「やだもうシュガーちゃんたら、興奮しちゃってカワイイ♡」とウインクしてきた。

 あははは。とりあえず着席します・・・。

「お手柄よジョージママ! で、今もあるみたいなの? そのクリニック」

「御大もそこまでは知らないって。それに自分が直接診てもらったわけじゃないらしいわ」

 やっぱり噂止まりか・・・・。

「ていうかぁ、そもそもアンタたちが捜してるその医者って、表の人間なのぉ?」

 え?

「もしかして、モグリだったりして」

 モグリと聞いてギクリとした俺に、皐さんが「眞秀?」と気遣い声をかけてきた。

「皐さん・・・ジョージママが言ってる【もぐり】って、医師免許を持ってなかったり違法治療をする医者のことですよね?」

「あー、まぁ、そうね。ここは東京の魔窟だから、そうゆう輩もいないでもないかもしれないわね」

「そう、ですよね・・・」

 そうゆう存在を映画やドラマで観たことがあるけど、たしか彼らは暴力団と繋がっていて、カタギとはめったに接触しないんだよな。

 つまり、都市伝説級に手の届かない存在ってこと・・・・・・。

「あらやだ、地の底まで落ち込んじゃったわよ、この子」

「ジョージママのせいでしょ。眞秀を傷つけたらママでも許さないわよ?」

「うわやだ、そんなこと言う?! この子よりアタシとの付き合いのほうが長いでしょうよ!」

「ジョージママは、いわば親。眞秀は、特別な人だから」

「皐ぃ、アンタ相変わらず【イバラ王子】続行中なのね」

 ・・・・イバラ王子?

「いつも好きになるのはノンケのチェリーばっかり。しかも相手には必ず他に大切な人がいる。なんでわざわざ茨の道を選んでザックザク突き進むかしらねぇ〜。そのまんまボサッと立ってれば女も男もよりどりみどりはエビナの子〜なのにねぇ」

「ジョージママの地雷爆破癖が治らないのと同じでしょ」

 ・・・わざわざ茨の道を選ぶからイバラ王子、か。

 こんな国宝級のイケメンに生まれてもそんな感じなら、生まれつきのギネス級ブサメンの俺は、打つ手無しってことだな・・・・・。

「あらうそ、なんでこの子ってば更に落ち込んじゃってるのよ」

「だからジョージママは地雷踏みすぎだっつーの!」

 そんなこんなで結局決定的な情報が得られなかった俺たちは、早々にベケットを後にすると、他のゲイバーを二軒ほど回ってみた。

 けど、ここ連日の調査同様、どこのゲイバーでも有力な手がかりは得られなくて・・・空は白んできたし、お腹も減ってきたしで、近所の二十四時間スーパーで買い物をして帰路に着くことにしたのだった。

「眞秀。もう寝た?」

 いつものようにシェアしてもらったダブルベッドの窓側で眠りかけてた俺に、皐さんが例のうなじがくすぐったくなるような低音を投げてきた。

「まだ起きてました。なんですか?」

「今日、ジョージママが言ってたこと、覚えてる?」

 ジョージママ・・・て、ああ。

「もぐりのことですか?」

「まだ決定したわけじゃないんだから思い悩んじゃダメよ? それに、もし本当に金ネズミがモグリだったとしても、アタシがなんとかして会わせてあげるから。ね?」

 皐さん・・・・!

「はい。ありがとうございます」

「眞秀の大切な弟くんの為に、また明日から頑張りましょうね」

「はいっ」

「てことでハニー、おやすみのキスをプリ〜ズ♡」

「え、うそ、ウギャアアァッ!?」

 こうして俺は今日もまばゆい朝陽の中でイバラ王子と眠りにつくのだった。




つづく

この作品に登場する人物、場所、団体はすべてフィクションです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ