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第五章

第五章 サーティンカード


 簿郊外、まだ時刻は日没前。

 いったい何処の富豪屋敷なのか、広い敷地は中が見えないよう高い塀で覆われている。正面に回り込むとまるで神社の鳥居のような立派な正門があった。

 門の上にはいくつも提灯がぶらさがっている。その古風な門をくぐり抜けると立派な門に相応しい品のある和風御殿が見えてきた。

 玄関に入ると黒い袴を来た強面の男性が俺達を迎え入れてくれる。通された和室の中央には小さな麻雀卓が置いてあり、彩花さんに促され卓に腰を下ろした瞬間、俺は言葉を失った……。

「…………」

 今俺の目の前の光景を詳しく説明しよう。左前方には黒いスーツを着たガッチリとした体格の中年男、右前方には同じく黒いスーツにサングラスを掛けた細身のおそらく強面であろう中年男、顔を上げれば和室の壁には達筆な文字で『真田組』と書かれた掛け軸が飾られていた。

 これはもう疑いようのないくらいあっちの世界の方達だ……。

 咄嗟に後ろを振り返ると後ろに立っていた彩花さんは俺と目が合うやニヤリと微笑む。ここまでついて来て今更騙されたとは思わないが、いくらなんでもこの業界の人達はないんじゃないか……。

 まずこの人達の方からカタギを博打に誘うってことはなさそうだ。そうなると彩花さんの方から次のターゲットとしてこの人達を選んだことになる。

(やっぱり彩花さんは頭がイカれている……)

 しかし事前に知らされていて俺が断ったかと言われればおそらく断れなかったであろう。ならば仕方がないと渋々顔を戻した時、「スーッ」と右手側の襖が開いた。

「…………」

 襖に目をやった俺は再び唖然とする。襖から入って来たのはこの場に似つかわしくない女性だったのだ。

 歳は俺や彩花さんと同じくらいだろうか。ショートカットの青髪に冷めた瞳の少女。彼女はこちらに近寄ってくると俺に向かい合うようにして麻雀卓の向かい側に腰を下ろした。

「お待ちしておりました、冬鬼姫」

 左側に立つ恰幅のいい男が彼女に向かって頭を下げる。

(『冬鬼姫とうきひめ』?)

 そう呼ばれている少女は冷めた瞳でぼーっと俺の顔を見つめている。視線のやり場に困った俺は後ろに立つ彩花さんの方を振り返るのだが、何故か彩花さんは口をアングリと開け冬鬼姫と呼ばれている少女を見つめていた。

「こちらの面子は揃ったがそちらの面子は君達二人かね」

 顔を戻すと右手側の男が俺を見て言う。

「はっ、はい」

(何故俺に聞くんだ?)

 恐縮して返事をした後、後ろを振り返れば彩花さんが頷いたので俺達は二人で間違いないらしい。確認を終えると再び正面に向き直った。

「私が今回のゲームを代理で見守ることになった、真田組若頭の『前田謙三まえだけんぞう』と申す者だ。うちの組長に博打を申し入れるとはなかなかいい度胸をしている」

 サングラスを掛けた若頭の男がまた俺を見て言う。博打を申し入れたのは後ろの女性なのだが何故この人はさっきから俺を見て言うんだ。

「前田さん、組長さんは今日はどちらに」

 この屋敷に入ってから初めて彩花さんが口を開いた。

「今日は不在だ、組長もいろいろと忙しい身でね。私では不安かね」

「いえ、それならそれで結構ですわ」

 この会話を聞いて少しだけ事情が掴めた気がする。おそらく今ここにいる俺達以外の三人は詳しく事情を知らないんじゃないか? じゃないと若頭の人の俺に送る視線は明らかに首謀者を見ている視線だ。

「では冬鬼姫も来たことだし我々的にはすぐにでもゲームを始めたいとこだが。ゲーム内容とルールは事前に知っているな、始めてもいいかね」

 俺は透かさず首を横に振る。今から何をやるかなんて聞かされてもいないし知らされてもいない。相手が誰であろうが彩花さんが決めたことだし文句はないが、今からやるゲーム内容とルールくらいは俺にだって知っておく権利はあるはずだ。

「すいません、ちょっとだけ席を外してもいいですかね」

 いちいち申し出るのが怖い……睨まれでもしたら即石化しそうだ。それにゲームとはいえ博打なのであろう。ならばこのタイミングで離席の申し出なんて疑惑しか生まれない。

 案の定だった。

 前田さんは握り締めた右拳の左指だけを突き立てると麻雀卓の上に「ドン」と置く。

「我々と博打をやる以上、妙な真似をするとどうなるかはわかるな」

 声が出ない……ただ何度も頷く。

「いいだろう、奥側の麩を開ければ縁側だ」

「すっ、すいません」

 俺はそう言うと彩花さんの手を握り締め逃げるようにして奥の襖から縁側へと出た。


 縁側のガラス戸からはまるで京都の高級料亭みたいな和風庭園が見える。竹筒でできた鹿威しの音が「カタン、カタン」っと鳴り響く、普段であれば癒されるこの音響も今は自分の心臓の鼓動を高めるだけであった。

「彩花さん俺何も聞いていません」

 彩花さんは何かを思い詰めてるかのような神妙な面持ちで中庭を見つめていた。

「ええ、私何も言ってませんから」

 今になって気付いたが俺はこの人のこのマイペースなとこが苦手だ。

「自分からついて来たんで今更相手のことに対してはとやかく言うつもりはないですが、ゲーム内容とルールくらい知っていたのなら先に教えてくださいよ」

「ええ、そのつもりだったのですが少々気になる方がいまして……長谷川さんの方から離籍してもらい助かりました」

「まったく……気になる方ってもしかして冬鬼姫と呼ばれていた方ですか」

 彩花さんは中庭を見つめたままコクりと頷く。

「俺も気になっていたんです、人のことは言えませんがこの場に不釣り合いですし一体あの女性は何者なんですか」

「この辺りで有名な闇博打専門の代打ちです、冬鬼姫とは通り名なのでしょう。噂には聞いていましたが私も本人を見たのは初めてです」

「闇博打専門の代打ち?」

「はい、なんでも彼女には運の流れが見えるとか」

「まっ、まさか、そんな人いるはずないじゃないですか」

「私もそう思います。おそらくオカルトの類なのでしょうが噂では百戦錬磨で負けたことがないとか」

「はっ、はい? 嘘でしょう……」

「嘘ならいいのですが」

「うっ、嘘ですよ。だいたい俺は今からその方とゲームをやろうとしているんですよ」

「ええ、ですから用心に越したことはありません。例えオカルト的な根拠でもこの世界は結果が全てですからね。あの方達が代打ちとして彼女を雇ったってことは少なくともただ者ではないのでしょう」

「彩花さんやっぱり俺には荷が重いです……」

「今更何を気弱な、お金がいるのでしょう」

「ですが、俺がプレイして負けでもしたら彩花さんどうするつもりなんですか。もともこうもないでしょう。今からやるのはただのゲームじゃないはず、何かしら賭けてるんですよね?」

「それに関しては貴方は何も考えなくていい。長谷川さんには私に代わってゲームをしてもらいます。結果はどうでもいい、どうなろうと全て私が責任を持ちます」

 この人は本当に何を考えているのかわからない、言っていることが滅茶苦茶だ。

「全て責任を持つと言いますが俺が負ければ彩花さんが相手に負け額を支払うことになるんですよ」

「勿論、わかっています」

「彩花さんにメリットはないでしょう……」

「わかっています、ただ一度決めたことを曲げるつもりもありません。貴方には私の代わりにゲームをしてもらいます」

「もしかして俺が言ったことをまだ根に持っています?」

「ええ一問一句覚えていますよ。『彩花さんなら五千万円くらい持っているでしょう。あんな短時間で大金を稼ぐ人だ、ケチケチせず五千万くらい貸してくれてもいいじゃないですか』でしたよね」

 ずっと中庭を見つめていた彩花さんが俺に視線を向けてニヤリと微笑む。

「そっ、その言葉なら撤回します、俺が悪かったです」

 俺がそう言うと彩花さんは肩を落とし「はぁ……」と深い溜息を吐いた。

「長谷川さん、貴方どれだけお人好しなのですか。どちらにしろお金が必要なのでしょう」

「それは、まぁ……」

「私は根に持つタイプですよ、特にお金の価値がわからない方を見ているとイラつきますね。どんな稼ぎ方しようと手にしたお金は大切なお金です、私が稼いだお金の使い道を貴方にいちいち指図されたくはありませんね」

「わっ、わかりました……」

 怒った表情ではない、彩花さんは冷静な表情のまま、また中庭の方に視線を戻した。

「ゲーム内容とルールですが」

「はっ、はい」

「今回長谷川さんには『サーティンカード』をプレイしてもらいます」

「サーティンカード? そんなゲーム初めて耳にしたんですが」

「あちら側が考えたオリジナルのゲームですね。たまにあるのですよ、普通のギャンブルに飽きた方、または有利に運ぼうと都合のいいゲームやルールを提案される方がね。当然、こちら側が余りにも不利になる条件ならばお断りする場合もありますが、今回のは面白そうでしたので乗らせていただきました」

「はっ、はあ……」

 俺に視線を向けてくる彩花さんの瞳は妙に生き生きとしていた。

「オリジナルのゲームだからと言って何も難しく考える必要はありません。ゲーム内容もルールも大変シンプルでして、長谷川さんブラックジャックをおやりになったことはありますか?」

「いえ、ありません、だけどだいたいのルールくらいはわかります」

「なら話しは早い、サーティンカードとは変則ブラックジャックみたいなものでして。違う点を言っておきますとゲーム内容ですが、従来のブラックジャックはカードの合計数を『21』により近付けるゲームですがサーティンカードはその名のとおりカードの合計数を『30』に近付けるゲームです。勿論一番強い合計数はブラックジャックが『21』ならばサーティンカードでは『30』です。で、ゲーム内容は簡単なのですがルールが従来のポーカーといくつか違う点がありまして」

「はい」

 今の所、聞いてる分には確かに難しいとこはない。つまり普通のブラックジャックの目標合計数である『21』を『30』に変えただけのゲームだ。

「あっ、長谷川さん言い忘れていました。サーティンカードの場合はブラックジャックと違いトランプの『エース』はサーティンカードでは『1』にしかなりませんのでご注意を」

「はい」

「それではここからが重要ですので長谷川さん良く聞いておいてくださいね。まず使うカードはジョーカーを抜いたトランプ一式。それと今回は公平を期す為にディーラーはいませんので一度ゲームが終わる度に互いに一度だけトランプをシャッフルし卓の中央に置く、それを山札として互いに上から一枚ずつ引いていく、従来のブラックジャックのようにディーラーはいませんのでカードの取りやめの合図である『ヒット』と『ステイ』はやる必要はありません。これ以上カードがいらない場合と合計数越えの『バースト』をした場合は『セット』と一言だけ言ってください。それが『ステイ』の合図になります。後は相手側もセットをすればカードをオープンにして互いに合計数を見せ合う。こういう段取りになっていますのでおわかりいただけたでしょうか?」

「つまりセルフサービスで変則ブラックジャックをやれってことですね」

「そっ、そのように理解してもらえたのならそれでも構いません、大方間違ってはいませんし」

「彩花さん、このゲームの勝敗は?」

「ゲームの勝利条件としては先に十勝を挙げた者の勝ちです。一回のゲームではバーストは問答無用の負け、互いに同じ合計数、またはバーストをした場合は引き分けとなりそのゲームは流します。後は従来のディーラとの対戦型と変わりません、『30』または『30』により近付けた方の勝ちです」

「なるほど」

 俺が理解したのを彩花さんは確認すると縁側の窓際から早速、和室の方へ戻ろうとする。

「では、行きましょうか」

 そんな彩花さんの右手を慌てて掴んだ。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ゲーム内容とルールは理解できました。でもそれだけですか? なっ、なにか攻略法のようなアドバイスとか……」

「攻略法ですか。そうですねぇ、良く考えてプレイしてください」

「はっ、はい? それだけですか。俺は彩花さんのように頭のキレもないですし馬鹿なんですよ、もう少し明確なアドバイスをくださいよ」

「長谷川さん世の中に馬鹿なんていませんよ、考えないから馬鹿なのです」

「っぅ……、でっ、でも負けるかもしれないんですよ」

「貴方に勝敗は関係ありません。あっ、ですが長谷川さんにお金を貸す条件として言いましたが正気を保ちたいのであれば勝った方が得です。まあ、それ以前に貴方の性分では手は抜けないと思いますがね、では行きましょうか」

 そう言って彩花さんが襖を開くと和室の中の光が縁側の方へと注ぎ込まれる。遠目では卓に座ったままぼんやりと冬鬼姫がこちらを見つめている。左右に立つ二人の男達は俺達を嘲笑うかのように笑って見ていた。

(いっ、行くか)

 相手はこの業界でも有名な代打ち。正直、勝てる自信はない。それにやる前から勝敗は関係なくただゲームが終わるまで正気でいろと言われてもちんぷんかんぷんでやる気がイマイチ湧いてこない。彩花さんが何を考えているのかわからないのは今に始まったことではないが、悩んでも一緒か……。

 そもそも俺は先のことを考えずその場の直感で動くタイプなんだ。

「長谷川さん早く中にお入りください」

(こうなったら自棄糞だ、やれるだけやってみよう)

 彩花さんにコクっと頷き和室の中へと戻った。


 冬鬼姫、通り名の割には何処にでもいそうなおとなしめの少女にしか見えない。唯一通り名と一致してそうなとこは黒のカーディガンの袖口から出ている真っ白な手。彼女の真っ白な肌色と冷めた目付きは『冬』を連想させるような冷ややかさを感じた。

 麻雀卓に戻りそんな冬季姫と向かい合う。麻雀卓の上には既にトランプ一式がケースに入ったままの状態で置かれていた。

「ゲームを始めるがいいかね」

 前田さんを見てコクっと頷く。が、ちょっと待て大事なことを忘れていた。

「すっ、すいません、ゲームの前にトランプをチェックさせてもらってもていいですか」

 申し出をするのが本当に怖い、それにこの発言は相手側を疑っている趣旨の発言でもある。だがもしトランプにこちら側の不利になるような何かしらの細工がしてあればゲームの途中で申し出ても遅い、相手が相手なのだから不正があったとしても強引に押し通される可能性だってある。タイミングとしてはゲームを始める前が妥当であろう。事前にやれることはやっとかないと相手のペースに呑まれてはダメだ。

 表情に出ていたかはわからないが勇気を振り絞って前田さんの答えを待つ、先程から待たさせていたこともあり怒鳴りつけられるのも覚悟の上だったが意外にも聞こえてきたのは前田さんの笑い声だった。

「ははは、慎重な男だ。いいだろう好きにすればいい」

 ホッと胸を撫で下ろす。しかし安堵している暇はない、俺は直様カードケースを手に取り中からトランプを取り出した。

 ジョーカーは既に麻雀卓の隅に置かれており取り除かれている。注目するはトランプのサイズ、束のまま地面に四隅を軽く当てるが盛り上がったトランプは出てこない。次は表の記号、マークは四種、数字は同数四枚ずつ『エース』~『キング』まで五十二枚確かにあった。トランプの表面はよくある白地で傷もない、おそらくは新品のトランプなのであろう。ケースを開けた瞬間に新品時しか漂わない紙製製品の独特の匂いがした。

 後はトランプの裏面の傷とデザインなのだが、トランプを裏に返した瞬間、俺は言葉を失った……。

 トランプの裏面には『魔法少女ミミたんと愉快な動物達』という何かのタイトルみたいなのが記載されており、トランプの裏面全体では魔法少女と動物達が楽しそうに戯れていたのだ。

「それ」

 目の前から突然微小な声が聞こえてくる。顔を上げると冬鬼姫が俺の持っているトランプを指差していた。

「ここに来る途中コンビニで買ってきた」

「えっ……」

 冬鬼姫を見つめたまま戸惑っていると右手側の方から笑い声が聞こえてくる。

「ははははは、冬鬼姫が自分で買ったトランプじゃないとプレイしないと言うんだ。これでもまだ君は疑うのかね」

 今まで保っていた緊張感が一気に抜けた。

「いえ、もういいです」

 拍子抜けするにも程がある。こんな場所でこんなデザインのカードを囲んで同い歳くらいの少女とトランプをするなんて、これじゃあまるでホームパーティーじゃないか。

「ジャンケン」

「はっ、はい?」

 冬鬼姫は右の拳を上げて言う。

「先行後行決めないと」

「あっ、ああ」

 彼女に言われ俺もすぐに右の拳を上げた。

「ミミたんジャンケン、ジャンケンポン」

 なっ、なんだぁ……今の掛け声はしかも俺勝っちまったよ。冬鬼姫が出したのはチョキ、俺が咄嗟に出したのはグーだった。

「どっち?」

 ゲーム全般に言えることだが後行の方がいい。相手の様子を見れるしカードシャッフル時のイカサマがないとも言えない、ならば後行だ。

「後行で」

「そう」

 冬鬼姫が卓上に置いていたトランプ一式を手に取る。いよいよゲームが始まった。


 先行の冬鬼姫からトランプを切っていく、彼女のトランプの切り方はスタンダードで右手でトランプの束を持ち左手で束の下の方を上にあげていく所謂『ヒンズーシャッフル』と呼ばれるものだ。

「どうぞ」

 冬季姫から受け取ったカードを今度は後行の俺が切っていく、俺もそんなにトランプをやり込んだ方ではないのでシンプルな『ヒンズーシャッフル』を使ってトランプを切っていく。ただ冬鬼姫よりは念入りに切った。そのトランプを今度は麻雀卓の中央に置く。麻雀卓の中央はちょうど真上に電灯が設置されいるからか、トランプの裏面が良く照って見えた。

 改めて見ると何とも言えないデザインだ、恥ずかしさすら覚える……。

 そんな思いで一番上のカードを見つめていると先行の冬鬼姫の白い手で山札が一瞬隠れる。彼女が一枚カードを手に取ったのを確認すると俺も山札に手を伸ばした。

 最初に俺が引いたカードは『スペードのJ』、つまり『10』。ゲームは進んで行く、二枚目のカードを山札から取り裏面を上に向けたまま卓上スレスレをスライドさせ自分の胸元まで運んでから目の前で手首を返す。目に映るカードの数字は『ハートのK』、これで合計が『20』になった。

 サーティンカードのゲームルールから察するに20超えからが勝負のはず、ならば次の三枚目が勝負の鍵になる。祈りながら引いた三枚目のカードは……『ダイヤの10』。

(よし、よし、よしっ!)

 思わず心の中でガッツポーズをする。初っ端から三連続で『10』を引いた俺の合計数は『30』、これはサーティンカードにおいて一番強い合計数。相手が同数じゃない以上負けようがない合計数だ。

「セット!」

 嬉しさの余り声を張り上げる。冬鬼姫は四枚目のカードに手を伸ばしながら何事かと俺の顔を見ていた。

「セット」

 五枚目のカードを引いた所で冬鬼姫も手を止めた。

 先行である冬鬼姫からカードをオープンする、手に持ったカードを彼女は躊躇なく麻雀卓の上に広げた。

 トランプのマークは関係ないので省略しよう。冬鬼姫の手持ちカードは『3、6、7、10、K』の合計数『36』、バーストだった。

 俺も直様カードをオープンする、それを見た冬鬼姫が卓上に散らばったカードを回収し始めた。

「貴方の勝ち」

 冬鬼姫はぼそっと呟く、勝った……俺が一戦目勝ったのだ。

 後ろを振り返ると、あれ? 後ろに立っていたはずの彩花さんの姿が見当たらない。更に体を捻り周囲を見渡すといた。彩花さんは和室の奥で土壁に背を預け腕を組んで何か物思いに老けるかのような表情で天井を見上げていた。

(なんだ、見てなかったのか……)

 若干不満もあったが手応えもあった。

 てのは以前やった心理ゲームとは違い、このゲームは運の要素が強い。それにイカサマの可能性を事前に防いだ事による安心感が自信に変わったのかもしれない、まだ気が早いかもしれないがこのゲーム勝てるんじゃないのかと思った。


 続く、二戦目、三戦目、俺のそんな思いを後押しするかのように勝利の女神が微笑んだ。

 冬鬼姫がまさかのバースト三連続で俺の三連勝。こうなると人間ポシティブなことしか考えないものだ。

 勝てる、いや、勝てる気しかしない。そんなイケイケな状態で望んだ四戦目、ここで俺はちょっとした違和感を覚える。

 三枚のカードを引いた時点での俺の合計数は『ミツバの8、ハートの6、スペードのQ』で『24』、一瞬だけバーストの可能性が脳裏をよぎったがなんて事はない。三連勝しているんだしツイてる時は攻めるのみだ。

 そうして引いた四枚目のカードは『ダイヤのA』、これで合計数は『25』。そろそろセットかと顔を上げ冬鬼姫の方を見ると彼女は五枚目のカードに手を伸ばそうかとしていた。

(…………)

 ちょっとおかしい、考えすぎかもしれないがゲームが始まって以降冬鬼姫は常にカードを三枚以上引いている。たまたま下の数字が偏ってきてるだけかもしれないがそれでも三連続のバーストだ。

 ひょっとして狙ってバーストをやってるのか?

 いや、そんな奴いるはずがないバーストは問答無用の負けになる、負け越しているからと弱気になって相手にゲームの主導権を握られれば不利になってくるのは自分だ。

 それは前回の心理ゲームで俺が経験している。相手がこの世界の猛者であるならばシビアに『30』近くを狙うのは必然的行動なのかもしれない。だったらもう一枚引くか、ここで弱気になれば今の勢いが止まりそうな気がして意志より先に俺の右手は動いていた。

 勝負に行った五枚目のカードは……『ダイヤのJ』。

(くっ……)

 やはり勝負に行き過ぎたか、だけど今更後悔しても仕方がない。次だ。

「セット」

 いつの間にか六枚目を引いていた冬鬼姫のセットの声が聞こえてくる。

「セット」

 俺も透かさずセットをし、冬鬼姫のオープンカードを見守ることに。

(えっ……)

 嘘だろう、俺の目には信じられない光景が映っていた。

 冬鬼姫のオープンした手持ちカードは『ハートの4、ミツバの3、ハートのQ、スペードのJ、ダイヤの4にハートの10』で合計数が『41』のバースト……しかしこれは明らかにおかしい。どう考えてもこの手持ちカードなら五枚目には必ずバーストになっているのだ。

 俺も自分のカードをオープンにする。俺がバーストだと確認した冬鬼姫はすぐに自分の手持ちカードを回収しようとするその寸前、俺は彼女の白い手を掴んだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 冬鬼姫は俺の顔をぼんやりと見つめながら首を傾げる。

「六枚目を引かなくてもバーストにはなっていたはずだ」

 冬鬼姫はコクりと頷く。

「なってた」

「じゃあなんでその時にセットをしなかったんだ」

「そんなルール聞いていない引きたいから引いた」

「引きたいから引いたって……」

 振り返ると彩花さんは相変わらずの上の空、顔を戻すと前田さんの声が聞こえてきた。

「不満かね」

 不満かと聞かれれば何とも言えない……結果的には冬鬼姫がバーストしたことにより負けると思っていたゲームが引き分けで済んだのだ。

「君に何も不利なことはないだろう、不満ならば次から君の言うとおりにするが」

「すいません、そうしてもらえないでしょうか」

 やはり引っ掛かった俺は前田さんに頼み込む。

「だそうだ冬鬼姫」

「わかった」

 あっさりと彼女は承諾する。別にカードを必要以上に引いてバーストになってもらう分には構わない、むしろ今のようにバーストを繰り返してくれれば俺として大助かりだ。

 しかしそんなことはありえない、意図的にバーストをするなんて何かを狙っているとしか思えない。冬鬼姫、彼女は一体何を考えているんだ……。


 ルールの一部が改正され挑む五戦目。

 四枚のカードを引いた時点で俺の合計数は『ミツバのA、ダイヤの5、ミツバの9、スペードの7』の『22』。本来ならもう一枚引きたい程の心細い合計数ではあるが今回はここで手を止める。

「セット」

 冬鬼姫がまたバーストをするかもしれない、俺だって無理をすればまたバーストの可能性だってある。ならば無理してこちらから勝負をする必要はないと考えたのだ。

「セット」

 冬鬼姫が引いたカードは四枚。すぐに彼女は手持ちのカードをオープンする。それに合わせて俺も自分のカードをオープンした。

(まっ、負けた……)

 目先に見える相手の合計数は『ミツバの8、スペードの2、ハートのKにダイヤのJ』で『30』。

 しかし負けはしたがこれはどうしようもない。むしろ一番強い合計数を出しておいてバーストなんてやっていたら益々相手の考えがわからなくなっていたとこだ。

 馬鹿なことを言うかもしれないが少なくとも彼女はわざとゲームに負ける気はなさそうだ。


 気を取り直して挑む六戦目。

 互いにカードを四枚引き俺の合計数は『ハートの4、ミツバの6、ダイヤの6、ハートのJ』の『26

』。

 冬鬼姫の合計数は『スペードの8、ハートの2、ダイアの7、ハートの8』の『25』。この勝負辛くも俺が勝ったがこのゲームでも冬鬼姫はバーストをしなかった。

 そうなると序盤のバースト意味がわからない。もしかしてハンデ? いや、馬鹿らしい。俺は考えすぎだ。

 続く七戦目、八戦目は互いに一勝一敗で終わる。冬鬼姫にバーストはなく、ここまでのトータルでは俺が五勝二敗と勝ち越している。ゲームの流れとしては理想的であり、序盤の意図的なバーストのことも忘れかけていた九戦目、十戦目、急に流れが悪くなる。

 九戦目、カードを四枚引いた時点で『ハートの3、スペードの8、ダイヤの5、ダイヤの8』の『24』。この合計数じゃ物足りなかったのでもう一枚引く、五枚目のカード……『ミツバの10』、バースト。

 冬鬼姫の合計数『23』、俺の負け。

 十戦目、カードを三枚引いた時点で『ダイヤの7、ミツバのK、スペードの5』の『22』。当然こんな合計数では勝負にならないので引く、四枚目のカード……『ダイヤのQ』、またもやバースト。

 冬鬼姫の合計数『24』、俺の二連敗……。

 十戦して俺の五勝四敗一引き分け、辛うじて勝ってはいるがいつ負け越してもおかしくない状況。だがこの流れは仕方がない。運の要素が強いこのゲームにおいては不運な流れがいつかはくると思っていた。こうなると冬鬼姫が序盤連発したバーストもただ運が悪かっただけかもしれない。意図的にやってあのゲームはただのミス? どちらにしろ今は耐える時だ。


 また流れがくると信じ挑んだ十一戦目。

 三枚カードを引いた時点で『ミツバの8、ダイヤのJ、スペードのA』の『19』。もう一枚引く、『スペードの3』。これで合計数は『22』、そろそろ『6、7、8』この辺りのカードが欲しい。いやそろそろ引くはず、もう十分不運な流れは味わったんだ。

 願いを込めて山札に右手を伸ばしていく、カードを一枚掴むとゆっくりと自分の目の前まで運び祈る気持ちで手首を返した。

 自分の瞳に映るカードの数字はまさかの……『ダイヤのJ』。

 またバースト……。

(くっ……)

 やり場のない怒り、勝利の女神に愛想をつかされた俺は思わず「チッ」と舌打ちをしてしまう。と、その時だった。

「コホン、コホン」

 背中の方から不自然な咳払いが聞こえてくる。と、同時に彩花さんの声も。

「あっ、そうでした。今日はうちの近所のケーキ屋さんで限定のチーズケーキが販売される日でしたわ。困りましたねぇ、今からじゃもう遅いでしょうし午前中に買っとくべきでした。やはり良く考えて行動しないとダメですね限定品ってのは数が限られていますからね」

「ふふふ、随分と君達は余裕だな」

 言ったのは前田さん。

「いえ、そうでもないですわ。わたくし思ったことをすぐに口に出してしまうタチでして」

「そうかい、変わった女だ」

 違う、変わってはいるが彩花さんはすぐに思ったことを口には出さない。むしろ逆だ。突然何を言い出すかなんて思わない、おそらく今のは俺に対するメッセージ。

 イラついている場合じゃない、落ち着け、冷静になって考えるんだ俺。先程の彩花さんの言葉からキーワードを探り出せ、『限定品』、『ケーキ』、良く考えろとはゲームの前に言ってた言葉。

 ってどう考えてもケーキは関係ないよな……そうなると『限定品』?

 限定品は数が限られている良く考えろ、限定品は数が……良く考えろ。

(あっ……)

 ちょ、ちょっと待てよ。俺は今どうなってる? 三連続のバーストだ。しかも故意で狙っている訳ではない。それに十一戦中、お互いにバーストの数が余りにも多く感じる。でもそれはシビアに勝負に出れば普通のことだと思っていたが、今まで黙っていた彩花さんが喋ったのはこのタイミング。

 このゲームで使用されているのはトランプ一式、ってことは……不運で飛んでるのではなく、飛びやすい? そっ、そうだよ。単純にこのサーティンカードは勝負所で高い数字のカードを引く確率が高いんだ。

 『10』以上のカードなんて『10、J、Q、K』の四種で『16』枚もある。ジョーカーを抜くと数字カードのみで『52』枚、そのうちの『16』枚だから約三割も『10』以上のカードがあることになる。それに『20』中盤で引くと他の高い数字のカードも含まれバースト確率が更に上がる。場合によっては四割、五割もありえるんだ。

「カードオープン」

「んっ?」

 顔を上げれば冬鬼姫が自分の手持ちカードをオープンしている。彼女の合計数は『24』。

「すっ、すまん」

 すぐに俺も自分のカードをオープンした。

 当然バーストなのでこの勝負は俺の負け、これで五勝五敗のイーブンとなったが、彩花さんのアドバイスにより先に希望を持つことができた。


 十二戦目。

 二枚カードを引いた時点で『ダイヤの4、ハートの9』の『13』、もう一枚カードを引く、『スペードの10』で合計数『23』。今までなら躊躇せずにもう一枚引きたい程の合計数ではあるが手を止め考える。『1~7』までなら『28』枚、残りの『24』枚はオーバー、本来なら自分の手持ちカードを引いた数で確率を考えるのだろうが、どうせ三枚程度のカード全体数で見ても微々たる差だ。

 俺がもう一枚引くとバーストする確率は四割オーバー約五割となる。これならもう一枚引いていい、危ないラインは合計数が『24』の時、この場合はバーストする確率が五割を越す。五割未満であれば勝負にいくべき、こんな合計数じゃ負けてしまう。

 そんな思いで手を伸ばして掴んだ一枚は……『ハートの6』、合計数『30』。

(よし!)

 心の中でガッツポーズをした。嫌な流れを断ち切るには最高の合計数だ。

 冬鬼姫は四枚引いて「セット」と呟く。彼女がオープンしたカードを片唾を飲み見守る。『ダイヤの2、ハートの5、ミツバのJ、ミツバの7』で合計数『24』。

 俺の勝ち。しかし彼女が『24』で手を止めるということは俺と同じ事を考えてプレイしているのか?

 って、自分を過大評価しすぎだな、このくらいの考えは当たり前なのかもしれない。俺が何も考えず猪突猛進していただけだ。

 だがそうなると、冬鬼姫の序盤のバースト連発を思い出す。考えていたら何故ああなる? そりゃあ三割、四割、五割、なんて確率は回避できない時は回避できないが……やはり考え過ぎか。とにかく今は目先の一戦に集中するだけだ。

 

 その後は十三戦目、十四戦目、十五戦目と接戦になる。しかし十二戦目で俺のツキが戻ってきたのかこの三戦を二勝一敗で切り抜けることができた。

 ここまでのトータル俺の八勝六敗、勝利まで後二勝とした時、顔を上げそれとなく冬鬼姫に視線を向けると彼女は俺を見てニヤリと微笑んだ。

 その瞬間、俺の背筋がゾッと凍りつく。これは彩花さんのあの悪魔の微笑みと同じ、俺は直様彼女から視線を逸らした。

 そうして始まった十六戦目。

 最初に引いた一枚目のカードは『ミツバの6』、二枚目、三枚目と引き『ミツバの5、ダイヤの8、スペードの8』で合計数は『21』。

 ここはもう一枚引く、四枚目のカードは……『ダイヤの10』。

(くっ、もうひとつ下なら……)

 ここにきてバーストは痛い。痛いが攻めての負けだ。

 そうして冬鬼姫のオープンカードを見守る。彼女の手持ちカードは俺と同じ四枚『スペードの3、ダイヤの7、ハートの3、ミツバの9』の合計数『22』。

(えっ……)

 ここでふと疑問に思う。何故合計数が『22』ならもう一枚引かなかったんだ?

 彼女もこのゲームがトランプ一式でやっていることを理解した上でプレイしていると思ったのだが、たまたま直感的に何かを感じ取って引くのを止めたのか。とにかくまだ勝ち越してはいる、次だ。

 

 勝負も大詰めの十七戦目を迎える。

 ここで先程の冬鬼姫の合計数が気になり、彼女の手元を見ながらプレイを始めた。

 冬鬼姫はカードを引くと一枚手に持ち、二枚、三枚と引いていくカードをそのまま右に並べて持っている。

 俺は三枚カードを引いた時点で、『ダイヤのJ、スペードのQ、ミツバの2』で合計数は『22』。

 冬鬼姫も四枚目のカードを引きそれを一番右端に持って行く、俺も手を伸ばし四枚目のカードを引いた。

 四枚目のカードは……『ミツバのK』、まさかの二連続バースト……。

「セット」

 冬鬼姫のセットの声に合わせ俺もセットする。

「セット」

 落胆しそうになる俺の目に飛び込んできたのは冬鬼姫が引いた順のままにオープンしたカード。ここで俺は唖然とした。

 左から順に彼女のカードは『スペードの8、ミツバの6、ダイヤのA、ダイヤの6』の合計数『21』だったのだ。

 これはありえない。このゲームを理解している人間が『21』で手を止めるなんてありえない。先程のプレイと言い、これじゃあまるで次のカードを引けばバーストだと知っているようなもんだ。

(えっ……)

 ふと卓上に置いた四枚目のカードに目が行く。俺の引いた四枚目のカードは『ミツバのK』だ。

(まっ、まじか……)

 冬鬼姫に視線を向けると彼女は俺を見てニヤリと微笑んだ。

 ここで彩花さんが言っていたことを思い出す。彼女には運の流れが見えると。こんな馬鹿らしいことはありえないのだが、仮に俺が四枚目を引かず彼女が五枚目を引いていればこの『ダイヤのK』は彼女の方に流れていた。

 それにつけて彼女の自信ありげなこの微笑みは間違いなく何かをやっている。その何かがイカサマか?

 イカサマとなれば単純なとこですり替えだが、自分が引かないカードをすり替えても彼女にメリットはないはずだ。

 ならば俺をバーストさせて飛ばす狙いか。いや、そんなのは俺の手持ちカード全てわかってないと無理だ。

 って……わかってるのか?

 いや、そんなはずはない。このカードのデザイン自体は少々特殊ではあるがこの手のトランプなんて探せば何処にでも売ってあるだろうし間違いなく市販のものであり新品だ。それにトランプ自体も俺が事前に調べたんだ。

 と、なると死角か?

 後ろを振り返るが鏡などはない、和室内で俺の後ろにいるのは彩花さん一人だ。

 すると裏切り?

 って馬鹿らしい……俺を裏切ったとこで彩花さんに得などあるはずがない。それに彩花さんは今、腕を組み和室の土壁に背を預け目を瞑っている。おそらくだが寝ているっぽい……。

 となれば本当に彼女は運の流れでも見えているのか。わからない、何かが起きているのはわかっているのだが、その何かが俺には全くわからなかった。


 そんな疑心暗鬼の中で迎えた十八戦目。

 三枚カードを引いた時点で『ハートの8、ダイヤのQ、スペードの6』で『24』。この合計数を目にして俺は悩んでいた。

 てのはもうゲームも終盤、勝ち星二つをどっちが先に取るかの争いで果たして理論的なことに意味があるのか。五割や六割なんてのは全然回避できる確率でありそこを凌ぐ運さえあれば勝てるはずだ。

 冬鬼姫が何をやっているのかわからない以上、無理して攻めれば相手の思うツボかもしれない。しかし勝つ為には守っていても仕方がない、それはわかっていたんだ。

 わかっていたんだが俺の手は止まっていた。

「セット」

 苦し紛れに呟く、結局俺自身の度胸のなさもあるが根本的なとこでは所詮は他人事なのだ。

 彩花さんも言ってたがわざと負けれない俺は性分故にここまで頭を悩ましプレイをした。もちろんこれがギャンブルだってこともわかっている。わかっているからこそ攻めれなかった……。

 このゲームにいくら金が賭けられているのかは知らないが俺の金ではない。彩花さんの金なのだから無理して自分の自己判断で突っ張って負けましたじゃ済まされない。ならば彩花さんが納得できるように理論的にプレイするまでだ。

「セット」

 冬鬼姫も手を止める。彼女が引いたカードは四枚、カードをオープンする前に冬鬼姫は俺を見てニヤリと微笑んだ。

(うっ、嘘だろう……)

 冬鬼姫のオープンした手持ちカードは『ミツバの9、ダイヤのJ、ハートの5、ミツバの6』、この大事な局面で彼女の出したカードの合計数は『30』だった。

 『30』なら仕方がないでは済まされない。結果論ではあるがどうせ負けるのであればやはり攻めるべきだった。

 更に悔やむのは彼女のオープンした一番右端のカード、冬鬼姫が最後に引いたカードは『ハートの6』、あれはセットをしなければ俺に回ってきたカードだ。

(くっ……)

 最後の最後で勝利の女神は俺に手を差し延べてくれたのに自らその手を振りほどいてしまった。

 

 十九戦目が始まる。

 一度選択肢を間違えると考えが定まらない、ぶれる。四枚カードを引いた時点で『スペードの3、ダイヤの10、ハートの7、ミツバの5』の合計数は『25』。

 ここで冷静になれればいいのだが先程の失敗が頭をよぎる。後一回負ければ俺の敗北だ。

 どうする、もしまた冬鬼姫の合計数が『30』だったらこのままでは負ける。ならば攻めないといけない、右手を伸ばし卓の中央から一枚カードを掴んだ瞬間、背筋がぞっと凍りついた。

(違う……)

 直感的にそれを感じ取った時にはもう遅い。既に掴んだカードは目の前まで運んでいる。瞳に映るカードの数字は『スペードのQ』、バースト……。

「セット」

 俺の落胆した表情を見て冬鬼姫が先に手を止める。

「セット……」

 覇気がない声で呟く俺を見て冬鬼姫は不気味に微笑んだ。

 彼女のオープンしたカードも四枚、左から順に『ダイヤのA、ミツバの6、ハートの6、スペードの8』の合計数『21』。

(くっ……)

 何故だ、なぜ彼女は引かない。合計数『21』でどうして手を止め、あんな自信有り気にニヤつくんだ。

 わからない、結局俺は彼女の手の平の上で踊らせられていただけなのか。このゲーム俺の敗北、完敗だ……。


「どうやら我々の勝ちのようだな、君達金は用意しているだろうな」

 決着がついてすぐに前田さんが俺を見て言う。このゲーム一体いくら賭けて行われていたんだ。

「そうですね」

 気が付けばいつの間にか彩花さんが俺の隣に立っていた。

「三千万でしたよね」

(さっ、三千万!)

 余りの額に俺は目を見開き彩花さんを見上げる。と、次の瞬間、とんでもないことを彩花さんが口走った。

「彼がお支払いします。私は彼に連れて来られただけですから」

「はっ、はあ?」

 彩花さんは俺を見つめニコッと微笑む。

「では君、金を出したまえ」

 呆気にとられた俺はイマイチ現実感を掴めず、苦笑いを浮かべると前田さんに視線を向けた。

「そっ、そんな大金持ってません……」

 スーっと左のこめかみに冷たい鉄の筒の様なモノが突き付けられる。これが何であるか判断するのにそう時間は掛からなかった。

 おそらく今まで黙って見ていた恰幅のいい男が銃口を俺の左こめかみに突き付けている。ここが何処でこの人達が何者であるかを思い出した途端、足が震え、手が震え、背筋がぞっと凍りついた。

「さっ、彩花さん、彩花さん、彩花さん」

「何故、私の名前を呼ぶのですか」

 視線は麻雀卓の上、周りも見れない、左のこめかみに全神経が集中していた。

「ドンッ!」と卓上を叩く音と共に俺の目先に黒いスーツの袖口から出た右の拳が見える。

「金も持たず我々と博打をするとはいい度胸だ。金がないじゃ済まされないぞ小僧、きちんと落とし前はつけさせてもらう!」

 今まで穏やかな口調だった前田さんの怒鳴り声が聞こえ、すぐに「立て」と恰幅のいい男の声が聞こえてきた。

「はっ、はい」

 抵抗はしない、素直に従って席を立つ。

「奥の部屋まで連れて来い」

 前田さんが恰幅のいい男に命令を出した。恰幅のいい男は銃をスーツの下に戻すと俺の右腕を掴み強引に引っ張ろうとする。

「行くぞ」

 言われた通りにはするが、麻雀卓を離れた途端、急に不安になってきた。

「すっ、すいません。俺、どうなるんですかね……」

 自分で自分の声が震えていてるのもわかる。視線も定まらず足元の畳を直視していた。

「なあに安心しろ、指を詰めたり命を取ろうって訳ではない。奥の部屋で書類にサインするだけだ」

「はっ、はあ……」

 どんな書類かなんてだいたいの想像はつく、前払いで金が入るような危険な何かの契約書。とにかくまともなものではないであろう。

 そう考えると紅音の顔や家族の顔が脳裏に浮かぶ。逃げようとも考えたが無理だ。腕を掴まれているし足も震えている。最後に俺は彩花さんの方を振り返った。

 たぶん俺の瞳からは熱いものが流れていたであろう。

「彩花さん、彩花さん、彩花さん、彩花さん……」

 彩花さんは気の強そうな瞳で俺を直視していた。

「長谷川さん、何をそんなに怯えているのですか」

 怖い、命を取られずともこの先の不安と恐怖で平然となんてしていられない。

「周りをご覧になってください、ここが地獄に見えますか」

 彩花さんに言われ辺りを見渡すが地獄ではない、ただの和室だ。

「足元をご覧なさい、断崖絶壁の崖の上にでも立っていますか」

 そんな危険な場所ではない、足元は畳の上だ。

「違うのであれば何をそんなに怯えているのですか。男であるならばシャキっと胸を張ってください。ここが地獄の底じゃあるまいし」

 地獄の底ではないだろうが、今の俺は地獄行きを告げられた魂のようなもんだ。しかし彩花さんの言葉で何かが吹っ切れたのか、自分が妙に冷静になっていることに気付いた。

 顔を上げれる周りを見渡せる。麻雀卓の方に視線を向ければ冬鬼姫がぼーっとした表情で彩花さんを見上げていた。

「前田さん、お話しがあります」

 彩花さんの声が聞こえてくる。

「どうかしたかね」

 和室を出ようとしていた前田さんが足を止め彩花さんの方を振り返った。

「彼とは別に私とひと勝負してもらえませんか」

「君達には賭けるモノがないだろう」

 彩花さんは前田さんの前まで歩み寄り自分の胸を右手でポンと叩いた。

「私自身を賭けましょう。負ければ貴方がたの好きなようにして貰っても結構ですわ」

 前田さんは彩花さんの足元から顔まで下から舐め回すように見上げるとニヤリと微笑む。

「ほお、自分を賭けるだと。ふふふ、確かに目移りする程のいい女だ、この男よりは金になりそうだが、私達が負ければどうすればいい」

「そうですねぇ」

 彩花さんは俺に視線を向け下顎に手を添えた。

「三千万か、彼を返して貰うか……終わってからの気分次第でどうでしょうか」

「さっ、彩花さん助けてください……」

 必死に訴えかける俺を見て彩花さんはニヤリと微笑んだ。

「前田さん、頼みがあります。もし勝負を呑んでもらえるのであればゲームが終わるまで彼のこめかみに銃をずっと当てていて貰えませんか」

「さっ、彩花さん!」

 今更だがついてくるべきじゃなかった。この人はやっぱり悪魔だ。

「ははははははは」

 前田さんの笑い声が和室内に響き渡る。

「変わった女だ、いいだろう。中村そいつのこめかみに銃を突き付けていろ」

 恰幅のいい男が再び銃を取り出すとまた俺のこめかみに冷たい感覚が蘇る。それと同時に怒りも込み上げてきた。

「彩花さんいい加減にしてください。ふざけないでくださいよ。何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんですか!」

「静かにしてないと撃つぞ」

 血の気がスーッと引く、目先の麻雀卓に腰を下ろしていた彩花さんは落ち着き払った表情で俺の方に視線を向ける。

「取り乱さないでください、助かるものも助かりませんよ」

(っぅ……悪魔め!)

 俺はこいつらのおもちゃじゃないんだ。

(ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!)

 恐怖と怒りで良くわからない感情、全てをぶち壊してやりいが恐怖で体が動かない。とその時だ。

 麻雀卓から誰かが立ち上がり、和室から出ていこうとする。和室の入口に視線を向けると冬鬼姫だった。

「おい、何処に行くんだ」

 慌てて呼び止めようとする前田さんの声、冬鬼姫は振り返らずに一言だけぼそっと呟く。

「帰る」

「かっ、帰るって、今からもうひと勝負しようかとしているんだぞ」

「私が依頼を受けたのはひと勝負だけ。彼には勝ったし約束は守ったはず」

「だっ、だが……そうだ報酬を増やそう。だからもう一戦やってくれないか」

「無理、気分がのらない」

 必死に止める前田さんを尻目に冬鬼姫は足早に和室から退室して行く、間髪入れずに彩花さんの声が聞こえてきた。

「逃げませんよね」

「あぁ?」と彩花さんに視線を向けたのは前田さん。冬鬼姫はもうこの部屋にはいない。

「彼女がいないからと勝負をしないなんて言いませんよね。逃げたら名折れでしょう。彼のこめかみにはもう銃が向けられているのですから」

 前田さんは鋭い眼力で彩花さんを睨みつけた。

「私が逃げるだと? ふふふ、嬢ちゃん口が過ぎるな。我々と博打をやるってことは遊びじゃないんだぞ」

「ええ、遊びと思われてはこちらも困りますわね」

 彩花さんが前田さんを見つめニヤリと微笑んだ瞬間、俺のこめかみに当てられていた銃から「カチャッ」と音がする。一瞬で俺の体は硬直した。

「今引き金を引けばこの男は死ぬ。賭けに負けたこの男を今すぐここで消すのは造作でもない」

「そうですね。ですが今消されては困りますわ、私が勝てば彼を返して貰うのも選択肢の一つなのですから」

「お前さんこそ、負ければどうなるのかわかっているんだろうな」

「ええ、覚悟がなければ貴方がたに博打なんて挑まないでしょう」

 前田さんは笑う。笑いながら麻雀卓に腰を下ろし彩花さんと向かい合った。

「気に入った。度胸もある、いい女だ。私が相手をしよう」

「ゲームの勝利条件は先程と同じで先に十勝した方の勝ち。それでよろしいでしょうか」

「ああ、構わない」

 前田さんが承諾した事により、賭けが成立した。


 どのくらい時間が経過しただろうか体感的にはすぐにも感じられたが長くも感じられた。

 俺はこめかみに突き付けられている銃に気を取られ目の前で行われているゲームに全く集中できなかった。

 ただ恐怖感を味わっているうちに気付いたことがある。先程は彩花さんのことを悪魔と罵っていたが今俺が味わっている恐怖と同じ恐怖を彩花さんも味わっているんだ。

 リスクも同じ、彩花さんは今自分自身を賭けてゲームをしている。負ければどうなるのかこの連中が彩花さんを過保護に扱うはずがない。今俺がこうなってる切っ掛けは彼女にあるがついて来たのは俺自身なんだ。

(悪かった……)

 そんな反省の思いで顔を上げると目の前では既にゲームが終わったのか彩花さんは前田さんを見つめニヤリと微笑んでいた。

「どうやら私の勝ちのようですね」

 かっ、勝ったのか? しかし負けた前田さんにはそういった雰囲気は見受けられず、彼も彩花さんを見てニヤリと微笑む。

「どっちを取るんだ」

 彩花さんは俺に視線を向ける。

「さっ、彩花さん」

 助かるのか? 彩花さんに訴えかけるのだが次の一言で肩を落とした。

「三千万」

 悪魔……なんてもう思わない。結局彩花さんを信じてついて来た俺が悪かったんだ。今思えば中学を卒業してからの俺の人生、ろくなもんじゃなかった。

 しかしそれは俺自身が甘えていたんだ。何が刺激のある人生だ。大金が絡めばこうしたリスクもつきもの、楽して金を稼げるのなら誰も苦労なんてしない。おいしい話しなんて世の中にそう都合よく転がっていないのもわかっていたんだ。

 自分から出た火の粉は自分で消すしかない、それが大人のマナーだともわかっている。だから今回のことは受け入れよう。ただひとつ心残りは紅音のことだ。

 あいつは病気のせいで自分の人生を選択して生きることもできなかった。もともと明るくて利口な奴だ俺なんかよりよっぽど幸せな人生があいつには待っていたはずなんだ。

 どうにかして紅音を助けてやりたかった……。


「と言いたいところですが、彼を返して貰いましょうか」


「えっ?」

 驚いた、一瞬何を言ったのか理解できず俺は彩花さんの顔をまじまじと見つめた。

「貴方を助けると言っているのですよ、長谷川さん」

 彩花さんは俺の顔を見てニコッと微笑む。

(たっ、助かった)

 安堵から熱いものが頬を伝う。だが次の瞬間、思いがけない言葉が飛んできた。

「嫌だ」

 前田さんが彩花さんを見つめきっぱりとそう言い切る。しかし彩花さんに戸惑う表情はない。それどころか突然、狂ったように彩花さんは笑いだした。

「ふふふふふ、はははははは。でしょうね、貴方がたが私みたいな小娘にすんなりと負けを認めるはずがない」

「わかっているのなら話しは早い。親父に何も成果がないのなら私の顔もない。ここは引いてもらう、その代わり彼の負担は一千万にしてやる」

「ダメですよ、今日の勝ち分はきちんといただきます」

「聞き分けの悪い女だな、私達が何者か知っいるはずだ」

「ええ」

 彩花さんは卓上に身を乗り出し前田さんを見つめ悪魔のような微笑みを浮かべた。

「八代目、二葉会組長、斎藤大五郎」

 誰の名前かは知らないが、彩花さんがその名を口にした瞬間、前田さんの表情が曇った。

「お前みたいな小娘が何故その名前を知っている」

「彼とは関わりがありましてね」

「ふふ、夜の世話でもしているのか」

「誤解されては困りますね、私はそんな安い女ではないですよ」

 そう言って彩花さんはドレスのポケットから金色のバッジのようなものを取り出すと卓上に置いた。

「二葉会ってご存知でしょう」

「ふっ、二葉会の金バッジだと。何でお前みたいな小娘が……」

「簡単なことですよ。彼とはビジネスパートナーでして、お金。お金の繋がりは血の繋がりより濃ゆいじゃないですか」

 彩花さんは右手の親指と人差し指をくっ付け円を描くとそれを前田さんに見せつけニヤリと微笑む。瞬間、前田さんは表情を曇らせたまま頭部を掻き毟った。

「おい、中村、その男を離すんだ」

「あっ、兄貴、いいんですか」

 恰幅のいい男をギロリと前田さんは睨みつけた。

「馬鹿野郎! 二葉会と戦争でもなったらどうするんだ、うちの組と二葉会じゃ規模が違いすぎるんだ」

 二人のやり取りを見ていたら彩花さんが席を立ち俺の右腕を掴むと耳元でぼそっと呟く。

「長谷川さん、今の内に出ましょう」

「はっ、はい」

 こうして俺達は逃げるようにして真田組邸を後にした。

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