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異世界の旅路

2015年五月十九日改訂

 聖王国北東部、グリデシア大迷宮と呼ばれるダンジョンの中では己の戦闘経験を積むのと目に見える強さの証であるレベル上げに勤しんでいる最中だった。後ろには万が一のために護衛の騎士が控えているものの、今の彼らを見ている限りその出番はなさそうだった。その中で勇者の一人である智樹は強さの証明とも言われているレベル上げに邁進していた。


「はああああっ、ランスオブライト!!」


 大槍の穂先が光に包まれたかと思うと、敵対したモンスターは死亡している。それ以外にも複数の武器を使いこなしている智樹は早くもレベルが五十台に到達しそうな勢いだった。エルデ人は比較的成長速度が遅い。冒険者は例外だが、冒険者達と比べても智樹の能力上昇は異様ともとれる速度だった。


「流石ですトモキ。私が先程注意したところも直している。本当に優秀ですね」

「そんなことないさ。これもエリシアのお陰だ」


 彼の隣に立ち、彼を誉める金髪の女性に対し、智樹は大したことはないという仕草で答える。聖王国の近衛騎士団副団長を務めるエリシア・フォン・イグノティス。豊かな金髪にエメラルドグリーンの瞳が特徴的な女性で年齢は今年十九になったばかりだった。


「エリー!お兄ちゃんにあんまりべた付かないで」


 褒め続けるエリシアの隣に不意に人影が立つ。智樹よりも年下だが、手には古木を使った杖を持ち、円を描く竜の紋章が入ったフーデッドローブを纏っているのはノーラ・レムリアント。人の身でありながら竜を従わせることの出来るという特殊な能力を持つ一族の出身で、今は里が壊滅してしまったために天涯孤独の身だった。以前までは塞ぎ込んでいたことも多いが、今では智樹を『お兄ちゃん』と呼び慕っている。

 現在の彼が率いるパーティーは前衛であるエリシアが敵の攻撃を一手に受け留め、後方からノーラの攻撃魔法や支援魔法が飛び、その合間を縫うようにして智樹が遊撃を行うというフォーメーションを取っていた。事実、この戦法で彼らはダンジョンのボスクラスの魔物の撃破に成功している。

 智樹が王国の宝物庫で手に入れた相棒こと【神槍・ゲーディッヒ】を肩に担ぐ。冒険者用に渡されるアイテムとしても十分な性能を持つこの槍は、智樹このダンジョンの攻略を開始してから三日。彼は既にダンジョンの最奥に眠るエルダーリッチの討伐に成功している。彼としては次のダンジョンに挑みたいところなのだが、王女や教会上層部の意向もあって、現在は大迷宮の近くにある街を拠点にしながらこの世界についてのこと、そして勇者についてのことを学んでいる最中だったりする。

 勇者にはそれぞれ召喚された際に専用の能力を授かることがある。身体能力の大幅な向上も個人によって差があるのだが、何よりも個人に宿る能力次第では文字通り一騎当千の兵になることがある。智樹の能力そのものは前衛向けで、筋力や耐久も然ることながら敏捷の数値も相当な領域に達している。

 現在のところ智樹が持っている固有能力は相手の魅了と高速再生の二つ。使いようによっては自分だけの軍団を作ることも可能で、エリシアもノーラも彼に対して従順なのはこの能力のお陰によるところもあった。残る高速再生は純粋に受けた傷の高速での再生を行うというものだ。こちらは冒険者のスキルにもあるのだが、まだ彼はその手の情報を知らない。


「……エリシア。あれは?」


 ダンジョンから街へ戻る途中、智樹が指差した先には一頭の飛竜が飛んで行くところだった。この世界ではテイムすることによって竜を従える者がいる。馬のように竜を駆って大空を駆け回る竜騎士などはその筆頭で、魔族との戦争に於いて有効であるために各国も竜騎士の育成と勧誘に躍起になっている。


「あれは、帝国軍のアーデルハイト将軍の愛騎です。一応聖王国と帝国は同盟関係にありますからね。ああやって帝国の竜が来るのも然程珍しいことではないのです」


 高速で飛び去っていく竜を見ながらエリシアは説明する。聖王国と小国をいくつか挟んで広がる西の大国。神聖ウェストランディア帝国。今のところは魔族との戦争に向けて共闘の構えを見せているが、聖王国側も警戒は解いていない。この世界にも敵味方を識別する魔法技術は存在するため、敵の竜が入ってきた……ということはないらしい。


「……あの竜が欲しい?お兄ちゃん」


 不意に自分の隣へ身体を寄せていたノーラが智樹を見上げながら訪ねてきた。そこで智樹の中に一瞬だけ逡巡が生まれる。他人のものは取ってはいけないと親や教師などに教えられた上で彼は今まで生きてきた。確かに誰かの物を力尽くで奪うのは盗人の所業だ。だが、ここは彼が今まで生きてきた日本とはことなる。そしてこの異世界では力次第で自分の欲しいと思ったものが手に入る。それこそ誰かから奪ったとしても、力があればこの世界ではそれが許容され、賞賛されることさえある。

 智樹は向こうの世界では居ても居なくても大して変わらないような一般人、どちらかと言えばクラスの中で虐げられるような存在だったがここでは世界を救う勇者だ。召喚したときにいた王女を始め、貴族の令嬢など選り取り見取り、戦いに赴かなければならないという義務は生じるが、現実世界にいたときのように教師が勝手に決めたグループではなく、ここでは智樹の思うように、智樹の好きなようにパーティーを組むことが出来る。そして大半のことは王国や教会が後ろ盾に付いているためある程度なら大事にさせることなく処理することが出来る。

 それを再確認し、智樹は唇の端を吊り上げると自分の服の袖をつかむノーラに向かって自分の考えを口にした。



 将成の持つ大剣が醜悪な顔つきのコボルトを一撃で仕留める。膝をつき、受身を取ることも泣く地面に倒れたコボルドには目もくれず、彼は大鉈を振りかぶったコボルトへ視線を向けた。

 頭の中で明確に使いたいスキルをイメージしながらMP……魔力を武器へと送り込むことでスキルを発動することが出来る。最初の頃は技名を一々口に出していたが、戦闘を数回こなす内に段々と慣れてきた。それに二十歳にもなってスキルの名前を叫びながら戦うのはどこか恥かしい。

 彼がイメージし、発動させたのは付与スキルと呼ばれる武器に様々な属性や効果を付与して戦うスキルの一つで今回使っているのは剣に炎を纏わせる【ソードインフェルノ】。戦闘開始直後に使用したスキル、【アドベント・イフリート】によって炎属性の威力を倍にしている。ゲーム中でも良く使っていた武器と職業の持つスキルの倍掛けは現実世界となった今でも健在だった。ソードインフェルノは名前の通り火属性の攻撃で、一定確率で出血効果を相手に付与するスキル。【アドベント・イフリート】は一定時間中武器に火炎属性を付与するというスキルだった。勿論これ以外にもアドベント系統の支援スキルは存在している。これ以外にも将成は大剣の威力、攻撃速度が上昇する常時発動型スキル〈大剣修練Lv10〉が発動している。本来ならば、【アドベント・イフリート】を発動させていなくともコボルト程度の敵を屠るのは造作もないのだが、そこはシステムを確かめるという意味合いも含めて様々なスキルを使って戦闘を行っていた。

 ゲームだった頃【ソードインフェルノ】発動時に画面に映るエフェクトは真紅だったが、今では蒼い炎を纏った刀身がコボルドの肩口から入って鎧を斜めに引き裂き、脇腹から出て行く。それだけで既に斬られたコボルドは足取りが覚束なくなって前のめりに倒れた。

 蒼い炎が消え、コボルドが燐光を放ちながら消滅すると、彼は新たな敵を探す。次の敵が叫び声を上げて飛び掛る直前に将成は大剣で飛び掛ってきたコボルドの身体を貫いた。飛び掛ってきたコボルドの死骸を振り払うと彼は群れのリーダーらしきコボルドに視線を向ける。刀身がこぼれた刀に盾、身体には鎧を纏っている。


「ギャゥァァァアアアァッ!!」


 己を鼓舞するような雄叫びを上げてコボルトリーダーが突進する。刀を片手剣の類と考えて使用しているためなのか、構え方も片手剣のそれに近いものになっている。だが、コボルトリーダーは将成へ近付く前に動けなくなった。振り上げた右手が力なく垂れ下がり、刀と盾をまともに持つことが出来ず、コボルトリーダーは自分に何が起きたのか理解する前に絶命した。将成が何をしたかといえば、大剣を前に突き出して相手の獲物のリーチに入る前に始末したのだ。ボロボロだったとはいえ金属製の胸当ては布のように大剣の切っ先を通し、コボルドを貫いている。

 そこへリーダーが倒されたことで激昂したのか別の方向から銀色の兜と鎧に身を包んだコボルトが迫っている。物言わぬ死体となったコボルトリーダーから大剣を抜くと、正面から敵に向かい合う。相手の武器よりも将成の持つ大剣のほうが数倍長い。だからこそ先程と同じように構えてから将成は大剣を前に突き出した。勢い良くは知っていたコボルトが、後ろへがくん、と戻されたかのような動きを見せる。リーダーを倒したときとは異なり、大剣の剣先は鎧と兜の隙間を貫き、反対側のうなじからコボルドの血に濡れた大剣の先端が顔を覗かせていた。誰が見ても一撃で死んでいることが分かる。

 戦闘が終わりを迎えると将成は討伐部位の回収を行う。冒険者の一定範囲内に散らばったアイテムは自動的に回収することが出来るため、ポーションや金貨などは勝手に回収されていく。

 素材であり売却アイテムでもあるコボルトの鎧や簡素な片手剣、低級ポーションや金貨など今の彼にとっては必要の無いものだが武器や鎧関連は街で売ればそれなりのゴールドを手に入れることが出来る。幸いアイテムバッグにはまだ余裕があったのでその中へぽいぽいと放り込んでいく。

 将成の相棒である三人の内の一人がランクネンにいることを知ってから十数時間。彼はここ最近の拠点である街を出て、彼女が最後に寄ったとされ、今現在足止めを食らっていると思われる街、ランクネンへ向かっていた。馬と飛行生物召喚を行いながら、休む時間も惜しんで移動を続ける。本来であれば街と街を繋ぐ都市間移動用の施設があるのだが、ナタリアと確認しにいった時にはポータルが置かれた建物の中には冒険者こそいたが、移動用として使われているポータルは通常光っているのだが、その光はなく、その周囲を回っている金色のリングも動きを停めていた。多くの冒険者が困惑や悲壮感を漂わせている中で、彼は行動を開始した。これで目的地まで一足飛びに行くことはできなくなった。残されている集団は大きく分けて二つ、騎乗可能な生物や操縦することが可能な乗り物を使って移動することだ。前者はものによって空を飛ぶことが出来るものもある。テイムしたものとは異なり、時間制限つきだがそれでも強力なことに変わりはない。もう一つは地上を走るものが多いが、燃料に必要な動力さえあれば走ることが出来るという代物だ。

 街の外れに出ると、将成はアイテムボックスを操作して自分の目の前に一頭の馬を呼びだす。

 道をひたすら歩き、どこからともなく出現するモンスターを倒し、宿屋のある村や町を見つけて泊まりといった生活をひたすら繰り返した。途中で特殊なモンスターに襲われたり、追い剥ぎを生業とするPKと殺し合いを演じたり、別の街へ向かっているギルドの護衛をしたりとそれこそ大小様々な思い出がある。そんな中で彼はある集団の存在を知り、やがて『ギルド』という看板に縛られた集まりではなく、ただふらりと集まってきた冒険者達と共に様々な場所を、様々な戦場を渡り歩いた。


 レイドボスをたった数十人で倒し、レア装備の杖をメンバーである真面目青年にプレゼントしたこと。


 海外サーバーのある大陸へ出掛けて、そこで出現するモンスターからレア装備を拾ったこと。


 小規模ギルドに傭兵として雇われ、大手ギルド相手に大立ち回りを演じ、何度も死に戻りしたこと。


 伝説の勇者パーティーと行動を共にする『最強の二刀流』と『閃光の突剣使い』相手に戦いを挑み、盛大に敗北したこと。


 思い出せるだけでもざっとこれだけある。そして招集が掛かった時の集合場所はいつもばらばらだった。同じ場所に留まらないという、根無し草のような集団らしく、時には星が今にも降りそうな遺跡で集合したかと思えば、今度は画面から寒さが伝わってきそうな氷の上に集合したり、大手酒場をチームだけで貸切にし、そこで集まったこともあった。


(もうすぐ日が暮れる、今日はこの辺りで宿を取った方がいいかもしれない……な)


 過去の回想に耽っていると道の端に看板が立てられていた。近くにある街か村の距離を案内する看板を確認しながら将成は西の空を見る。既に太陽は大分傾き、自分の愛用する魔大剣と同じ時間帯に差し掛かっていた。オレンジ色と藍色の空がマーブル模様を描き、地平の彼方へ太陽が沈もうとしている。

 現実世界では当たり前のように繰り返されていた光景だが将成はそれを見ていて改めてここが異世界だということを理解すると同時に感動に包まれていた。普通に東から太陽が昇り、西へと沈んでいくのは変わらない。だが感じる澄んだ空気や自然の雄大さは紛れもなくここが異世界であるということ。そして今の彼らにとっての現実であるということを明確に証明していた。

 太陽が山の陰に隠れるのと時を同じくして、彼は今晩止まる宿がある街に到着した。七メートルほどの壁に覆われた街の門前にいる槍を持った衛兵に自分の身分証を提示すると門番は黙って行くように目配せする。

 門番に手を上げて謝意を示すと将成は先ず今夜泊まる宿を決めにかかった。所持金は『銀行』と呼ばれる施設に預けている以外に手持ちに余裕があるので多少いい宿に泊まることにする。ゲーム内で私用できる通貨はモンスターがドロップしたり、宝箱の会場に成功した際に手に入れることが出来るゴールド。VCOの世界で使用する基本的な消耗品を始めとする各種アイテムや武器関連はこのゴールドで購入することが可能だった。それ以外には課金専用通貨でサポートキャラクター作成の際に使用するオーブと呼ばれる通貨が存在する。課金専用通貨で購入できるものはサポートキャラクター作成に必要なパーツやアイテム類と武器に様々な効果を付与する特殊アビリティ購入以外にはゲームの本筋とは関係のないパーツ類の購入に使用できるくらいだ。将成も課金した最大の理由はサーヴァント用の外見アイテムだけ、それ以外はすべてゲーム内で使用することの出来る素材類で作った。基本的にVCOの武器や防具の類、武器防具などを手に入れる確率はプレイヤーの運……リアルラックに掛かっている。課金ユーザーと無課金ユーザーの差が開いて初心者が参入しなくなり、露骨な課金制度によって無課金のユーザー離れが深刻化し、やがてサービス停止に追い込まれたオンラインゲームが多い中でVCOが未だに人気を博しているのは金を積めば積むほどいい装備が手に入るという一般的なオンラインゲームやソーシャルゲームと異なり、ゲームを遊んでいる全てのプレイヤー全てに平等なチャンスが与えられているからなのかもしれない。


「……基本は金貨で足りるみたいだな」


 こういったトリップものにありがちな今まで使っていた通貨がこの時代では凄い価値を持っているということはなく、基本的にゲーム内で使用されている金貨を中心とした貨幣体制が成り立っていた。彼が宿の部屋に最低限求めるのは『鍵を掛けることが出来る』という条件だけ。後は夕食がサービスの一環として出されるということもあってか『夏の向日葵亭』という向日葵の看板が特徴的な宿を選んだ。この宿は一階部分がカウンターになっているのではなく、酒場と併設して宿泊の受付を行っていた。正式な宿泊用の受付の場所もあるのだが、客は専らここで酒を一杯引っ掛けてから部屋へ戻る。もしくはここで呑んでから宿泊手続きを行う。酒場と一緒にすることで帰れないようにして客を捕まえる、上手く出来ているものだと思いながら将成はカウンター席に座った。新しく座った客に店主がすぐさま反応する。


「いらっしゃい。酒かい、それとも宿泊かな?」

「一泊。一人部屋に空きはあるか?」

「一人部屋ね……お、兄ちゃんツイてるね。最後の一部屋だ」

 店主がクリアオレンジ棒に細い鎖で繋がれた鍵を渡す。現実世界のホテルでも使っているような形式の鍵を受け取ると、将成は棒に白文字で刻まれていた202と言う部屋の前に立つ。開錠して中に入ると木の匂いが鼻に入ってきた。ドアを閉めてキーチェーンでロックすると、彼はコートを脱がずに部屋に備え付けのベッドへ背中から寝転んだ。天井にあるランプが柔らかいオレンジ色の光を放って部屋の中を明るくしている。


「……目撃証言を探しながら移動か……ランクネンまでは遠いな…………」


 今日一日の疲れが出たのか、視界がだんだんとぼやけてくる。明日の予定を声に出して確認したのを最後に、将成は眠りに落ちた。


 しばらくは前と同じように一週間最低一話の投稿を予定しています。ストックに余裕があれば、一週間二話投稿もしていく予定です。

 それと次回はようやくヒロイン一人目の登場ですよー。


 それでは、皆様の評価、感想等をお待ちしております。

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