Story 2 -Part.2-
「最初は本当にストーカーだと思ったのよ。だってあんな風に夜いきなりやってきて、これあなたの財布でしょ? って言われても、何この人って感じだったわ。まあ、財布を落としたのに気がつかなかった私もどうかしてたんだけどね」
「会社からの帰り道に偶然拾ったら、中に免許証が入っていたから、交番に届けようか放り投げようか迷ったんだけれど、自分の家の近くだったし、暇だったから届けようと思ったんだ」
「ふうん。まあ、放り投げようかっていうのはひどいと思うけど、これでも感謝してたのよ、一応はね。でも、あんまり唐突だったから」
「俺も、あの時は結構ムカついたんだぜ。確かに夜、いきなり行ったのは悪かったとしても、人がせっかく大切な財布をわざわざ届けてやったのに、この女は一体何様のつもりだって思った」
「そう。でも不思議よね。そんな二人が、二ヶ月経った今ではお互いを宿命的に想ってるなんてね」
そう言って天井を見上げるサトミに、僕は次のワインを二人のグラスに注ぎながら尋ねた。
「最初からわかってたのか?」
「何が?」
「宿命だってことがさ」
「はっきりとわかったのは今日だけど、今思えば……『デザート・ムーン』の時かな」
「ヨルダンで偶然に会った時?」
「そう。『デザート・ムーン』って確かに昔の曲だけど、知っている人ってそうはいないわ。それをあなたは知っていた」
「ミサトが好きな曲だったからな」
「もちろん、それもあるだろうけど、私その時に直感したの。この人とは結ばれているってね」
「じゃあ、何故その時に言ってくれなかったんだ?」
「さっきも言ったように、まだ自分でも確信が持てなかったの。まだ言っていなかったかもしれないけど、私には同じ大学に通う彼がいるし、そういう直感めいたものって何か、さすがに理不尽なように感じたから。でも、何度か偶然にあなたと会って、いろいろな話をしていくうちに、次第に自分の想いが確信に変わっていったの。私はこの人を求めているんだって。もっとも、あなたはチサト姉さんと付き合っていたし、姉妹でそういうのって気が引けたから、こっちからは連絡しなかったの」
「そうだったのか。実は俺も、ヨルダンでサトミと会った時に、何かひっかかるものを感じていたんだ。ほんの少しだったけれど、心の揺れを感じた。もちろん、それが宿命的な想いだとわかったのは今日だし、何よりミサトとのこともあったから、自分で本当の気持ちがどこにあるのかがよくわからなかったんだ。ミサトとはもう一年以上も付き合っていたし、チサトとのこともあったけれど、とにかく俺はミサトに宿命を感じていたから、正直サトミをそれほど意識していなかった。俺の宿命が実はサトミだったなんて、自分自身でさえ気がついていなかったんだ。でも、もうそんなことはどうでもいいんだ。俺は今サトミを求めている。どうしようもなく」
「宿命的に?」
「ああ。あるいは非日常的に」
サトミは僕のその言葉の後、少しうつむいたままグラスの縁を指でなぞっていたが、やがて決心したかのように僕に言葉を投げかけた。その眼差しは鋭く、いつものような気だるさはなかった。
「私を抱いてみる?」
「でも、ミサトには彼氏が……」
「どうして今になってそんなことを言うの? 不倫をして、姉妹で二股をかけて、しかも私の姉さんたちを相手にしていたあなたが」
サトミの言葉が僕の胸に鋭く突き刺さった。確かにその通りだった。結局のところ僕は常識や理屈を無視した形で、自分の想いのままに動いてきた人間だった。今さらサトミの付き合っている男のことを考えること自体がおかしかったのだ。最後まで自分を貫き通すしか、僕が選ぶ道は残っていなかったのだ。
僕らは飲みかけのワインとグラスをそこに置いたまま奥の部屋へ向かい、サトミのベッドに並んで座った。そばにあったキャンバスの中には、二ヶ月前に目の当たりにしたヨルダンの遺跡が静かに佇んでいた。
「これが宿命だったのよ」
サトミはそう呟くと、僕の首に自分の腕を絡ませてきた。僕はそんな彼女の存在を確かめるように肩を抱き寄せると、引き寄せられるようにその薄い唇に向かった。そして、サトミの口の中に自分の舌を這わせながら、宿命が意味するものを本能的に、そして官能的に理解しようとした。既に雨音が聞こえなくなった薄暗い部屋の中で、僕らはお互いに自分の心の奥底を、生きている意味をその行為の中に見出そうとしていた。