Story 1 -Part.11-
テーマパークは夏休みも終わったこともあって、土曜日にもかかわらずそれほど込み合ってはいなかった。僕らはまず水族館を一回りし、それから海に向かって落ちるジェットコースターに乗って楽しんだ。僕はそうした束の間の非日常を存分に楽しみ、チサトと二人だけの空間を十分に味わった。仕事場で死んだように机に向かっている自分が別人のように思えた。でも、そうした夢のようなひと時は長くは続かなかった。
それは、ひとしきりパーク内を巡り終わった頃だった。広場の片隅で、チサトがトイレから出てくるのを待っていた僕は、その視界の中に見覚えのある姿を発見して息が止まりそうになった。非日常の中に異世界が紛れ込んだような唐突さと意外さが、僕の胸の中に怒濤のように満ち溢れてきた。秋の到来を拒み続けるように、鋭く照りつける日差しだけが、いつまでも変わらずにそこにあった。
「ミサト」
僕がたまらずに近寄って声をかけると、ミサトは唖然とした表情でこちらを見たが、それはすぐに真剣な眼差しに変わった。
「今日は家族三人で来てるのよ。お願いだから大きな声出さないで」
「ごめん。不意に目に入ったものだから、つい声かけちゃって」
「じゃあ、そういうことだから」
「ちょっと待てよ。話がしたいんだ。あんな風にミサトと別れて、俺、本当に辛かったんだ。だから……」
「わかったわ。ここじゃ何だから、十分後にメリーゴーランドのところで会いましょう」
ミサトは小声で告げると、すぐに僕から距離を置いて再び家族を待つ姿に戻った。
「お待たせ。じゃあ、行きましょうか?」
その唐突な声に僕が視線を向けると、そこにはトイレから戻ったチサトが笑顔を浮かべて立っていた。
「ごめん、俺ちょっと忘れ物したみたいで、探してくるからしばらくここで待っていてくれないか? なるべく早く戻るから」
「ちょっとユウト、どうしたのよ」
チサトの叫び声を背中で聞きながら、僕はミサトとの待ち合わせ場所に急いだ。チサトに対する後ろめたさが頭をかすめたが、僕はとにかくミサトとゆっくり話がしたかったのだ。そして、今の自分の正直な気持ちを打ち明けたかったのだ。
メリーゴーランドの前に立って十分ほど待っていると、真正面からこちらに向かって走ってくるミサトが見えた。ミサトは息を切らせながら僕の前まで来ると、しばらく呼吸を整えていたが、やがて落ち着いたらしくこちらを見ながら言った。
「さっきはびっくりしたわ。どうしてここにいるの?」
「チサトと一緒に遊びにきたんだ」
「チサトは?」
「さっきの広場で待ってるよ」
「そう。それで、話って何?」
「俺、いろいろと考えていたんだけれど、やっぱりミサトのことが忘れられないんだ。もちろん、チサトと付き合っている身でこんなことを言うのはおかしいけど、チサトとは違った意味で、ミサトのことも好きなんだ」
「チサトは私の妹よ」
「わかってるよ。でも……」
「わかったわ。よくわかったから、それ以上は言わないで。私もユウトのことが好きよ。もちろん今も。でも、やっぱり妹は裏切れないの。チサトだけは……それだけはわかってほしいの」
そう言って懇願するような目でこちらを見つめるサトミに、僕はそれ以上の言葉を口にできなかった。でも、頭の中ではわかっていても、自分の気持ちに嘘はつけなかった。そして、ミサトに対する溢れ出る想いは、最終的な行動となって僕を激しく突き動かした。
「好きだよ」
僕はミサトの体を抱き寄せると、導かれるままにその唇を求めた。ミサトは少し嫌がる素振りを見せたが、やがて僕の唇を静かに受け止めた。背後で廻っているメリーゴーランドの姿も、それが奏でる音楽も気にせずに、僕らはそうしてお互いの気持ちを確かめ合った。そのことが波乱の幕開けとなることも知らずに。