3,ウィリアム大公家
初代国王ウィリアムは弟を新たな国王とするとさっさと退位してこの国の南に位置する広大な森の中心に家を建て最愛の妻と共に残りの生涯を過ごすことになる。
一説では初代国王は巨大な魔力を持つ優れた魔法師でもあり森は彼によって造られたとも言われている。
弟王は偉大なる兄王に敬意を評し王と同等の地位を持つ大公を授ける。
以後その家は【ウィリアム大公家】と呼ばれ500年経った今でもその血を繋いでいる。
その家の血族は皆深紅の瞳をしており、不思議なことに当主となった者の子供以外は皆蒼い瞳となる。
森の中心にあるウィリアム大公家の屋敷は他貴族と比べるとこじんまりとしており貴族にしては小さい。
その中でも最南端に位置する二階の部屋は書斎となっている。
部屋の主 アル=ウィリアムは盛大にため息をついてから自身の右側に待機する老執事を恨めしそうに見る。
「本当か?」
「王家の紋章が入っている使者でしたよ」
「……来るのか、カグヤはどうしている?」
「いつも通り家庭教師の叔母君の課題を終えられたので森で【白銀の狼】様と戯れておられます」
「そうか……」
ウィリアム大公は自身の白銀の髪をかきながら美しき深紅の瞳を細める。
「ウィル王とカグヤを絶対会わせるな
王だって“あの噂”を知っているはずだ」
「もし、お会いになられて場合は?」
「王が愚かな事を言わない限りは何もしない」
「かしこまりました
皆に伝えておきます」
「頼む」
大公がそう言うと老執事は恭しく頭を下げてから部屋を出て自分の成すべき事をしはじめる。
一方部屋に残っている大公は椅子に深く腰掛けてからため息をつく。
その手元には王家の人しか使えない紙があり王の来訪が書かれている。
大公家の屋敷から少し離れた場所に大きな湖がある。
そこは森に住む動物達にとっては共有の飲み水でそれは大公家に住む人々もそうだ。
その畔に一匹の狼が横になっていた。
美しい狼と言うのが大きな印象だろうか、白銀の毛並みは太陽に反射してキラキラと輝いており万人が万人美しいと答えるだろう。
鋭い深紅の瞳はとある一点を見つめておりどこか人間味を感じる。
「リィ!」
『!?』
見ていた方とは反対側から声が聞こえリィと呼ばれた白銀の狼が振り返ると一人の少女が現れる。
少女は微笑みリィの側に来ると座りこみ白銀の狼の頭を撫でる。
『……遅かったな』
「ごめんなさい、叔母様がなかなか放してくれなくて……」
『やはりな
夫人は元気か?』
「とっても!」
『そうか』
少女の嬉しそうな声音にリィはどことなく人間じみた動作で微笑む。
と言うもののリィは元々人間だったらしく巨大な魔力の静電気なかなか死ねずおよそ200年くらいは人間として生きたらしい。
しかし人間に飽きた彼は300年前から色々な生き物に姿を変えて生きている……と、少女は聞いたとき思わず引っくり返った。
少女は持ってきたバスケットを地面に置き座り込む。
そしてリィと共に太陽で反射する水面を見つめる。
「……綺麗ね」
『変わっているな』
「それ、前も言ってました」
『俺は俺の思った事を言っただけだ』
そう言ってリィはまぶたを閉じる。
少女はリィの行動に怒ることもせずに苦笑してからまた湖を見る。
少女の瞳はどこまでも透き通っており数多の宝石でさえも敵わないぐらい美しい深紅。
だけど何故か少し陰りがある。
リィはまぶたを閉じながら少女の名前を呼ぶ。
『カグヤ』
「何でしょうか?」
『また何か言われたのか?』
「……対したことはありません
また気味が悪いと言われただけです」
そう哀しそうに言ってから少女は自身の髪を触る。
何者にも染められない漆黒、それが彼女の髪色だった。
この国では王の翡翠の瞳と同じぐらい珍しくまた、“魔女”の証ともされている。
陰りを帯びた深紅の瞳、どこまでも黒い髪。
この国ではこんな噂がある。
ウィリアム大公の娘は魔女である。
と。
リィはまぶたを開け少女を見る。
ウィリアム大公と今は亡き異国の妻との間に産まれた愛娘、世間では“魔女”と呼ばれる少女。
カグヤ=ウィリアム
それが彼女の名前。




