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上方

 高虎は、大坂城を目指す航海の只中に居た。1607年の正月のことであった。何をしに上方に上るのかというと秀頼への新年の挨拶と秀忠の将軍職就任を祝う宴に参加するためである。

御供には、家老の渡辺官兵衛、そして、辻政信が居た。総勢、三十程度であった。一行を見物しようと旅路の村人が押し寄せるなどして落ち着かない。それほど、甲冑姿に身を包んだ武者が格好良く見えたのであろうか。政信も、甲冑姿に身を包み刺客が現れないか監視しながら行軍を続けていた。


「御屋形様、先にどちらに参られます?」

「むろん、伏見におわす大御所様と上様じゃ。」

家臣の問いかけにこう返す。高虎は、すっかり豊臣家に対する想いを無くしているようだった。

「しかし、それでは、秀頼君は、良い気をしません。よいのですか。」

政信は、密かに豊臣に肩入れしたいと思っていたので、質問を発した。

「よい。」

高虎の言葉は、この一言だった。政信は、これ以上の追求は、せず、他の家臣も黙って親分の行動に従う。


「これは、これは。よお参られた。さぞお疲れであろう。織部、茶でもてなせー。」

家康は、上機嫌で一行を出迎えた。茶人、古田織部が待つ茶室に案内され、ここで織部と家康、高虎の三人で茶会が開かれた。


「いやはや。さすが御茶頭様。それがしも茶を極めねばならぬと思おており申した。感服感服。」

「それがしの茶は、まだ亡き宗匠には、敵わぬて。しかし、高虎様。聞きましたぞ。大坂よりこちらに先に参られたと。」

家康が、少しぎょっとした顔をした。まるで、大坂へまず向かうことが基本であるという意味として捉えたからだ。

「当たり前かと。新将軍に拝謁し、忠誠の誓いを新たにしたいと思いまして。御恩と奉公というものなれば。」

家康がにやりと笑っている。

「いやはや。そのような心意気でございますか。天晴れでござる!」

場の空気に焦りを感じ、織部も家康のご機嫌取りを始めた。

伏見での祝いの宴や会談は、儀式的に終わり、特に深い話も無かった。懸念していたのは、先の騒乱が発見され咎められるのではないかとするものであったが、それも無かった。ただ、天海が高虎を見る目が少し厳しかったという気がした。


伏見を後にし、大坂城に入った。すくすくと育ち、立派な青年になりつつある秀頼を前に、想いを捨てたはずの高虎も感慨に浸っていた。

「高虎。よう参られたな。褒美じゃ。」

「いえ、このようなものは、受け取れません。」

差し出されたのは、金貨だった。高虎は、これを拒否する。

「面白くない男じゃの!ほれ、秀頼に忠義を示せ。臣従せい!!」

淀が高虎を睨みつけながらこう言い放った。

「いいのじゃ、母上。高虎は、わしとよく遊んでくれたのう。」

「はっ。よく覚えております。秀頼様は、元気一杯でござったので疲れ切った記憶があります。」

昔を懐かしみ、両者は、関ヶ原以前の関係を思い出していた。


「ごほん。茶の間に入られよ。茶をゆるりと楽しむがよい。」

大野治長が指示したとおり、茶の間に入ると・・・・。

「数日ぶりじゃのう。げははは。」

驚いたことに伏見城で会った織部が居たのである。

「!? いや、数日ぶりにて驚きや。」

「徳川の世をどうお思いか。」

単刀直入に織部が切りだした。これは、威力の高い先制攻撃であった。

「実によき世かと存じます。平和は、徳川様と秀頼様が携えてこそにて。」

「それよ。わしは、秀頼様の今後を憂いておる。そちも同じであろう。」

織部は、率直に思いをぶつけた。古田織部は、関ヶ原の戦いにおいて東軍に与し、佐竹氏を説得して軍事行動を起こさせないよう釘付けにするなど、勲功を評価され、今や、徳川将軍家の茶頭を務めている。そんな織部であるが、豊臣への想いも抱き豊臣家の万世に渡る繁栄を願っていたのだ。


 高虎は、思案の末、口を開けた。

「豊家への想いは、強くあり申す。であるが、与することは、もはや出来ないかと。それでは、御免。」

「面白くない男じゃ。」

茶室で一人残された織部は、こう呟いた。政信は、茶室外にてこの話を密かに聞き耳を立てて聞いていた。

「古田織部、面白い!!」

心の中でそう呟いた。徳川に抗おうとする者を発見したからである。これからの戦略に織部を組み込めるかもしれない。そういう思いが頭を巡り、脳のシナプスが一気に活性化し、暴走を起こそうとするほどの興奮、快感を覚えた。

「大本営に居た頃でも、このような興奮は、感じられなかったな。」

自然と口に出ていた。周りの兵に聞かれることは、ないようだったので少し安堵すると気持ちの高ぶりも少しく収まりを見せた。


 高虎は、二日ほど大坂城内に宿泊し、秀頼に一応の義理立てをして宇和島への帰路についた。

「この旅は、いかがであったか。政信。」

「はい。実によい旅でありました。」

「左様か。お主もこの世に慣れてきたであろうし、よき経験となったな。」

高虎と政信は、しばし言葉を交わした。しかし、高虎と政信の思考のズレが顕著となったことが露呈した旅路でもあった。

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