16,意外な姿
これは宰相が見てしまった国王の意外な一面。
それは嬉しくもありどこか可笑しさを感じてしまう冬間近の王宮の変化だ。
「……は?」
そんな声と共にイルは藍色の瞳を丸くして書斎を見ていた。
そんな右腕を訝しげに見るのはこの国の王 ウィルだ。
精悍な顔つきを不満げに歪ませて言葉を発する。
「なんだ、その不気味な表情は」
「……不気味とは何ですか」
なんとかこっちに戻ってこれたイルは一先ず不服な言葉に反論してから深く深呼吸をする。
そして自分の見間違いかもしれないと思いながら部屋を見直す。
仕事関係の書類の山がこんもりと机の上にあるのはいつものことなので気にしない。
机の隣には普段から書斎にこもって仕事をするウィルの為に用意されている簡易ベッドがある。
壁には過去にウィルが纏めた書類の数々が整理されている棚がある。
まぎれもなくいつもの書斎の風景……な筈だがイルはとある一点が気になって仕方がなかった。
それを見つけて見間違いじゃなかったことに気づいたイルは口許をひきつらせてしまう。
何故、それが王の書斎にあるんだと、全力でツッコみたいイルの疑問に意図して答えた訳ではないだろうがウィルはイルの視線の先にある……ベッドにあるものを取る。
それは美しい若紫色の絹で出来た布と臼桃色の布だ。
ウィルは無表情のまま布を手に取り、
「どうだ」
と短く問う。
イルは暫し呆然とするが気合いで自身を取り戻しゴホンと咳き込んでからもう一度深呼吸をする。
「……あえて聞きましょう、何がですが?」
「布だ」
「……あえて聞きましょう、何にお使いで?」
「ドレスだ」
「……あえて聞きましょう、誰の?」
「大公家の娘殿だ」
「……あえて聞きましょう、ドレスを贈る意味をお分かりで?」
「プロポーズだろ」
「そこまで分かっててドレスを贈ろうとするのですか!?
むしろ分かっているなら答えるのを躊躇って下さいよ!!」
「何故だ?」
「お前は馬鹿か!!!」
国王の頓珍漢な問いに等々イルは我慢を出来ず叫んでしまう。
ちなみにその叫びは王宮中にしれ渡ったそうだ。
閑話休題。
肩で荒く呼吸するイルの前では鉄仮面な国王が首を傾げながら言葉を放つ。
「何かあったか?」
「……馬鹿で色々と抜けている陛下には私が懇切丁寧にお答えいたしましょう」
「……一応主だがその態度はないだろ」
「ドレスを贈るということは……」
ウィルの言葉を遮ってイルは呆れた様子で話し出す。
「この国ではプロポーズに等しい行為です
そこらへんの貴族がそれをしても何の問題はありません
しかし、貴方はこの国の王
……ドレスを贈るということはその女性を王妃として迎え入れるという意味に囚われてしまいます
王の妃は当然それなりの貴族に限られています」
「つまり俺が娘殿にドレスを贈れば娘殿が王妃と見られるということか?」
「そうです」
イルが頷くとウィルは眉をしかめる。
「確かに困るな」
「ええ」
「正式な挨拶にも伺っていないのにそんなことをすれば信用が下がる」
「そっちの心配ですか!!?」
「……布だけ贈れば問題ないな」
「問題ありますよね!!?
結局ドレスになるのですよ!?」
「形になっていないから問題ない」
バッサリと言い捨てるウィルに国随一の頭脳さえも思考回路が停止してしまう。
時間にして数十秒の停止だった。
我を取り戻すとイルは改めてウィルに苦言を呈しようとするがふと口を止める。
どの女性に対しても淡白な態度だったウィル。
そのせいか“ルミナール王家”の分家とも言える“ゴールディ公爵家”との婚約を先方から無理矢理押し付けられている。
今までウィルはそれに関して何も思わなかったようだがつい最近、正式に婚約を断った。
勿論ゴールディ公爵家は不平不満をもらすがウィルの確固たる意思に負け表向きは引き下がったらしい。
「……(まさかカグヤ殿に?
確かにウィルは彼女に対しては好意的だったが……)」
「イル」
思考の波に飲み込まれそうになったイルを止めたのは硬い声音のウィルだ。
見るといつも通りの鉄仮面だが少し顔が強張っている。
「布でも駄目か……?」
「……」
どこか弱りきったはたまた懇願に近いことを言われイルは息を止めてから吐き出す。
どうやら無自覚だが娘殿に微かな想いを寄せているらしいこの国の王は何か贈りたくて仕方がないようだ。
「……(ま、ウィルに想い人が出来ただけでもよしとしよう
叶うかどうかは別として……)」
頭を過ったのは満面の笑みで絶対零度の視線を向けてくる次代の大公 サクヤ=ウィリアム。
どうやらかなりのシスコンらしい彼がウィルの最大の敵になりそうな予感がしてくる。
「……(私に出来ることはする
ウィルには想い会う妻がいてほしいしな)……陛下」
「?」
「布だけでしたらいいと思いますよ?
ただ渡す理由としては“大公家と王家の架け橋になってくれたから”とのほうがいいかと」
「……成る程な」
策士な右腕の言葉にウィルは迷いもなく頷く。
決して頭が悪いわけじゃない。
それなりに女性経験も積んでいる。
だけど、本気で好きになった相手にはどうでればいいか分からないだけの国王。
そんな主に苦笑してしまうイル。
「……どうかウィルに暖かな幸せを」
小さく呟かれた言葉は彼以外には聞こえることもなく消えていった。