7,僅かな会話
交差する深紅の瞳と翡翠の瞳。
様々な感情が交差するなか先に我を取り戻したのはウィルだった。
彼は出来るだけ優しげな声音を心がけ話しかける。
「初めまして、ウィル=ルミナールと言う
訳あって森の中心にある大公家に用があって来たのだが道に迷ってしまった
出来れば大公家まで案内をしてほしいのだが……」
優しく言っているが普段から口下手な彼の言葉はぎこちない。
一方カグヤは固まったまま身動きすらとれない。
何も彼女を縛るものはないはずなのにじめんに足が縫い付けられたかのように動けない。
動けない、話せない代わりに頭は動いていた。
「……(“ルミナール”……まさか現国王陛下!?
な、なぜこんな所に……
それよりも迷ったってことは……)」
パニックになりながらもカグヤはそこまで考えて、ようやく口から言葉を吐き出す。
「まい……ご……?」
ある種不敬罪になりかねない言葉にウィルは気まずそうに視線を少女から外す。
出来れば触れてほしくなかった。
「ま、まあ、そうとも言うな……」
「それは……よくご無事で……」
大公家が保有するこの森は普通の森と違い広大で獰猛な野性動物も多い。
迷ってしまえば大公家の人間で無い限り永遠に森をさ迷うことになる。
その点を考えればウィルは少女に会えた事は幸運だと言える。
ようやく緊張も解れてきたカグヤは自分が名乗っていないことを思いだし慌てて名乗る。
「申し遅れました
私は大公家当主 アル=ウィリアムの娘 カグヤ=ウィリアムと申します」
「やはり大公の娘殿か……」
どこか含みがあるウィルの言葉にカグヤは胸が締め付けられる。
その隣ではいまだウィルを睨む白銀の狼が少女に寄り添っていた。
横から感じる微かな体温にカグヤは安心してウィルの方を見る。
「はい、私が大公家の…「噂は所詮噂だな」
カグヤの言葉に入り込むようにウィルは話す。
その表情は苦笑している。
「とてもではないが“魔女”には見えないな」
「……!」
“魔女”それはカグヤを指す言葉でありこの国の貴族の間では有名なことで誰もが彼女を恐れ侮蔑する。
いつも非好意的な視線しか浴びない彼女にとってウィルの優しい視線はむず痒いものだ。
少し身体を揺すってから少女は隣にいる白銀の狼を見る。
狼の深紅の瞳がカグヤを捉えておりまるで好きにしろと言っているようだ。
カグヤは小さく微笑んでからウィルを見る。
一息ついてから彼女は彼に話しかける。
「陛下、僭越ながら私が邸へとご案内させて貰います」
「すまない」
「いいえ」
ウィルのしょげた表情にカグヤは困ったように微笑んでからその場から歩きはじめる。
その後ろを白銀の狼は付き従いながらも背中からはウィルに対する警戒心が溢れていた。
迷路なのか?
と、ウィルは森を歩きながら思っていた。
四方八方同じ景色でどこをどの方角を歩いているのか彼には全く分からなかった。
今ここでカグヤと離れたら確実に迷子になる、情けないが自信をもって言えることだ。
できる限り少女の傍に近寄ろうとするが近づくたびに白銀の狼に睨まれてしまう。
仕方がないのでウィルは睨まれない距離を保つ。
「……(あの狼、随分娘殿になついているな
それにあの瞳の色は……)」
「……陛下」
思考の波に入りかける前に振り向いたカグヤの声と優しい深紅の瞳に引き寄せられる。
カグヤは少し微笑むながら淑女のような礼ではなく紳士がする一礼をしてみせてから、
「ようこそ、我が大公家へ」
低いバリトンボイスで出迎えてくれた。
一応言っておくがカグヤではなく一礼するカグヤの後ろに表面上はにこやかな白銀の髪と深紅の瞳の男性 アル=ウィリアムからだ。
カグヤも唐突に聞こえた男性に声に慌てて振り替える。
「お父様!」
「カグヤ、陛下をご案内してくれてありがとう
早速で悪いが広間に向かってくれないか?」
「?分かりました」
歯切れの悪い父親に深く考えずにウィルに一言断ってからそこ場から去る。
小さくなっていく少女の背中を少しもの足りなさげに一瞥してから邸の主へと視線を向ける。
もう50歳だとは思えずまだ30代でも通ずる外見の持ち主は表面上はにこやかに笑っている。
「ご無事で何よりです、陛下」
「娘殿のお陰ですよ、ウィリアム大公」
「……我が大公家の末子が役に立ちましたなら結構です」
王の言葉にアルは少しばかり驚いてから言葉を発する。
ウィルの言葉は大公にとっては意外すぎる言葉からの驚き。
しかしそれを一切表にだすこともなくアルはにこやかに話す。
「今日はもう暗い
用件は明日お聞きしますので今日はお休みください」
「ありがとうございます」
ウィルは大公に案内されて邸へと入る。
いつの間にか消えていた白銀の狼を忘れて。