19,ラベンダー
【成人の儀】まで後3日に迫った今日、カグヤは一人自室のベットに腰をかけ、窓の外に浮かぶ少し欠けた月を眺めている。
「……」
何をするわけでもなくただ透き通った深紅の瞳を細め眩しそうにしている。
何者にも染められぬ漆黒の髪はお風呂あがりなのか少しだけ濡れている。
「……」
「姫、どうかなされましたか?」
「……ルリ」
突然聞こえた声にカグヤは驚くことなく名前を呼ぶ。
いつの間にか部屋に入っており扉の前でにこやかに微笑むルリ。
対してカグヤは少し陰りのある微笑みを浮かべている。
どこか後ろめたさの感じる雰囲気にルリは苦笑。
そして軽やかに微笑む。
「大丈夫ですよ、姫
貴女様を侮辱する者が居ればサクヤ様が黙ってはおりません」
「……そんなことは心配していませんよ」
微笑むルリとは逆にカグヤは悲しげに顔を伏せる。
長年彼女に使えているルリには分かる。
自分の主がプレッシャーに押し潰されそうになっているのを。
今回の【成人の儀】はルミナール王家とウィリアム大公家の関係回復の為の行事。
サクヤだけの参加なら何も問題はない。
しかし、今回の主役はカグヤだ。
【大公家の魔女】と呼ばれ畏怖と侮蔑を受ける可憐な少女。
誰よりも大公家らしく誰よりも大公家らしくない彼女にかけられる見えざるプレッシャーはルリなどには想像もつかない。
「……(陛下は何故姫をお選びになられたのか分からないけど一年も会いに来ないのは馬鹿にしているのかしら?)」
そっとため息をついてからいまだ憂いな表情を浮かべている主に視線をうつす。
まだ10代半ばだと言うのに様々な悪意にさらされた大公家の姫は不安からか表情が強張っている。
何とかして緊張を和らげようとルリが声をかける前に部屋のドアがたたかれる。
「姫様、マーサです」
「マーサ?」
夜になるとルリ以外はカグヤの私室には近づくものはおらずマーサが来たことに二人は首を傾げる。
入室許可を出すと現れたマーサは両手に花束を抱え込んでいる。
小柄なマーサが花束に隠れて見えない。
慌ててルリがマーサから花束を受けとる。
あまりの量にカグヤは目を丸めて呆然としていた。
花束を受け取ったルリは眉を寄せながらマーサを見る。
「マーサ、これは?」
「陛下からでございます」
「……え!?」
マーサのあっさりとした答えにカグヤは更に目を丸くする。
紫、赤、黄色と美しく束ねられた花々。
いったい何故?と首を傾げるカグヤの耳に不機嫌なルリの声が届く。
「これは姫の誕生花の“アゲラタム”
そして“ラベンダー”ですね
……随分凝ったことをするではありませんか」
「ルリ?」
「落ち着きなさい、ルリ
姫様が困惑かれてますよ」
マーサに諌められルリは若干出ていた殺気を納めるが不機嫌な表情にはかわりない。
珍しい従者の表情にカグヤは首を傾げながら困惑している。
対照的な主従をマーサにこやかに見守る。
とても噛み合わない空気だ。
しばらくしてルリは空気に耐えかねたのか息を吐き出しながら主にラベンダーを見せる。
「姫、ラベンダーの花言葉をご存じで?」
「?“清潔”と“期待”ですよね……?」
自信なさげに答える少女にマーサはにこやかにルリはどこか呆れたように苦笑する。
「え!?違うのですか!?」
「正解と言えば正解ですよ」
オロオロとする少女にマーサは優しく肯定する。
「間違いと言えば間違いですが」
ホッと息をつく少女にルリは無表情で肯定する。
「違うのですか?
でも……」
「姫、ラベンダーの花言葉は確かにおっしゃられたとおり
ですが、陛下が言いたいのはそれではありません」
ルリの謎かけにカグヤはキョトンとしている。
【大公家の魔女】と恐れられ畏怖と侮蔑をさらされている少女とは思えないぐらい愛らしい行動だ。
ルリは意地悪にもこの花言葉を言った後の主の表情が真っ赤に染まるのを楽しみに思ってしまう。
王宮の王の執務室。
ウィルは欠けた月を眺めている。
月明かりに反射された翡翠の瞳は輝きどこか神聖な空気を漂わせる。
「満月でもないのによく輝いている」
この調子ではおそらく三日後も同じなのだろうと思ってからウィルは不意にとある少女を思い出す。
“魔女の証”とされる漆黒の髪を持つ可憐で聡明な大公家の姫、カグヤ=ウィリアムだ。
大公家特有の深紅の瞳は父親の冷酷さ、兄の鋭利さを一切感じさせないぐらい優しく暖かな光を宿す可憐な少女。
「……届いているか?」
少女を思い用意させたドレスの生地と花束。
はたして彼女は来てきてくれるのだろうか?
目の前に貯まっている書類よりもそちらの方が心配なウィルは整った眉を眉間に寄せる。
「……カグヤ」
未だ表舞台に姿を表さない少女。
ウィルは翡翠の瞳を細める。
花言葉は“清潔”“期待”“優美”そして……
「……“貴女を待っています”」
およそ1ヶ月ぶりの更新ですみません。
次回から章が変わります。