私が生まれ変わる前のお話
私は、大国ファインダル王国のファインディー公爵家の娘として生まれました。大貴族と呼んでも差し支えない、他人からすれば誰もが羨むような地位ではありましたが、生きていくのはちっとも簡単ではありませんでした。
勿論家はお金持ちなので、着るものも食べるものにも不自由はしませんでしたが、華やかな社交界で生きていくには、私はあまりにも容姿に恵まれませんでした。
畑を耕したり、商売を営み日々の糧を得ている村人や町人からすれば、容姿が恵まれないぐらいかと、お思いかもしれませんが、婚姻で家同士を結びつけるというミッションを持つ貴族の令嬢にとって容姿というのはとても重要なステータスなのです。
いえ、たとえ村人や町人として生まれても私の容姿では苦労したでしょう。
稀に見ない醜さでしたもの。
私が母のお腹に居るとき、何をしたのか父は神の怒りを買い、呪われたそうなのですが、こともあろうにその呪いを胎児であった私に転移させたそうで、私は呪いのせいで、とても醜い姿でこの世に誕生してしまったのです。
父は自分が受けた呪いのせいであるにも関わらず、私を化け物と罵り、母は産まれてきた私のあまりの醜さに心を病んでしまいました。
殆ど使用人も付けられずに独りきりだった私は、寂しかったのです。
人に受け入れられたくて、色々と努力致しました。
この世界で、話されている主要10言語は修得しましたし、魔法も独学ながらその辺の宮廷魔導師にも負けないくらいには、実技も知識も磨きました。
あとは、流行やファッションも研究致しましたわ、錬金術と持ち前の器用さでアクセサリーやドレスを作製して、私の名前を伏せて販売したところかなりの評判になりました。
しかしながら、努力虚しく世間に私が受け入れられる事はなかったのです。
道を歩けば人波が割れ、笑えば赤子が大泣きし、話しかければ怯えられました。ドア越しや壁越し、もしくは文通などで、私の名前は伏せて交友関係はありましたが、私と面と向かって関わってくる人は弟以外おりませんでした。
8歳年の離れた弟のシャノンだけは、私を姉と慕ってくれました。弟はとても珍しい心眼の持ち主だったので、呪われていない、本当の私の顔が見えるそうで、怯えることも避けることもなく私と触れあってくれました。かわいいかわいい弟は私の心の支えであり、幸せを与えてくれる天使でした。
私が18になった時、転機が訪れます。
私も一応は貴族の娘、政略結婚のお話を頂いたのです。
政略だとしても私との結婚を受け入れるような奇特な方がいらっしゃる事に驚きましたが、お相手のセルリア男爵家のミハエル様は父に相当脅されたようです。父も私を早く家から追い出したかったのでしょう。
たとえ政略結婚でも、ミハエル様に好意がないとわかっていても、旦那様ができる事がとてもくすぐったくて、嬉しかった。
だけれど、ミハエル様はとてもとてもお嫌だったのでしょうね。そう、私を殺めてしまうくらいには。
結婚式を数日後に迎えた夜の事でした、バルコニーで星を眺めていた私は、突然後ろから強く押されたのです。
元々細工がされていたのでしょう、簡単な衝撃ではびくともしないはずの手すりは、私がぶつかった衝撃でぽっきりと折れ私の身体は空中に投げ出されましたが、この時点で魔法を使うなりで対策を取れば私は、生きていたでしょう。
実際に魔法を発動しようとした時、私の背中を押したミハエル様の言葉で、私は魔法の発動をやめました。
「俺を愛しているというなら、死んでくれ。俺は化け物を愛せない。」
とても冷ややかな、憎しみの籠もった声でした。化け物や死ねなんて言葉今まで何度言われたか解らないくらい言われているはずなのに、ミハエル様の言葉は私の心に深く突き刺さりました。
私は、ミハエル様を愛してしまっていたのです。旦那様の彼を好きになろうと努力をしているうちに本当に好きになってしまったのです。
初めて愛した人の言葉で、今まで愛を求めて必死に頑張っていた私の心は折れてしまいました。
今思うと、人を化け物と呼び、簡単に人を殺せる人間を好きになった私はとんでもない愚か者です。
風を切って落下していく身体、頬を伝う暖かな涙、ミハエル様の冷たく狂ったようなお顔。落ちていく時間はとてもスローモーションでした。
そのスローモーションの世界で、ぼんやりと思ったのです。
「来世は美しいとは言わないまでも、普通の容姿に生まれて、人並みに愛されたい」と
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結果として、私の願いは有り難いことに、私...いいえ正しくは父を呪った女神様に聞き入れられました。
何でも、呪いのせいで苦労をさせてしまったお詫びだそうです。
女神様はとても慈愛に満ちた方で、私に何度も誤り、恐れ多い事に願いを叶えて頂いたばかりか、数多くの祝福も下さいました。
生まれ変わった今でも、教会で祈りを上げた際にはお声をかけて下さいます。
こういった経緯を経て、醜い大貴族の私アリシア・ファインディーは、ただの村人のアリスとして生まれ変わったのです。