捕縛
三成包囲網は着実に狭まり、遂に福島正則の兵が近江春日村に三成が潜伏しているという情報をキャッチする。
「憎き三成の居所がわかった。これを田中吉政に伝えよ。」
田中は、福島からの書状を受け取り、春日山に兵を進ませた。この中の一団に藤堂家から5名程参加することになった。田中は、三成と旧知の仲で共に秀吉の天下取りと政権を支えてきた。しかし、運命は皮肉にも二人を裂き、一方は追う身、もう一方は追われる身という状況を生み出した。
「長連房じゃ!者どもも我とともに追討軍に参加するぞ! そこにおる二人は、この役から御屋形様に仕える身となったと聞く。おおいに奮戦せよ!」
「はっ。我ら政信と太郎、御屋形様に忠誠を誓い、粉骨砕身、己の身を顧みず働いていく所存であります!」
この掛け声に長は、満足そうな顔をし、そして一行は、春日村に向かった。
春日村に入り行動を分けて捜索を本格化させた田中隊は、村人を脅迫し、中には拷問まで行い三成の行方を吐かせていった。三島は、自らの出自が農家であることもあり疑問を抱き、脅迫を止めようとした。
しかし、政信は、こうした行動を取れば三成が送った間者だと怪しまれるのではないかと危惧し、三島の行動を制止する。
「納得行きませんよ、大佐。ただ、堪えよと言われればそうする他ありません・・・・。」
政信も口を真一文字にし、深刻な表情を浮かべていた。冷徹な男でもこのような中世の悪弊は好ましいと思えないのだ。
政信らの隊は、三成が篭るとされる古橋に至った。
軍人の勘が鋭く働き、政信と三島は、二人で捜索をした。怪しげな洞窟を見つけた二人は、中から人の息づかいを感じ、洞窟内に突入した。
中には、髪と髭が伸びきりやつれた表情を浮かべている男を見つけた。
「我が命運もこれまでか。ここで斬るか、あるいは捕縛し古狸めに献上するのか。」
「石田様とお見受けします。我々は、石田様の追討軍でございます。」
「はやくどちらか選べ。」
運命を悟った三成を見て、政信と三島は、心から同情の念が沸き起こった。二人は、明治以降の教育を受けている。徳川幕府をどこかで悪と認識し、封建制への批判精神を持ち合わせている。
「石田様。これは米兵から強奪したチョコレートという菓子です。どうぞ。」
三島は、憔悴しきった三成の口元にチョコレートを持っていく。
「チョコレートとは、一体・・・・。貴様ら何者じゃ?」
政信は、三島の行動が招く厄介ごとをこのとき理解した。
「こら、三島! すいません、戯言にございます。・・・・といっても聡明な石田様には見破られましょうな。」
政信は、未来人であることを知られたくなかったが、三成にある種のシンパシーを感じ、ここまでの道のりと出自を明かした。なるべく理解ができやすいように。
「そんなものは、信じれるものではないが。お主らがたんなる古狸の犬でないことは、目を見てわかる。その菓子は、頂けぬ・・・・。」
「ならば、一口だけでも。」と三島は、続ける。
「・・・・いや、腹を壊すゆえ。お気持ちだけ頂戴しておく。」
政信は、ニヤリとした。昔、本で読んだエピソードを思い出したのだ。三成が処刑される寸前、ある兵が三成に冥土の土産にと柿を差し出した。
それを「腹を壊すから」という理由で食べなかった。この話を今思い出した。
「未来に帰れないならば・・・・そういうことを考えると心苦しいのです。このまま行けば豊家は、家康に滅ぼされます。」
「やはりか。」
三成は、その未来を確信していた。それゆえ危険な行動を選択した。ただ、結果は、もう出ている。自らが運命に抗うことはもう叶わない。
「お主らが出来ることは、限られていよう。が、その中で、なんとしても秀頼君をお守りしていただきたい。」
「わかりました。出来る限りやりたいと思います。」
三成がニヤッと初めて笑った。この笑いに釣られ、政信と三島もかすかに笑う。
三成と遭遇したこの時間は、あっという間にタイムオーバーとなった。
「そこで何をしている!! でかしたぞ!!三成じゃ、お主ら二人が発見したのだな!!」」
政信が三成ではないと否定しようとしたとき、
「私が石田治部少輔よ。連れてまいれ。」
三成自ら、白状をし、家康のもとに連行されていった。
これ以前に捕縛された小西行長や安国寺恵瓊とともに大阪城に連行され、辱めを受けることになる。