従者の剣舞
2015年五月十九日改訂
ランクネンという都市は、その都市単独での自治が認められている街だ。都市国家と呼ぶにしてはさほど大きくなく、聖王国や帝国、王国連合などの間に存在しながらどこの軍も入ることが出来ないように条約を結び、複数の商店、商会、銀行などの代表が集まり、中央部に建てられた議事堂でこの街の運営を行っている。街を囲むようにして張り巡らされた二周の外壁には敵を追い払うための武器が設置されていた。だが今現在ランクネンは賑やかで活気のある都市ではなく、銃弾と魔法が飛び交う戦場へと様変わりしていた。だが、敵がいたのは『外側』からではなく『内側』から、それが意味するところはこの街に拠点を構えていた傭兵団が反乱を起こし、港湾地区とそれに付随する各施設を制圧。またそれに呼応する形で複数の冒険者ギルドが戦闘を開始し、街では傭兵団、冒険者ギルド、巻き込まれたその他大勢という三つ巴の様相を呈している。
既に事件が勃発してから数日。街に取り残されたその他大勢……市民や商人が四割、冒険者が五割で構成されている彼らは傭兵団の参加に加わっていた盗賊団が支配する議事堂の制圧作戦に乗り出した。盗賊団の主力は何所からか盗んできた軍用の装甲馬車。それをバリケードにして議事堂への侵入を阻んでいる。
既に議事堂奪還の作戦は何度か行われているものの、基本的にはバリケードの突破に時間がかかり、議事堂内部から出現する増援に対処しきれず撤退するということを繰り返してきたのだが、この日、議事堂へ通じる道の中央に現れたのは一人の女性だった。これが軽鎧に身を包んでいるのならば彼らも身構えたのだが、盗賊と傭兵達の目の前に現れたのは一人の女性だった。茶色の瞳に腰にまで届きそうな長い銀髪は首の後ろから少し下の部分で束ねられている。彼女が身に纏っているのは白と黒のメイド服だった。だが、メイド服もこの世界の給仕が使用するような簡素な、それこそ作業のためのものではなく、メイド服としての機能性を残しながらも材質から細部に至るまで、徹底的に凝った魔法の力に満ちあふれるメイド服だった。胸元にあるリボンの結び目に十字章があることからもそれが単なるメイド服ではないことを物語っていた。
彼女が着るこの世界でいうところの給仕服の作りはこのVCO世界のものでは無く、冒険者達が『リアル』と呼んでいる世界に存在するヴィクトリアンメイドの姿そのものだった。
メイドの女性が見る者を見惚れさせるような天使のような笑みを浮かべると腰の剣帯に吊っていた片手剣を抜く。普通の片手剣では無く、軍隊で使われるような軍刀を右手に、左手には貴族が使用しそうな細緻な装飾が施された細剣を持つ。その場に適当に会った装備を拝借してきただけなのだが、盗賊たちはそんな事情を知る由もない。得物の感触を確かめるように数度柄の部分を握ると彼女は一気に走り始めた。移動系スキル【縮地】。まるで瞬間移動のようにも見える移動法で近付いてくるメイドに盗賊たちは彼女が敵だということを理解する。バリケード代わりに置かれていた装甲馬車の窓が開き、連続発射も可能な大型のクロスボウが姿を見せた。指揮官の下で一斉に発射された矢はその尽くが回避されるか両手に持った剣によって叩き落とされた。正しくはどうしても回避できない攻撃に限って剣で叩き落としている。
立て続けに、第二、第三射が行われるが、その攻撃の中でも彼女は一切止まることなく、装甲馬車へと近づいていき、そして装甲馬車まであと少しというところで彼女は残骸を利用して大きく跳躍、両手に持っていた軍刀と細剣を手の中で回転させると後は勢いのまま装甲馬車の屋根へ降り立つ。
そして降り立った瞬間に軍刀とレイピアを屋根に勢い良く突き刺した。一見すると何も考えていないように思える攻撃だが、装甲馬車の中では盗賊二人が剣によって身体の一部を貫かれていた。屋根越しに馬車の中が見えているかのような攻撃に我が身大事な盗賊たちは自分が逃げるために大慌てで装甲馬車の扉を開く。だがメイドがそれを許すはずもなく、開かれた扉に投げ込まれたのは手榴弾。馬車の中に破片と死が撒き散らされ、生き残った盗賊も爆風と手榴弾の衝撃波で身動きが取れない状態だった。
逃げ遅れた盗賊数人がメイドの剣の錆となるが、盗賊たちはそれに構わず後退。距離を取って射撃を続行する再び大量の矢を彼女に発射した。風切り音と共に大量に飛来する矢に対し、彼女は一時的に後退、先程撃破した装甲馬車を盾にして矢の雨を凌ぐ。だが、飛んで来た矢の中には火矢や火薬を巻き付けた物もあった。半壊した装甲馬車で爆発音が数回響き、盗賊側の中にもいくつか「倒したか……?」という声が上がる。だが、この言葉を言った段階で彼らの命運は確定した。
炎と煙の中からいきなり現れたメイドが滑るように盗賊たちの中央に突っ込んだ。当然反撃のために彼らも応戦するが、それより先に二本の剣が盗賊たちに襲いかかった。巻き起こるのは死の旋風、メイドが盗賊を冥土へ送る。冗談のような話だが、目の前で起きていることは冗談でも何でもなく全てが今現実で起きていることだった。単なる片手剣だと思って受け止めてみれば、その余りにも重い一撃で受け止めた剣は砕け、楯は弾き飛ばされ、槍は柄の部分が圧し折られる。そこにあるのは双方互角な『戦闘』ではなくメイドの一方的な攻撃による『蹂躙』だった。騎士を始め、盗賊でも武器の耐久度は気にする。どちらも武器が自分の生命に直結するからだが、盗賊を次々と斬り倒していく彼女は武器の耐久度を一切気にかけていない。そして消耗を厭わない戦い方の剣から放たれるのは一撃必殺の一太刀だ。
ある者はそれを幻想的な剣舞と言い、ある者はそれを地獄の顕現だという。どちらも的を射た意見だ。銀閃が閃き、瞬く度に盗賊たちの死体が増え、装甲馬車を始めとした兵器群は鉄片と木片の塊へ帰って行く。
荒れ狂う暴風の様な剣舞が一段落し、盗賊たちが反撃に移ろうとしたところで彼女は二本の剣を地面に突き刺すと新たな武器を両手に持った。機関拳銃B&T MP9。銃床、ライト、光学機器等は装備済みのカスタムモデル。それを盗賊たちに向けると引き金を引いた。オレンジ色の銃口炎と共に弾丸が立て続けに敵へ命中。敵がバタバタと倒れて行く。反動を制御し、一発の無駄弾を出さずにマガジン内の弾丸を撃ち尽くすと弾倉交換することなくMP9を収納、その隙をついて生き残った盗賊の多くは議事堂前に築かれたバリケードへ姿を隠した。飛び道具持ちの味方の数こそ少ないものの兵力の点では明らかに彼女を上回っている。
入れ替わるように出したのはショットガンのようにポンプアクションで次弾を装填出来る擲弾銃だ。現実世界にも似たような機構の銃は存在するが、この世界ではベースとなった銃に若干のアレンジを加えたオリジナル銃として存在している。『GL120X ストーンヘンジ』と呼ばれる射撃武器を構えた。照準器を立て、議事堂前にいる敵に向けて一発目。バリケードが崩れるのを見て立て続けに二発、三発と撃ち込む。五発目を撃ち終えた段階で盗賊側が反撃しようと顔を上げたところで最後の六発目を撃ち込む。一度破壊した装甲馬車の影に隠れて再装填。もう一度全ての弾丸をバリケードに撃ち込んだ。
今回打ち込んでいるのは通常のグレネードではなく、粘着爆弾がセットされている。先に撃ち込んだ六発と今撃ち込んだ六発、計十二発の粘着爆弾を撃ち終えた段階で彼女はメイド服のポケットから掌サイズの黒いタイマーの様なものを取り出す。黒い蓋を親指で弾くと中にある赤いボタンを躊躇い無く押し込んだ。
転瞬、オレンジ色の爆光がバリケードの一角を吹き飛ばし、その後ろに隠れていた盗賊諸共吹き飛ばす。粘着爆弾が起爆し、バリケードを破壊したのだ。唖然とする盗賊を見ることなく、彼女は再び二本の剣を手に取ると穴が開いた部分へ突撃した。爆発と轟音、襲いくる熱波とバリケードの構成物が飛んできたことによって浮足立った盗賊側は爆炎が収まらない内に突っ込んできた彼女に対し有効な反撃が出来ずにいる。一太刀で二人の盗賊を吹き飛ばし、次いで繰り出した一撃で三人を壁に叩きつける。
議事堂への道が開いたことで後ろに控えていた冒険者達も攻撃を始める。盗賊の雇い主である傭兵達を押さえ、議事堂を制圧していく。メイドも二刀で敵を次々と斬り倒しながら主と連絡が出来そうな場所を探す。サポートキャラクターもプレイヤーと同様に通信手段を持つのだが、ここでは何故か通信が出来ない状況だった。だからこそ彼女はこの世界の公共施設などに必ずある『通信結晶』と呼ばれるアイテムを探していた。
「うぉぉおぉぉっ!」
トマホークを持った盗賊が突っ込んでくるが彼女は振り下ろされたトマホークを回避し、足払いで盗賊を転がすと、その背中にレイピアを突き刺した。威力はあるために使用してきたのだが、耐久度を度外視して酷使しすぎた結果、刃は刃毀れを起こし、柄の部分やナックルガードの部分が欠けてしまっている。斬る以外にも柄頭の部分で殴りつけたりもしていたから当然と言えば当然だ。
レイピア……アイテム名称ウィンドエッジをメイドは盗賊から抜かず、代わりにアイテムバッグから一丁の拳銃を取り出した。鉄ではなく、ポリマーフレームを多用した新世代の拳銃の一つ。コンパクトさを追求したグロックシリーズ最小モデルG26を取り出し、スライドを引いて初弾装填。オプションで拡張マガジンを選択しているが、それでも総弾数が二、三発増えただけに過ぎない。あくまで軍刀の補助武器ということを頭に置きながら彼女は曲がり角から現れた鉈持ちの盗賊にG26の弾丸を撃ち込んだ。黄金色の空薬莢が排出され、議事堂の廊下には苦悶の声を漏らす盗賊が転がっている。盗賊を軍刀で始末すると彼女は議事堂に残っている盗賊や傭兵達の掃討に向かった。
それから数時間、中堅レベル冒険者と高レベル冒険者が中心になって行った議事堂制圧作戦は無事に成功。今後はここを拠点としつつ行動することが決定した。既に制圧した議事堂の会議室では指揮官クラスの冒険者が数人集まって救援が来るまで徹底抗戦か準備を整えて街を脱出するかという今後の方針を巡って会議をおこなっている。
会議室から聞こえてくる話し合いと議事堂の中にいる冒険者達の雑談をBGMにしながら今回の作戦の功労者である武装女中……リーラ・ハーケンサイトは目的の品を確保し、静かな場所を探して議事堂内のあちこちを歩いていた。冒険者の中には制圧作戦の中で先陣を切った彼女と懇意にしようと近づいてくる冒険者がいた。憧憬から打算まで様々な意図を瞳の奥に宿した冒険者達の誘いや脅しに近い勧誘を全て断ったのには理由がある。
理由は至極単純で、彼女には既に己が仕えるに値する主を見つけているからだ。サイファー……本名、烏間将成。彼の一人目のサポートキャラクターとしいて彼女、リーラ・ハーケンサイトはこの世界に生を受けた。メインの職業は【ブラッドレイ】。サブ職業の一つにはメイドを選択している。あちこちから来る勧誘を断りながら議事堂の中を歩き回るリーラはその中の一角にある議長室というプレートの部屋を見つける。ここは荒らされた形跡もなく、そもそもこの区画に立ち入っている冒険者もいない。右手をドアノブの前に出して強制的に開錠した瞬間に発動するトラップの類がないことを確かめると彼女はドアの鍵を開ける。重厚なドアを開けた部屋は確かに重役が使用することを前提にした内装だった。中央には重厚な色合いの執務机があり、壁際には様々な賞状やトロフィー、勲章などが収められたガラス張りの棚に、執務机の上には万年筆立てや決済の済んだ書類を入れるトレー。それ以外に目立つ者と言えば応接セットがあるぐらいだった。部屋を見渡し、再び施錠すると彼女は執務机とセットで置かれている椅子に腰かけると、大きく息を吐いた。ここに来るまでの間に軍刀は既に廃棄、G26もすぐに使えるよう準備する。ウィンドウを操作してメイド服を一般に流れているものと切り替える。本来の装備は彼女の主がコスト度外視で作った品で、布製防具でありながら高い防御力と優秀なアビリティを備えているという優れ物なのだが、メイドとして活動する際に将成に準備された専用の服は恐ろしく目立つ、だからこそ彼女はこうして複数のメイド服を持ち歩いていた。今回取り出したのは茶色に白いエプロンが特徴のメイド服。装備が完全に切り替わったことを確認すると彼女は改めて武器を再装着する。
「さて……取り敢えずは戦力の確認か」
それだけ呟くとリーラは部屋を後にし、階下へ、冒険者や民間人が大勢逃げ込んでいるであろう区画へと向かった。
結局一周回ってヒロインはメイドになりました。今週はできれば明日か明後日にもう一話投稿する予定です。それでは皆様の批評、感想等をお待ちしております。