31,時と場所
カグヤから見て大公である兄 サクヤは周りが恐れるぐらい優秀で、その優秀さは未来をも予測すると言われている。
彼女が生まれ前からその才能を出し惜しみをせず大公家の経営を助けてきた。
いくら妹を溺愛しているとはいえ家や国のことに関しては彼はシビアで厳しい。
だからこそカグヤは困惑せざるおえない…
「好きにしてみたらいいよ」
あまりにも投げやりな兄の言葉に。
しかも満面の笑み。
「お、お兄様…何か気に触ることでもありましたか?」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………特には?」
「あったのですね」
どうやら相談する時を間違えたらしい。
あのあと、一度答えを保留にし屋敷に帰ってきたカグヤ達。
リアトリスはその足で先代大公 アルに会いに行きカグヤは書斎にいる兄 サクヤに会いに来たのだが…。
拗ねている。
カグヤは盛大にため息をついてから視界に兄をいれる。
眉間にシワをよせているだけで美形とは怖いものでさらには不機嫌からかどす黒いオーラがでている。
身内の欲目を抜いてもサクヤは美しく麗しい美形だ。
その容姿は神秘的とも言えるだろう。
そんな兄だが今は完全に拗ねているのかいつもなら慈しむように向けられる深紅の瞳はそっぽ向いてしまっている。
それすらも様になっているのだから美形はズルいと思う。
「(それにしても随分なふくれよう…何があったのでしょう?)」
コンコン
と軽く扉をたたく音が耳に入る。
続けざまに「失礼します」と声がすると扉があく。
入ってきたのはカートとそれを押すマーサだ。
「姫様
少しお茶でもいかがですか?」
「マーサ…」
「若様もですよ
可愛い姫様が陛下に「マーサ!!」おほほ」
珍しく余裕なく声をあらげるサクヤとおっとりと笑うマーサ。
あまりにも対称的な二人にカグヤは首を傾げる。
妹の不思議そうな視線に気づいたサクヤは一つ咳払いしてからタイミング良く出されたお茶を一口飲んでから息を吐く。
「…ま、好きにしなさいというのは本音だよ
断ろうが断らまいがゴールディー公爵家を止めないといけないからね」
「では、陛下の意思に従うと?」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………そうだね」
「間が長いですよ、若様」
「五月蝿い」
「?」
国王に最愛の妹をとられて拗ねるサクヤ、主の微笑ましい嫉妬ににこやかなマーサ、全く状況がわからないカグヤ。
穏やかな一日が過ぎ去っていく。
同時刻、リアトリスは叔父であり先代大公 アル=ウィリアムを訪れていた。
挨拶と月例会議の報告のためだ。
「ということです」
「…そうか」
リアトリスの簡潔明解な説明にアルは少しばかり頭が痛くなる。
それは眉間のシワの深さからわかるだろう。
リアトリスは枯れた笑いを浮かべるだけ。
「これで確信した
あいつの言うとおりになる」
「奥様のですか?」
リアトリスが驚くように言う“奥様”。
先代大公の生涯唯一の伴侶にして若くして亡くなった異国の姫。
その名前は彼女の家の風習なのかアル以外は知らず、また呼ぶことも赦されない。
だからこそ異国の妻のことは屋敷のものは“奥様”と呼ぶ。
妻の言葉を思い出したのかアルは疲れたようにため息をつき、ソファーの背もたれにもたれる。
「…リアトリス」
「はい」
「カグヤを頼む
サクヤはあまり傍にいれない
陛下に呼ばれたらお前も付き添え」
「了解」
先代大公の命を承ったリアトリスは一礼してから部屋をさる。
その後ろ姿はどことかく母 ルージュのように堂々たるものだ。
かつて先代ガーネット公爵に嫁いだときのようでアルは苦笑する。
思い浮かぶの可憐で暖かい存在の妻。
「…お前はどこまでも私を捕らえるのだな、“ツクヨ(月夜)”」
今もなお先代大公の心に住み着く唯一の存在。
その名前は子供達も知ることはない“月の夜”を意味する女性。
そしてすべての始まり。
ようやく出てきた今は亡き先代大公の妻の名前。
実は子供達の名前も彼女からきてたりするんですよ?




