Story 2 -Part.3-
目を開けると、正面に白い平面が見えた。それが天井だとわかるまでに多少の時間がかかったが、自分の部屋でないことはすぐにわかった。僕はベッドから上半身を起こすと、夕べのワインでぼやけた頭をゆっくりと横に振った。その瞬間に鈍い痛みが走ったが、次第にはっきりとしてくる意識を武器にそれを何とかやり過ごした。真横を見ると、そこには静かに寝息を立てるサトミがこちらに背を向けて横たわっていた。目の前には、カーテンの隙間から差し込んできた眩い光がベッドを斜めに横切っていた。僕は無造作に立ち上がると、窓を全開にして太陽の恵みをその体一杯に浴びながら伸びをした。そうして見る外の景色は何もかもが真新しく、隣の家の屋根を歩く猫にさえ新鮮さを感じた。でも、振り返った時に見えた壁掛けの時計を見て、僕は我が目を疑い凍りついた。九時を少し廻った時計の針は、僕にある完璧な事実を告げていた。そう、今日はまぎれもなく月曜日だった。僕は反射的に携帯電話を手に取ると会社に連絡し、とりあえず風邪で休む旨を上司に伝えた。向こうの反応がよくわからなかったが、ともあれ了承されたことを確認すると、すぐそばでこちらを見つめるサトミを見ながら電話を切った。
「今何時?」
「月曜日……いや、朝の九時だよ。何か飲むか?」
「うん」
僕はおもむろにキッチンに向かうと、やかんにたっぷりと水を入れて火をつけた。その後、水の量が多過ぎたことに気づいたが、結局そのままにした。その分何杯もコーヒーを飲めばいいだけのことなのだ。
「今日はいい天気みたいね」
眠そうな顔でそう言いながら、下着姿でテーブルに座ったサトミを前に、僕は二人分のカップにインスタントコーヒーを入れながら微笑んだ。
「何が可笑しいの?」
「いや、サトミって本当に天然だなって思ってさ」
「どういう意味よ」
「俺なんか、起きて時計見たら九時を過ぎていて、おまけに月曜日ときたから泡食っちゃって、慌てて会社に電話しているうちにすっかり目が覚めたっていうのに」
「それでさっき電話してたのね。私最近曜日の感覚がなくなってたから」
「学生だもんな」
「ここんところ、ひたすら絵を描いてたこともあったし」
僕が沸騰した湯をカップに注ぐのを見ながら、サトミはそう呟いた。カップから上る白い湯気が、僕らの間を音もなく過ぎっていった。
「今日はどうするんだ?」
「今日も描くわ。とにかく早く仕上げたいのよ」
「その前に、少し近くを歩かないか? せっかくのいい天気なんだから」
僕はそうサトミを誘うと、コーヒーを一口含んだ。サトミは気だるそうな表情で何も言わなかったが、コーヒーを満足げに飲んでいる様子からその答えは明らかだった。
僕らはサトミの部屋を出ると、住宅街を抜けて近くにある公園に向かった。アスファルトの路面は夕べの雨の跡を太陽に照らされて光り輝き、僕は新しい一日の息吹をその肌全体で感じていた。サトミは、白いTシャツにデニム地の短いタイトスカート姿で僕の左斜め前を歩いていた。平日の朝の公園には人影も少なく、二人の母親たちが、砂場で小さい子供を遊ばせる傍らで親しげに話しているだけだった。僕らは近くにあったベンチに並んで座ると、ただぼんやりと目の前に佇む水溜りを見つめた。
「ねえ、後悔してる?」
「何が?」
「私と寝たこと」
「いや。だってそれは……」
「宿命だから」
僕が言い切る前にサトミが続けて付け足した。その後僕らは長い間そこにいたが、後にも先にも会話はそれだけだった。でも、僕はこの状況にこの上ない充実感を抱いていた。宿命的な想いの実現は、自然体の自分を意味することを体感していたからだ。そしてそれこそが、僕が僕であるために必要なことだったのだ。