35,誘拐
ピチャン…ピチャン…
「…っ」
頬に冷たい何かがあたり意識が浮上する。
ゆっくりと目蓋を開けるが長い間閉じていたためか少しばかり視界が曇っている。
焦点があっていないようだ。
しばらくボーッとしていると焦点があい、視界がクリアになり始める。
最初に視界に入るのは無機質な部屋。
コンクリートで窓1つない部屋で横たわっていたようだ、少しばかり身体がだるいが起こし周りを見渡す。
驚いたことに扉が1つもない。
おそらく、魔法でしか出入りが不可能な部屋なのだろう。
そこから推測されることは…
「誘拐…ですか」
あっさりと呟くカグヤ。
表面上は驚くほど冷静なカグヤだが内心は焦っている。
「(誘拐されてどの程度時間が経ったのか、ここはどこらへんなのか、何が目的なのか…全てが不明すぎます
せめて“どのくらいで新月”なのかさえわかれば…)」
考えても考えてもこの状況を打破できる考えは浮かばずカグヤは息を吐く。
少しだけ力を抜くと思い出すのは最後に見た兄の不敵な笑み。
それはまるで“しくじるなよ”と言っているようだ。
だが今、しくじったのか囚われの身。
カグヤは思わず微笑んでしまう。
「…お兄様に叱られてしまいますね」
完璧主義の兄のことだ、叱られるだけじゃ済まない。
一先ず心の余裕ができたカグヤは今一度気を引き締めるため深く息を吸い吐き出すとその場に立ち上がる。
すると突如部屋の壁の一部が割れだした。
魔法によるものだろう。
現れたのはブロンドの髪と金色の瞳を持つ美女。
意外な人物にカグヤの深紅の瞳は驚きを露にする。
「マリー=ゴールディ公爵令嬢…?」
「初めまして、カグヤ=ウィリアム大公代理殿」
そう言って一礼するマリー。
穏やかに微笑む美女にカグヤは頭のなかが混乱している。
マリーがいるということはカグヤを閉じ込めたのは十中八九彼女の母、シレネ=ゴールディ公爵夫人だろう。
「(よほど邪魔でしたか…)」
思い当たる節がありカグヤは苦笑してしまう。
そんな少女の様子を見てマリーも苦笑する。
「もう分かっていると思いますが貴女を拐うように命令したのは私のお母様です
よほど私を陛下の妻にして実権を握りたいみたい」
「…」
「無駄なのにね
陛下は先王と違い自身で決断する力もありますし…」
「…」
「何より大公家が…貴女がいますしね」
そう言ってマリーは微笑む。
「…貴女は何が言いたいのですか?」
「…さあ?私にもわかりませんもの」
マリーは可憐に笑ってからカグヤに背を向けて壊れている一部の壁の向こう側に行く。
それを見計らったように壁は閉じはじめる。
「あ、そうですわ」
「…」
「“新月の夜”まであと二時間程度ですわ」
「!?」
「…幸運を」
「まって…!」
カグヤが叫んだと同時に壁は完全に閉じてしまう。
閉じた壁を呆然と見つめるカグヤ。
「(なぜ?なぜ知っているのですか?)
…まさか、お兄様?」
これは“新月の夜”の二時間前の話。




