チェンジ・ザ・ワールド
500円、たったこれだけの小銭で一体何ができるのだろう。
近所のファミレスでランチが食える、コンビニで軽食が買える、単行本が一冊、百均の古本なら五冊手に入る、ゲーセンでUFOキャッチャーが五回できるなど十人十色、多種多様な使い道が存在し、無限の可能性が広がる魅惑の1コイン。
だが、そんなつまらない事に俺様は財を費やす事は無かった。
この500円で空前絶後の冒険活劇を演じ、それが今まさに終焉を迎えようとしている。
やはり凡人とは、人生のスケールが違うのだ。
仰ぎ見る空は灰色で、まるで俺達の最後の戦いを嘲笑うかのようだった。
それでも何の心配も不安も皆無だ。俺の背にはここまで共に冒険してきた仲間がいる。こんなに心強い事はない。じゃあ、今から皆を奮い立たせるカッコいい台詞を言おう。
俺は後ろを振り返った。
「お前ら、これが終わったらオールナイトでハーレムS○Xだ!!」
「・・・・」
五人の愉快な仲間たちが、それぞれリアクションをする。
「状況考えて物言えやテメェ、なんならあの世で天使とハーレムすっか? あぁ!?」
Sキャラ担当の鈴木良子(旧姓、ジェイル)が俺を罵倒した。
「あぁご主人様、相も変わらず素晴らしいご提案でございますわ」
Mキャラ担当の大村麗香(旧姓、ウェサイカ)が俺を褒め称えた。
「突拍子にすごい事を宣言するんだな君は。・・・・まぁそれも君らしいか」
中性キャラ担当の土井瑞輝(旧姓、ボロロネ)が俺を見て微笑した。
「あたい、お兄になら処女あげてもいいっスよ! 否、むしろ貰ってほしいッス!」
陽気キャラ担当の森山真紀(旧姓、バレンタイン)が俺を尊敬の目で見た。
「・・・帰りたい」
陰気キャラ担当の西峰希海(旧姓、チャリオリ)が普通に帰りたがった。
「良子、俺の天使はお前らだ。そこんとこ肝に銘じとけ」
俺は良子に言った。彼女は怪訝な顔をした。
「麗香、実に見事な忠誠心だ。後でお仕置きしてやる」
俺は麗香に言った。彼女は頬を赤らめた。
「瑞輝、その発言もお前らしいぜ。ペチャパイなのが非常に残念だ」
俺は瑞輝に言った。彼女は苦笑いをした。
「真紀、お前も真の変態道を突き進んでいるな。お兄さんは嬉しいぞ」
俺は真紀に言った。彼女はガッツポーズをした。
「希海、お願いだから帰らないで」
俺は希海に言った。彼女は中指を立てた。
冒頭でメインキャラクター全員を紹介する暴挙をお許し頂きたい。しかし、これが俺の誇る最強の布陣であり、信じ合える仲間であり、大切な家族であり、そして上質なオナ○ットでもある。つまり皆々様には、俺様のリア充っぷりを見せ付けたかったのだ。そう、単なる自慢だ。どうだ愚民共? お前らがどんなに僻み、羨み、罵倒しようとも俺の心には響かない。なぜなら俺は人生の勝ち組だからさ!!
「いや、どの角度から見てもお前は負け組だろ」
「痛々しいほどの負け組でございます」
「勝ち組では・・ないかな」
「ベストオブ負け組っスね!」
「・・・・帰りたい」
どうだい、さすがラスボス戦まで来ると協調性やら連帯感やらがすごいだろ。こんな的確に、主人公を傷つけるツッコミをしてくるんだぜ? 戦闘前なのにHPゲージが一気に0にされたような気分だ。でも、それが逆に興奮する。それが変態の性。
もし、君が女性の読者なら俺はとても嬉しいのだが、これは下ネタを具現化したような人間が主人公の物語だから、卑猥な事を言うし、卑猥な事もするし、卑猥な奴も登場する。それでもいいと言うのなら、俺がここまでの道程をイイ声で語ってやろう。
(もちろん、男性は大歓迎だ)
「・・おい、あれ見てみろよ」
不意に良子が上空を見上げて言う。
誰もいない渋谷のスクランブル交差点の中心にいる俺を含めた六人は、一斉に天を仰いだ。
眼球に飛び込んできたのは激しく歪んだ灰色の空、さすがの俺も身震いする。
「お兄、これって・・」
「ああ」
チェンジ・ザ・ワールド
そう頭に過った時、本当にこれで終わりなのだと改めて思った。
長いようで短かったこの一年間、色々な事があり過ぎて、思い出に浸ろうと思ったが面倒なのでやめる事にした。過去は振り返らない主義の僕ちん。
「二つの地が滅び、二つの天が歪む時、生神女・ネスの降臨と共に世界が変わる・・・」
瑞輝が独り言のように呟いた。
「どうした瑞輝、お前にそんな厨二属性は無かったはずだが?」
「私達の世界の伝承だよ。お伽噺の類かと思ってたけどね」
「あたいもそれ聞いた事あるっスよ。生神女・ネスは自分の命と引き換えに、新たな創世の神様を産み出すらしいッス。そいつが世界を変えるんですって」
「その対価が俺達旧人類ってわけか。エグい話だな」
「世界浄化、所謂カタルシスと言う事でしょうねご主人様。今のご時世、『善』と『悪』を天秤に掛けると傾く方は間違いなく『悪』だと思いますし、モラルの低下やルールの破綻が浮き彫りになっているので、神がお怒りになっているのも納得ですけどね」
麗香も小難しい事を口走りながら割って入ってくる。
「うむ、解説ご苦労。お仕置きは特別コースだな」
「ならば今回は極太の鞭で私くしめを・・」
「競走馬のごとく、打ちまくってやるよ」
「はぁん、とても嬉しゅうございますぅ」
頬に手を当て、赤面した麗香は道路にへたり込んだ。最近気付いたのだが、M女は結構扱いにくい存在なのだ。麗香曰く、痛みと快感は紙一重らしい。・・・まぁ分からんでもない。
暫くすると、歪んだ空がガラスのようにひび割れ崩れていき、そして破片が東京の街に降り注いでいく。不思議とそれが壮麗に思えた。そして透明で巨大な腕が、まるで卵の殻を破るように空を突き破ぶって、次々にその全貌を露わにしていく。
「・・来やがったな、生神女・ネス」
唾を込みこんだ良子の額には汗が滲んでいるのが分かる。程よく冷めた高揚を胸に秘めて。
残りの四人も同じような感情を抱いているようだ。
反転しているが髪の長い女の半身が姿を現し、腹にはどうやら創世児を身籠っているようで、大きく膨れ上がっている。
「・・・俺さ、意外な事にボテ腹ってあんま興味ないんだよな」
リラックスさせてやろうと気を利かせたのに、俺がそう言うと変な空気が流れた。
「それを私達に言って、どうする気だい?」
呆れた声で瑞輝が聞き返す。
「例えば、お前らがあれの魅了ポイントを教えてくれるとか」
「女性にそれを聞くのはちょっと・・・」
「ほっとけ瑞輝、このアホ相手にするだけ時間の無駄だ」
隣に居た良子が冷たくあしらった。
「お兄、そろそろあたいらに何か指示を」
「よし真紀、とりあえず脱げ」
「オス!」
「お前にも言ってんだぞ真紀!」
今度は強めに言った良子。
「まぁ作戦は昨日説明した通りだ。言いたい事は二つ、ネスが創世児を産み落とす前に片を付けたい所だが、もし産んじまった場合はもう一回俺んとこに集合。連絡は常時携帯で行う事。後は何がなんでもこいつに勝つ事。俺達ならきっと大丈夫だ。気合入れていこう」
「了解」
「では皆様、ご武運を」
「じゃあ行こうか」
「頑張るッスよ~」
「・・・・」
各々が持ち場に行くために、指を鳴らして瞬間移動する。しかし、希海だけが俯いたままその場に残った。
「? どうした希海」
「・・・ずっとお礼が言いたかった」
そして、彼女は俺の胸元に飛び込み、服の両袖を弱々しい力で握ってきた。
「こんな役立たずで、足手纏いで、ダメ人間な僕を見捨てないでくれてありがとう」
「自分をそんな風に蔑むな、いつも言ってるだろ?」
「ごめんなさい、けど言わせて・・」
震える声でそう言った希海は、どうやら泣いているようだった。
「皆もいつもみたいに振る舞ってるけど、本当はいろは君とのお別れが悲しいんだよ。良子も、麗香も、瑞輝も、真紀も、もちろん私も。ちゃんと気付いてる?」
「お前は俺と二人っきりだと本当によく喋るな。あいつらの前でもそれぐらい話してほしいもんだぜ」
俺は彼女の頭を撫でた。
「・・・僕はいろは君が好き。他の皆もきっとそう」
「そうか、俺もお前らが大好きだ」
「でもそれは仲間愛で、恋愛じゃないって事を知ってる。だから隣にいると切なくなる」
いろは君の本命はあの人だもんね、と希海は俯きながら吐き捨てる。
「優しい君はいつも僕らに優しくしてくれた。それが僕らの胸を締め付ける。叶わない恋だと知りながら、それでも愛されたいと願っている。正直辛かった・・」
「・・・希海」
「でも、だからこそ僕らは君に従う事にしたんだと思う。短い間だったけど楽しかった。もう一度言うね、本当にありがとう」
希海は俺の服の袖から手を放し、今度は自分の服の袖で涙を拭った。そこにあったのは、出会ったあの日以来、一度も見せる事のなかった彼女の笑った顔だった。胸でも揉んでやろうかと思ったが、結構真剣なシーンなので踏み止まった。そこらへんの常識はある。
「・・絶対勝とうね、いろは君」
希海は指を鳴らそうとしたが、
「あっ、そうだ」
何かを思い出したように細い声で
「僕はボテ腹の良さ分かるよ。何だが母性を感じない?」
と言って、彼女も消えた。
「・・さて、いよいよラスボス戦なワケだが」
俺は、鼻の穴に指を突っ込みながらネスを見つめる。
彼女、あるいは彼女の子共を倒した先にあるもの、それを俺達は勝ち取らなければいけない。二つの世界の滅亡した人類と揺るぎない安寧の日々を取り返すため、そして俺の最愛の人のために。空の破片が絶え間なく降り頻る中、俺は深呼吸をしてから頬を叩いて気合を入れる。
「神様だからって、何でも許される思ったら大間違いだ。ド派手に成敗してくれる」
空の上のネスを指差し、俺は高笑いをした。
早乙女いろは十九歳、こうして俺様の500円冒険譚は幕を閉じてゆくのだった。