魅惑のコーヒーカップ
劇場「すぽっと」の一部、お題はコーヒーカップマジック。
次々に新しいものが出てきて古いものが消え去ってゆくこの現代。パソコンもケータイも一年前のものならもうおじいさんおばあさん。そんな流行連続時代の日本で、ねずみの国や海外映画を集めた国ではない、昭和から続いている遊園地がここにあった。
その遊園地の名前は青山遊園地。遊園地の目玉はたいてい巨大観覧車やジェットコースターを思い出されるが、この遊園地の目玉はそんな迫力のあるものでもなく目立つものでもない。ひっそりとした、一見どこの遊園地でもあるようなもの……そう、コーヒーカップだ。コーヒーカップは巨大観覧車のような爽快な気分が味わえないし、ジェットコースターのような興奮も得られない。ただ乗っているだけのメリーゴーランドと比べると華やかでもないが、ここのコーヒーカップに乗ると、この地味に見えるものに不思議な力が潜んでいることに気づかされるのである。
「ねぇ優輝、ここの遊園地っていったことある?」
「ん? 青山遊園地……? 聞いたことすらないけど」
「行ってみない? ここの目玉はコーヒーカップらしいんだけど」
「コーヒーカップとかどこでもあるようなやつじゃねーの?」
飛鳥の持っているパンフレットを優輝が隣から覗き込む。優輝の言うとおりぱっと見た感じは古い遊園地ならどこにでもあるような普通のコーヒーカップ。けれども飛鳥は好奇心が旺盛な大学生、これがどう普通のコーヒーカップと違うのか、なぜここはあえてコーヒーカップを目玉としているのかを実際行って確かめたく、半ば無理やり優輝を引っ張ってその青山遊園地へと向かった。
入場料二千円を払い中に向かった二人は、入ってすぐにある遊園地の大まかな輪郭を少し浮かび上がった腺で書かれた、所々文字が剥げているプラスチック製の地図を見た。目玉とされているコーヒーカップは入場ゲートから一番離れた道の突き当たりにあるようだ。
「いきなり目玉に行っちゃうと、後が楽しくないから最後に行かない?」
「そうだな。 特に何もなかったとしてもそれまで考えてるのが楽しいし」
そんな会話をしながら二人は観覧車とコーヒーカップを避けながら、どこにでもあるようなアトラクションを楽しんだ。観覧車を避ける理由は、
「観覧車から見下ろしたときにコーヒーカップの秘密が見えちゃったら面白くないじゃん」
という飛鳥の意見が採用された結果であった。
この遊園地はあまり名前を知られていないためか、日曜であるのにもかかわらず行く所行く所人があまりいなかった。飛鳥と優輝にとってはそちらのほうが待ち時間がなくてよかったようだが、昭和の頃からこの現代まで続いているというのが不思議に思える。そんなことはさておき、二人が観覧車とコーヒーカップ以外乗り終えた頃には日が少し傾いてきていた。
「一日で全部回れるとはなかなかちっさい遊園地だな……」
「古いからそんなもんでしょ。 それより、どっち行く?」
少し興奮気味な声で飛鳥が優輝に判断を促した。
「んー。 コーヒーカップはやっぱラストだろ!」
「おっけい! じゃー観覧車に行こう!」
観覧車に乗り徐々に遊園地の全貌が見え始めてくると、それにあわせるかのように飛鳥と優輝の気持ちは高ぶってきたようで、次第に会話が増えてゆく。
「どんなのかな? 広いのかな? それとも逆に狭いとか?」
「カップのデザインが斬新とかかもしれねーよ」
「それなら写真でわかるじゃん」
「数個にひとつっていうレアな感じのやつがあるとか!」
そんな話をしている間にコーヒーカップの在る場所が見えてきた。それは……
「……何もわからないね」
餌を前にお預け状態で待たされる犬のような表情で飛鳥が言った。
「やっぱ実際行ってみないとわかんねーのかな」
「ただ一つだけ珍しいのは屋内だってことだけ。 あの下にどんな秘密があるのかな?」
地図で見たコーヒーカップが在るであろう場所には大きな建物が建っていた。
二人はあまり手ががりを得られなかった観覧車を降り、コーヒーカップのほうに向かって歩き出した。ゆっくりと、おいしいものを最後に食べる子供のように、楽しみをとっておくかのように。
次の角を曲がるといよいよコーヒーカップのあるところにたどり着く。二人は一歩一歩踏みしめながら歩き、そして打ち合わせていたかのように角のところで並んで立ち止まった。
「じゃぁ……行くよ!」
「おう!」
「せーのっ!」
驚いた。人の多さに。観覧車から見ていたときには屋根で見えなかったのだが、広く開け放たれた入り口から、おしくらまんじゅうをしているといってもいいぐらい人がぎゅうぎゅうに詰まっているのが見えた。あまりの人の多さに全く前の様子が見えない。飛鳥は一人群集の方へ走り出し、後ろの方からぴょんぴょんジャンプしたり、背伸びをしたり、横から覗こうとしたが努力の甲斐なく何もわからない。追いついた優輝は飛鳥がどっかいってしまわないようにしっかりと手をつなぎ、
「まぁ、並んで待っとこうぜ」
と微笑んだ。優輝は、群集の開始地点であろう方向をじっと見つめている飛鳥の手を引っ張り、最後尾と書かれた看板を持っている係員のところへ行って尋ねた。
「すみません。 これ、何分待ちですか?」
「そうですねー。 一時間あれば乗れると思います」
「一時間?!」
綺麗にハモった声で二人は思わず叫んだ。
「当遊園地の目玉ですからねぇ」
「これは相当楽しめそうだな……」
ちょっとずつ前に進む列を飛鳥と優輝はワクワクしながら歩いた。十分経過。二十分経過……五十分経過。前の様子が見えてきた。飛鳥が再び背伸びをして見ると、もったいぶるかのように壁が一面にあり、列が始まっているところにはカーテンがかかっていた。やはり最後まで待たないと見えないようだ。
ようやくカーテンの前に来て、ついに
「どうぞお進みください」
の声がかかった。二人は同時にカーテンをくぐった……。
「え……」
「……普通じゃん」
他のアトラクションと同じようにどこにでもあるようなコーヒーカップが二人を迎えた。一つのカップには三人まで乗れ、それが七つあり、カップの中と全体的な広さは特に変わった点はない。二人は白地にピンクのラインが一筋入ったシンプルなカップへ誘導され、座った。周りの客を見渡した優輝が あることに気づいた。
「子供居なくね?」
「あ、ほんとだ」
七つのカップの中身を見ると、中年の夫婦、二十代後半や三十代だと思われる青年のグループ、飛鳥と優輝のような大学生と思しきカップルなど。そうこうしているうちにアナウンスが流れ始めた。
「みなさま、大変長らくお待たせいたしました。 カップの中心にある円形のハンドルをしっかりと握り、力を合わせてできるだけ早くカップを回転させてくださいませ」
カップの中心を見ると、車のハンドルの表面を水平にしたような感じの持ち手があった。飛鳥と優輝は向かい合わせになるように座り、スタンバイした。
「では、お楽しみください」
「じゃぁ時計回りにまわそうぜ!」
「了解!」
音楽が流れ出した。すると皆一斉にカップを回し始めた。飛鳥と優輝もそれに倣ってまわそうと思いハンドルをぎゅっと握ったとき、妙な魅力を感じた。
なんともいえないフィット感。そしてちょうどいい具合に効いた滑り止め。二人は夢中になってまわし始めた。まわすこと以外考えられないぐらいに集中し、必死に回す二人。周りの客も皆同じようだ。外の景色を見る余裕など無い。ハンドルをしっかり握ってひたすらカップを回す。ただまわしているだけなのに何故か楽しくて仕方が無い!
そして優輝はまわすことに夢中になっているとふと何かが思い浮かんできた。
(ん……この感覚は……いつか感じていたような気がする)
(あぁ! わかった! 懐かしいな……)
「お楽しみいただけたでしょうか? またのご来場をお待ちしております」
ぞろぞろと放心気味の客たちが出口に向かう。皆、何かに満ちた表情をしている。もちろん飛鳥も優輝も。
「飛鳥。 また来ような!」
「うん!」
彼らが通る出口の壁にはメッセージが書かれたプラスチック製の板が一つあった。
『当遊園地の目玉、コーヒーカップにお乗りいただきありがとうございました。
いかがでしたか?
幼少時代に感じていたはずの、あのなんでもないことにただ夢中になるだけで
楽しく感じられる心、取り戻しましたか?
せわしない現代にお疲れになったとき
再びご利用くださいませ!
青山遊園地』