Story 2 -Part.4-
次の日の夜、それは当然のことながら火曜日だったのだが、僕はほんの一ヶ月ほど前まで毎週のように来ていた池袋の喫茶店の席を一人で暖めていた。店内には以前と同じようにオールディーズの音楽が流れていたが、そこに「デザート・ムーン」がかかることはなかった。頭の中では午前中の出来事が鮮明に蘇っていたが、僕はそのことを後悔していなかった。サトミとの宿命を全うするためには、ミサトへの過去的な宿命を断ち切らなければならなかった。ミサトやチサトとのことをはっきりと精算したうえで、サトミとの新たな関係を築き上げていかなければならないのだ。そしてそれこそがこれまでの自分との決別となり、ひいては新しい自分との出会いへと繋がっていくのだ。だから僕は、午前中脇目も振らずにミサトが働く部署に顔を出し、半ば強制的に彼女と会う約束を取り付けたのだ。
「話って何?」
その声で僕が現実に立ち戻ると、目の前には少し苛ついた様子のミサトが座っていて、こちらをやや怪訝そうに見ていた。
「急に呼び出して悪かったな」
「昼間は驚いたわ。だって、いきなり職場に現れるんだもの。しかも思いつめたような顔で」
「最後に、どうしてもミサトに話したいことがあるんだ」
僕のその言葉に、ミサトは返事をしてはくれなかったが、その代わりに話の内容を伺うような目つきでこちらに訴えかけてきた。ミサトは相変わらず学生のような服装をしていたが、その視線は明らかに以前のものとは違っていた。そこにかつて感じたような安らぎを見出すことはできなかった。
「俺、サトミと付き合うことにしたんだ」
「えっ……チサトじゃないの?」
「今ようやくわかったんだ。俺にとって本当に必要なのは誰なのか。誰に対して宿命的な想いを抱いていたのかが」
「ちょっと待って。話がよくわからないんだけど、どうしてサトミなの?」
「理由なんてないんだ。いや、本当はあるのかもしれないけれど、言葉ではうまく表現できないんだ。ただひとつはっきりとしていることは、俺は今サトミを求めているということなんだ」
「サトミが本当の宿命の人だったってわけ? 私じゃなくて」
「サトミも同じ気持ちだった。もっともつい最近まで、お互いに自分の気持ちに確信が持てなかったんだけれど……。ミサトのことも本当に好きだった。どうしようもなく愛していた。でも、今そばにいてほしいのはサトミなんだ」
僕の話を、ミサトはただ平板な表情で聞いていた。いや、聞いてすらいなかったのかもしれなかった。それほど彼女には感情の表現が全くなく、僕は自分の声が届いているのかさえ確信が持てなかった。
「わかったわ。それが今のユウトの本心なのね。それで、どうしてわざわざ私にそんなことを言うの? 前にも言ったけれど、私たちはもう終わっているのよ」
「そのままにしたくなかったんだ。終わらせるにしても、俺なりに何かケジメのようなものをつけたかったんだ。自分の気持ちをミサトに正直に話して、それから何もかもを新しく始めたかったんだ」
「それって、聞こえはいいけど本当に自分勝手よ。サトミは私の妹よ。チサトとのこともあるし……。それに、大体私の気持ちはどうなるの?」
「だって、今終わったって……」
「私たちの実際の関係は終わっても、気持ちはすぐには終わらないわ。あなたはサトミとうまくやっていけば幸せでしょうけど、私の気持ちは置いていかれるのよ。真っ暗闇の中でどこにいけばいいのかもわからないのよ。どうしてそんなこともわからないで、平気で勝手なケジメをつけるの?」
ミサトはその問いかけを僕の心に突き刺したまま、席を立って足早に店を出ていった。そうして一人取り残された僕は、頭の中を整理する間もなくただその場に佇むしかなかった。ミサトを傷つけてしまったという事実だけが、抗いようもなく目の前に突きつけられていた。ミサトの言うとおり、僕はまぎれもなく自分勝手だった。自分の気持ちを整理することだけに目が向いていて、ミサト自身の想いを全く考えていなかった。そしてその意味で、僕はやはりミサトと付き合う資格のない男だった。人影の全くない店の一角に身を置いたまま、そうして僕は自分の愚かさを噛み締め、同時にこれからのサトミとの関係をも危惧していた。