Story 1 -Part.9-
それは日曜日の昼下がりだった。僕は電車を乗り継いで、ウチノの結婚披露宴の会場に向かっていた。ドアの脇に立って見る窓の外は薄っすらと雲に覆われてはいたが、所々から日も差し込み、祝いの日としてはまずまずの天気だった。ウチノの相手は二十歳の美容師で、彼女の仕事の都合で式の前に新婚旅行に行く予定だったが、結局その仕事の都合でフイになり、代わりに僕が一緒に中近東へ行ったのだ。ウチノと彼女とは一年以上の付き合いで、偶然ではあったが僕とミサトが過ごした時間と同じだった。僕はそこで再びミサトのことを思い出したが、窓外を景色が流れ去っていくように、懸命に自分の意識の中から消し去るしかなかった。
開宴の十分前に会場に入ると、既に大方の人が席に着いていたので、僕もあてがわれたテーブルの前に腰を下ろし、ひとしきり周囲を見渡した。その時に視界の中を何かが過ぎったような気がしたが、それを確認する前に宴が始まったので、僕のその思考は宙に浮いたまま消えてしまった。
やがて披露宴も滞りなく終わり、二次会に誘われていた僕は、しばらく同僚たちと話をした後で時間を合わせて一緒に会場に向かった。そして会が始まってしばらく経った頃、料理を取ろうと中央のテーブルに近寄ったところで、真後ろからの聞き覚えのある声に振り返った。
「何でここにいるの?」
そう言っている割には不思議そうな表情も浮かべていないその姿は、間違いなくサトミだった。もっとも黒いシルクドレスを身にまとっていたせいで、それがサトミだとわかるまでに多少の時間がかかった。でも、気だるそうな表情や言葉遣いは明らかに彼女のものだった。
「サトミこそ、何でここにいるんだ?」
「新婦の高校時代の友達よ。堅く言えばね。で、そっちは?」
「新郎の会社の同僚だよ。堅く言えばな」
「ふうん。でもよく会うわね、私たち」
「まあな。不思議っていえば不思議だよな」
「やっぱり、ストーカーなんじゃないの?」
「おい、もう一度言ってみろよ」
そうは言ったものの、僕は怒ってはいなかった。確かにサトミは不躾で変わったところも多かったが、少なくとも僕にはそれが斬新だった。だから、普通に考えればどう考えても噛み合わない二人だったにもかかわらず、僕らはそこで結構いろいろな話をした。
やがて二次会もお開きになったが、飲み足りなかった僕はサトミを誘って近くのショットバーに入った。初めての店だったが、日曜日の夜ということもあってか客はほとんどいなかった。僕らはカウンターに並んで座り、ウイスキーのロックとサトミのためのギムレットを注文した。
「姉さん、とても真面目でできた女性よ」
「どっちの姉さんのこと?」
「どっちって、チサト姉さんのことだけど」
「三人姉妹だったんだよな。昔チサトから聞いていたような気もするんだけど、忘れてたんだ。でも、この間偶然ミサトさんと会ってさ」
「そうなの。ミサト姉さんもいい女性よ。チサト姉さんとはタイプが違うけど」
「それは何となくわかるよ」
「二人ともできた人よ。私なんかとは大違いで。まあ、本当の姉妹じゃないから仕方ないけど」
「えっ?」
何気なく繰り出されたサトミの言葉に、僕は一瞬自分の耳を疑った。二人の姉とサトミが本当の姉妹ではないとは一体どういうことなのか、徐々に酔いが回ってきた僕の頭の中では皆目見当がつかなかった。